41 現し世【覚悟】
今更ながらですが、お題目の「現し世」は"うつしよ"と読みます。
徳姫との会話を終えたのち、私たちはログアウトした。
2人とも大きく息を吐きながらヘッドセットを外す。
椅子に座ったまま、しばらくは動けなかった。
部屋の中は静まり返っていた。
さっきまでいた戦国の世の喧騒が嘘のように、ただ時計の秒針だけが音を刻んでいる。
あの時。
徳姫に抱きつかれながらも、私はその小さな体の温もりとは裏腹に頭の中が冷えていくのを感じていた。
――「私は味方です」
その言葉だけが、何度も反芻される。
さっきまでのあの目。
あの声音。
あれは間違いなく、こちら側を"理解している存在"だった。
ふとスマホを手に取り日時を確認すると、日曜日の19時だった。
ログインしてからなんと40時間近くプレーしていた。
そりゃそうだ。
岐阜城に本拠を移して足利義昭が来た。
三好勢が攻めてきたのでそれを撃退。
すると義昭らがわざわざ出張ってきて、そのまま上洛。
そして徳姫との再会(?)。
まさに激動だった。
そして現実世界の――夜。
「……なあ、姉ちゃん」
誠人がぽつりと呟いた。
「うん」
「徳姫さ」
少し間を置いて続ける。
「"中にいる存在"だよな」
私はすぐには答えなかった。
あの目。
あの言葉。
そして――
「プレイヤーじゃないと思う」
ゆっくりと言う。
「でもただのNPCでもない」
「じゃあ何だよ……」
「"管理側"に近い何か」
自分でもしっくり来ていないのが分かる。
でも、それ以外に言いようがなかった。
誠人が椅子の背にもたれかかる。
「ゲーム作ったって言ってたよな」
「うん……でも普通に考えておかしい」
「だよな」
"作った"のなら、外側にいるはずだ。
なのにあの世界に"存在"している。
――矛盾。
その違和感が、ずっと頭の奥に引っかかっていた。
「……それにさ」
誠人が続ける。
「"次の段階"ってなんだよ」
私は目を閉じた。
戦場。
血。
恐怖。
全部がリアルすぎる。
「……多分」
小さく言う。
「もっと"戻れなくなる"方向なんじゃないかな」
沈黙。
空気が重くなる。
「ログアウトできなくなる、とか?」
誠人が冗談めかして言う。
でも――
笑わなかった。笑えなかった。
「……可能性はある」
私ははっきり言った。
誠人が顔をしかめる。
「それ、普通にヤバくない?」
「うん。ヤバい」
だけど。
私はゆっくりと立ち上がった。
そしていつものように換気扇の下へ行き、一服。
「でも行くよ」
「……マジで?」
「ここでやめたら、たぶん一生引きずる」
振り返って言う。
「それに」
少しだけ笑った。
「もう"あっち"の方がリアルに感じてるでしょ?」
誠人は数秒黙ったあと苦笑した。
「……否定できないのが怖いわ」
「でもさ――」
煙を吐き出すと続けた。
「誠人くんはここで止めとき」
「はあ??」
誠人が顔をしかめる。
「なんで俺だけ降りる前提なんだよ」
私はわざと軽い口調で言った。
「だって危ないじゃん」
「……は?」
「さっき言ったでしょ。"戻れなくなる"可能性あるって」
誠人は立ち上がった。
その動きが少し荒い。
「じゃあ姉ちゃんはいいのかよ」
その一言に、少しだけ言葉が詰まる。
「よくないよ」
正直に答えた。
「でも私は行く」
沈黙。
誠人はしばらく何も言わなかった。
ただ、じっとこちらを見ている。
「……理由は?」
短い問い。
私は少し考えてからゆっくり口を開いた。
「責任、かな」
「責任?」
「うん」
電子タバコの煙がゆらりと揺れる。
「もしあの世界がただのゲームじゃないなら、関わった以上は途中で投げるのは違う気がする」
誠人は納得していない顔だった。
「それに」
私は続けた。
「徳姫が"私に"聞いた、あの問い」
――続けますか?やめますか?
「あれ、プレイヤー全員に聞いてる感じじゃなかった。
"私"に選ばせてた」
誠人の表情が少し変わる。
「……確かに」
「だからこれはたぶん」
一度言葉を切る。
「私が背負うべきルート」
言い切ったあと、自分でも少し驚いた。
でも不思議としっくりきていた。
そう言って、誠人が数歩歩く。
そして私の前で止まった。
「で?」
「で?」
「だからさ」
誠人はため息をついて、はっきり言った。
「なんでそのルートに俺がいない前提なんだよ」
――ああ。
来ると思った。
「誠人くん」
名前を呼ぶ。
「マジで危ないかもしれない」
「知ってる」
「戻れないかもしれない」
「それも聞いた」
「下手したら――」
「死ぬかも、だろ?」
言葉を遮られた。
空気が止まる。
誠人は真っ直ぐこちらを見ていた。
「でもさ」
一歩、近づく。
「姉ちゃん一人で行かせる方がよっぽど無理」
その言葉は軽くもなく重すぎもしない。
ただ、まっすぐだった。
「昔からそうだろ」
少し笑う。
「面倒ごとはだいたい姉ちゃんが拾って、俺が巻き込まれる」
「……否定できない」
「今回は逆でもいいじゃん」
誠人は肩をすくめた。
「俺が自分から巻き込まれる」
思わず、ふっと笑ってしまった。
「なにそれ」
「名言っぽいだろ」
「全然」
二人で少しだけ笑う。
でも、そのあとすぐ静かになる。
「……いいの?」
私はもう一度だけ聞いた。
誠人は迷わなかった。
「いい」
即答。
「後悔する方が嫌だ」
その言葉にもう何も言えなかった。
私は電子タバコを消した。
「わかった」
短く言う。
「じゃあ一緒に行こう。でも次の週末まで我慢ね」
誠人が小さく頷く。
すると、テーブルの上に置いてあったヘッドセットが
――カチ、と微かに光った。
まるで。
早く来い、と呼んでいるみたいに。
<1568年3月7日時点>
―歴史乖離率:8.4%
―安定化モジュール:通常出力
―現実世界アンカー不安定率:不明(無効化処理済)
―管理者権限保有者:氷室真紀
織田信長(34)…統86 武63 知83 政73 魅85 【真紀】
織田信広(36)…統41 武66 知74 政69 魅80 【誠人】
柴田勝家(42)…統89 武88 知59 政69 魅84
丹羽長秀(33)…統79 武72 知80 政75 魅72
木下秀吉(31)…統75 武63 知80 政75 魅84
竹中重治(24)…統81 武34 知92 政88 魅82
林秀貞 (55)…統52 武44 知68 政72 魅57
前田利家(29)…統77 武83 知64 政43 魅72
滝川一益(43)…統79 武84 知71 政69 魅80
池田恒興(32)…統71 武73 知70 政74 魅76
村井貞勝(48)…統41 武33 知72 政90 魅84
木下秀長(28)…統70 武61 知75 政83 魅87
佐々成政(32)…統75 武80 知62 政53 魅71
森可成 (45)…統75 武77 知68 政65 魅69
足利義昭(31)…統91 武49 知93 政71 魅79 【恭祐】
明智光秀(40)…統75 武78 知81 政73 魅76
細川藤孝(34)…統72 武63 知86 政84 魅79




