4 リゲル殿下とのお茶会
学園生活の初日を終えた私は、リゲル殿下と共に学園の中にあるガゼボを訪れた。
手紙の返事に書いてあった通り、お茶会をするためだ。
「ここは学園の中でも一番人気がある場所でね。池の湖畔と綺麗な花が楽しめる場所なんだ」
リゲル殿下にエスコートされて席に着くと、いつの間にか近くにいた執事が、お茶とお菓子をテーブルに並べた。
ゲームでもそうだが、この世界の執事というものは、必要なタイミングで現れて、いつの間にかいなくなる不思議な存在だ。
「改めて入学おめでとう、リコリス」
リゲル殿下はにこやかな笑みを浮かべている。
けれど、この笑みは彼が社交で培った他所行きのものだ。
前世を思い出すまでの私は、これが私に向けられる愛情なのだと信じて疑わなかった。けれど、ゲームの場面でヒロインに向ける自然で優しい笑みを知っている今では、その差が天と地ほどあることをはっきりと理解できる。
「ありがとうございます、リゲル様」
私は礼を言ってから、用意された紅茶に口をつける。
香りの良い紅茶だった。お菓子も上品で、さすが王太子殿下が用意したものだと思わせる。
「最近なかなか時間がとれなくて済まないね」
幼い頃は月に数回は会っていたがリゲル殿下が学園に入ってからは何かと私の誘いは断られていて年に数回しか会えなかった。
「公務に加えて生徒会の仕事まであるのですから仕方ありませんわ」
リゲル殿下は私と進んで会いたくないのだと思っている。
けれど、忙しかったことも嘘ではないはずだ。
リゲル殿下は穏やかにそう答える。
けれど、その言葉に感情はほとんど乗っていなかった。
婚約者だから。
義務だから。
そう言われているようで、胸の奥が少しだけ痛んだ。
けれど、それも当然だ。今までの私は、そう思われても仕方のない振る舞いをしてきたのだから。
「リゲル様。これまでの私は、婚約者として随分と至らないところがありました」
「……急にどうしたんだい?」
リゲル殿下の笑みが、ほんのわずかに揺れた。
「学園に入るにあたって、少し考えたのです。わたくしは公爵家の娘であり、リゲル様の婚約者でもあります。だからこそ、今まで以上に自分の振る舞いには気をつけなければならないと」
私がそう言うと、リゲル殿下は静かにこちらを見つめた。
その視線には、驚きと疑いが混ざっている。
当然だろう。
昨日まで我儘放題だった令嬢が、突然反省したようなことを言い出したのだ。怪しまない方がおかしい。
「それは、良い心がけだと思うよ」
「ありがとうございます」
私は表面上は微笑みながら、内心で深く息を吐いた。
本当は、謝りたいことは山ほどある。
けれど、ここで突然すべてを謝罪しても不自然だ。リゲル殿下からすれば、何か企んでいるようにしか見えないだろう。
だから今は、少しずつでいい。
まずは、婚約者として最低限まともな関係を築くことから始めるべきだ。
「これから学園では、リゲル様にもご迷惑をおかけすることがあるかもしれません。その時は、どうか遠慮なくご指摘ください」
「……リコリスがそんなことを言うとは、本当に珍しいな」
「わたくしも、いつまでも子どものままではいられませんもの」
そう答えると、リゲル殿下は少しだけ目を細めた。
その表情は、相変わらず穏やかだ。けれど先ほどまでの完全な作り笑顔とは、ほんの少しだけ違って見えた。
警戒。
疑問。
そして、わずかな興味。
たぶん今の私は、リゲル殿下にとって理解できない存在になっているのだろう。
それでも構わない。
嫌悪されたままよりは、少しでも興味を持たれた方がまだいい。
「では、学園生活が落ち着いた頃に、またお茶会を開いてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。婚約者として、君との時間はきちんと取るつもりだ」
「ありがとうございます」
その後は、学園の授業や寮生活について、当たり障りのない話をした。
会話は終始穏やかだったが、親しいとは言えない。けれど、以前のように一方的に要求を押しつけるだけの時間にはならなかった。
それだけでも、今の私にとっては十分な前進だった。
お茶会が終わる頃、リゲル殿下はいつものように私を寮の近くまで送ってくれた。
「今日はありがとうございました、リゲル様」
「こちらこそ。明日からの学園生活、無理をしないように」
「はい」
私は淑女らしく礼をして、リゲル殿下と別れた。
これで好感度が上がったとは思わない。
むしろ、怪しまれただけかもしれない。
それでも、少なくとも最悪の印象をこれ以上積み重ねることは避けられたはずだ。
断罪回避への道は、まだ始まったばかり。
私は小さく息を吐き、明日からの学園生活に向けて気持ちを切り替えるのだった。




