後日談 王太子殿下の城下デート
この日、リゲルとわたくしは街へ出かける準備をしていた。
「お嬢様、準備が完了しました。リゲル様がいらっしゃるまで、少々お待ちを」
シーナに着付けをしてもらい、リゲルが来るのを待つ。
結婚したことで、わたくしは住居をお城へ移していた。シーナにはそのまま、わたくし付きのメイドとして付いてきてもらっている。
「ありがとうね」
今日は城下町でのデートなので、普段よりも軽やかなワンピースを着ている。
念のためカツラを使って変装もしているため、傍目から見ただけでは貴族だとは分からないはずだ。せいぜい、裕福な商家のお嬢様くらいに見えるだろう。
少し待っていると、リゲルが部屋へやって来た。
「リコリス、お待たせ。では行こうか」
「ええ。リゲル、行きましょうか」
公の場では今まで通りリゲル様と呼んでいるけれど、二人きりの時には呼び捨てにしている。
最初の頃は恥ずかしかったうえに呼び慣れていなかったこともあり、何度か噛んでしまった。けれど、今ではすっかり慣れていた。
街へ出たわたくしたちは、中心街にあるアクセサリーショップへ立ち寄った。
店内には様々な装飾品が並べられている。
その中を眺めていると、ふと猫を模したキーホルダーが目に入った。
あ、この猫のキーホルダー、かわいいな。
少し欲しくなったものの、今日は別に目的がある。
今回はリゲルとお揃いのネックレスが欲しいのだから、我慢しよう。
わたくしはキーホルダーを一瞥すると、ネックレスが並んでいる場所へ向かった。
私的な時に二人で身につけられるもの。
可愛すぎず、それでいて派手すぎもしない。
できれば、普段から使えるようなものがいい。
そう思いながら眺めていると、一つのネックレスに目が留まった。
あ、これ……。
青い星と赤い花をあしらった、二つ一組のネックレスだった。
そういえば、この世界……というよりゲームには、花と星に関する裏設定があったはずだ。
登場人物の多くは名前に一定の法則があり、男性は星、女性は花を由来としている。
そう考えると、星と花が対になったこのネックレスは、わたくしたちにぴったりな気がした。
「ねぇ、リゲル……このネックレス、お互いにつけない?」
「これなら……普段から使えそうだな」
リゲルの言葉に、わたくしは思わず驚いた。
このネックレスも決して安物ではないけれど、王族であるリゲルが普段身につけている装飾品と比べれば、どうしても格は落ちる。
私的な時だけ使ってくれれば十分。
そう考えていたのだけれど、リゲルはネックレスを手に取りながら続ける。
「確かに公務の時に表につけることはできないが……ネックレスは普段つけていないだろう? 服の中に通してしまえばいい。誰かに見せるのはこういったデートの時だけになるが、俺とリコリスだけがお揃いだと知っていればいいだろう」
「ありがとう」
胸の奥が温かくなる。
誰かに見せるためではなく、二人だけが知っているお揃いのもの。
そう考えると、先ほどよりもずっと大切なものに思えた。
ネックレスを購入すると、店を出る前にお互いの首へかけ合った。
わたくしの胸元には青い星。
リゲルの胸元には赤い花。
それぞれの服の下へ隠してしまえば外からは見えないけれど、そこにあることは二人だけが知っている。
そのことが、なんだか嬉しかった。
その後は予約していた店でランチを食べ、午後からは公園を散歩した。
季節の花を眺めたり、露店で売られているものを覗いたり。
特別なことをしたわけではない。
けれど、公務でも社交でもなく、ただ二人で街を歩いているだけの時間がとても心地よかった。
そうしているうちに、空が少しずつ茜色へ染まり始める。
もうそろそろ城へ戻らなければならない時間だった。
「リゲル……そろそろ、んっ」
そろそろ帰らないと。
そう伝えようとしたところで、不意に唇を塞がれた。
一瞬のことに驚いていると、リゲルは少し離れ、どこか楽しそうに笑う。
「最後にこれを渡そうと思って」
そう言って差し出されたものを見て、わたくしは目を丸くした。
そこにあったのは、先ほど店で見つけた猫のキーホルダーだった。
「どうして……」
「お店に入って目線がいったのが見えたから、買ってあげたくてね。デートできる機会もあまり多くないから、思い出に残るようにしたくて」
わたくしが何気なく見ていただけのものを、リゲルは覚えていたらしい。
そんな些細なことが嬉しくて、胸の奥から感情が込み上げてくる。
言葉でお礼を伝えるよりも先に、今度はわたくしからリゲルへ口づけた。
唇を離して顔を上げる。
いつの間にか日は大きく傾き、空は鮮やかな赤に染まっていた。
その一方で、反対側の空には月が浮かび、少しずつ明るい星々も姿を見せ始めている。
やがて、オリオン座の一等星であるリゲルも夜空に輝き始める。
夕焼けの赤と、青白く輝く星。
胸元に隠した赤い花と青い星のネックレスを思い出して、思わず笑みがこぼれた。
まるで空まで、今日という日を祝福してくれているようだった。




