7 タッグを組みませんか?
怪我をしたリリアが医務室に運ばれたと聞いた私は、急いで医務室へ向かった。
静かに扉をノックして中に入ると、ベッドに横になっているリリアの姿が目に入る。
リリアを診察していた医師が私に気づくと、わずかに嫌そうな顔をして口を開いた。
「リリアさんは、怪我を負ったばかりです。申し訳ないが……」
「リコリス様なら構いません」
医師が私を遠ざけようとするのを遮るように、リリアが引き止めた。
「私は大丈夫ですから。少しリコリス様と二人にして貰えませんか?」
医師も学園で流れている噂を知っているのだろう。私とリリアを二人きりにすることを躊躇しているようだった。
けれど、リリア本人が改めて頼んだことで、医師は渋々といった様子で席を外した。
扉が閉まり、医務室には私とリリアだけが残される。
「リリアさん、怪我は大丈夫ですか?」
「はい。軽い打撲なので動けないほどではないです」
階段から落ちたと聞いていたため心配していたが、思っていたよりも軽い怪我だったことに少しだけ安堵する。
しかし、リリアの表情は真剣なままだった。
「単刀直入に聞きます。リコリス様は、何がしたいのですか?」
「何がしたい……ですか?」
質問の意図がわからず、思わずそのまま聞き返してしまう。
今回の事件に私が関与しているのか疑っているのなら、もう少し違った聞き方をするだろう。
けれど、リリアが何を尋ねようとしているのか、まったく見当がつかなかった。
「ええ。リコリス様とは、初対面のはずなのにずっと私のことを気にかけているように感じました」
「わたくしは……」
言葉に詰まる。
前世の記憶のことも、この世界がゲームと酷似していることも、これまで誰にも話していない。
そもそも話したところで、簡単に信じてもらえるような話ではない。
だからこそ、私がリリアを気にかけている理由を上手く説明することができなかった。
何と答えるべきか迷っていると、リリアが静かに私を見つめる。
「それとも……あなたも私と同じで日本の記憶を持っているからですか?」
一瞬、言われた意味が理解できなかった。
けれど、その言葉が頭の中に染み込んだ瞬間、驚きのあまり体が固まった。
「どうして……誰にも言わずにいたのに……」
「私はこの世界について詳しくありません。この国の文化はフランスを模しているのに、言葉は日本語を使う。色々と不思議なところは多いですが……気づいたきっかけは、最初にお昼をご一緒した時です。あなたは、私のお弁当を見てパウンドケーキと言いました。でも……フランスだとパウンドケーキとは言わないんです。実際、街で売られている時もカトルカールと呼ばれてますからね」
「随分昔から……」
そんなところから疑われていたとは思わなかった。
「とはいえ、確証があったわけでもありません。この世界の別の国でイギリス文化を模している所がないとは言い切れないですから。ただ、あなたが前世の記憶があったとしても、私を気にかける理由がわからなかった。確証を持てたのは、あなたが最近イベントの進みが早いと呟いたからでした」
「ちょっと待って!? わたくし、そんなこと言った覚えは……」
「ほとんど無意識だと思いますよ。私への虐めを見て、口が少し動いた程度です。あなたが私を気にしているのが気になって、私もあなたをよく見ていた。だからこそ、声は聞こえなかったものの、口の動きが読めました。……イベントというには、この世界は小説かゲームか、なにかしらのストーリーがあるものなのではないですか?」
そこまで知られてしまえば、もう誤魔化せる気がしなかった。
それに、ここ最近ずっと続いていた嫌がらせや噂のせいで、私は自分でも思っていた以上に追い詰められていたらしい。
この世界が、前世で遊んでいた乙女ゲームと酷似していること。
リリアがそのゲームのヒロインであること。
自分が悪役令嬢として、最後には断罪される可能性があること。
その未来を避けるために、リリアを気にかけていたこと。
そして、ゲームではまだ先のはずだった出来事が次々と起こり始め、どうすればいいのかわからなくなっていたこと。
一度話し始めると、止めることができなかった。
ずっと一人で抱えていた不安や恐怖が、堰を切ったように溢れ出してくる。
「わたくしは……ただ、普通に生きたいだけなの……」
気づけば、涙が頬を伝っていた。
前世では、普通の学校生活さえ送ることができなかった。
だから今度こそ、家族を大切にして、友達を作って、普通に学園生活を楽しみたかった。
それなのに、どれだけゲームと違う行動をしても、物語は私を悪役令嬢にしようとしているように感じてしまう。
何もしていないのに疑われる。
大切な人たちから距離を置かれる。
このまま進めば、本当にゲームと同じ結末に辿り着いてしまうのではないか。
そう思うと、怖くて仕方がなかった。
そんな私を、リリアは何も言わずに抱きしめてくれた。
背中を優しく撫でられる。
その温もりに触れた途端、今まで必死に堪えていたものまで溢れ出してしまい、私はしばらく泣き続けた。
やがて少し落ち着いた頃、リリアが私の顔を覗き込む。
「お互いが望む未来のために、タッグを組みませんか?」
話を聞き終えたリリアは、最後にそう提案した。




