番外編 ヒロインの振り返り
私は昔から、夢をよく見た。
リリアとして生きてきたものとは別の、一人の人間の一生分ともいえる記憶。
前世の私は両親にも恵まれ、幸せな人生を送っていたと思う。
大きくなるにつれてアイドルに憧れるようになった私は、養成所に通い始めた。
歌もダンスも誰よりも頑張った。
活動の幅を広げるために舞台や演劇についても学び、やがてアイドルだけではなく、女優としても活躍できるようになった。
そんな前世の記憶を持つ私が、この世界でリリアとして生まれた。
この国には、平民が通う学校がある。
前世でいうところの小学校に近いものだろう。
そこで優秀な成績を収めた者には、その後、貴族たちが通う学園の入学試験を受ける権利が与えられる。
平民用の学校で成績が良かった私は、その権利を得て試験を受け、今の学園へ入学することになった。
リコリス様と初めて出会ったのは、学園の寮だった。
何も分からなかった私に、この学園での振る舞い方を教えてくれた人。
貴族ではあるけれど、平民である私をあからさまに見下すことはない。
公爵令嬢としての誇り高さを持っている反面、時折、どこか寂しそうな表情や焦りを見せることがあった。
そんな彼女のことが、少しずつ気になるようになった。
やがて、リコリス様も私と同じように前世の記憶を持っていることに気づき、私たちは友人になった。
そして、お互いが望む未来を手に入れるためにタッグを組んだ。
色々なことがあったけれど、振り返ってみれば楽しい学園生活だったと思う。
けれど、そんな日々が一転したのは、リコリス様が湖に落とされた時だった。
どこからともなく騒めきが聞こえてきて、何事かと様子を見に行く。
すると、びしょ濡れになったリコリス様が地面に横たわっていた。
近くにいた誰かが湖から引き上げてくれたようだけれど、意識を失っている。
私は考えるよりも先に、リコリス様のもとへ駆け寄った。
「リコリス様! しっかりしてください!」
気道を確保して、呼吸を確認する。
けれど、息をしていない。
その事実に気づいた瞬間、背筋が冷たくなった。
急いで人工呼吸を行い、続けて胸部圧迫を始める。
前世でも医療に携わっていたわけではない。覚えているのは、自動車の免許を取る際に習った心肺蘇生くらいだ。
それでも、今できることをやるしかなかった。
何度か繰り返したところで、リコリス様が小さく息を吸う。
呼吸が戻ったことを確認した私は、全身の力が抜けるような安堵を覚えた。
そして気がつけば、私はリコリス様を抱きしめていた。
その時だった。
淡い光が周囲に集まり、一人の光の妖精が姿を現した。
リコリス様から精霊のことはあらかじめ聞いていたため、存在そのものに驚きはなかった。
けれど、まさかこんな状況で精霊との繋がりが生まれるとは思ってもいなかった。
「君の気持ちは心地いいね。純粋にして苛烈。表に出ないけど胸の内に秘めるタイプだ。ひさしぶりに力を得た代わりに一つプレゼントをあげよう」
光の妖精はそれだけ言うと、ふっと姿を消した。
直後、私の中へ大量の記憶が流れ込んでくる。
それはリコリス様の前世の記憶だった。
そして、その中に見覚えのある場所を見つけた瞬間、私は息を呑んだ。
「これは……私が芸能人を引退した後に買い取った病院?」
芸能人として走り切った前世の私は、恋をすることもなく、一人で穏やかな生活を送っていた。
けれど、何もしない生活というのも性に合わなかった。
そこで、地方にあった経営の傾いた大きな病院の経営権を買い取り、理事長となった。
もっとも、私自身に医療の知識があったわけではない。
知っていることといえば、自動車の免許を取る時に習った心肺蘇生くらいだったため、医療そのものには口を出さず、基本的には経営に専念していた。
幸いなことに、芸能活動で得たお金は十分にあった。
だからこそ、最新の医療機器をできるだけ導入し、採算が取りにくいとされる診療科についても、赤字にならなければいいくらいの考えで拡充していった。
気がつけば、その病院は地域でも最大規模の病院となり、困った時に頼れる最後の砦のような存在になっていた。
医療は専門外だったため、現場に口を出すことはしなかった。
それでも、病院の中で何が起きているのかくらいは知っておきたいと思い、定期的に院内を見て回っていた。
そんなある日。
私は、昔から入退院を繰り返しているという一人の女の子と出会った。
「お姉さんはお医者さん? 看護師さん?」
「私はね、この病院の理事長だよ」
女の子は意味が分からなかったようで、不思議そうに首を傾げた。
「んーとね、この病院のちょっと偉い人かな?」
私が微笑みながらそう教えると、女の子は「そっかー」と納得したようだった。
それからは、院内を見回っている時に会えば、少しずつ話をするようになった。
他愛もない話ばかりだった。
病院であったこと。
好きなこと。
退院したらやってみたいこと。
私はただ話を聞いていただけだったけれど、女の子はいつも楽しそうに話してくれた。
仲良くなってしばらくした頃、その子の担当医から声をかけられた。
「理事長。あの子と毎日話してくれてありがとうございます」
「私は、治療に携わることはできないからね。せめて病院の中くらいは知っておかないと」
そんなやり取りを交わしたことを覚えている。
けれど、その時間も長くは続かなかった。
女の子は風邪をひいた。
最初はただの風邪だったはずなのに、体が弱かったこともあり、急速に悪化していった。
連絡を受けて私も病院へ駆けつけた。
けれど、もう言葉を交わすことはできなかった。
ただ、家族と共に最期を看取ることしかできなかった。
私はリコリス様の記憶を見ながら、ようやく全てを理解した。
あの時の女の子。
私が何もしてあげることのできなかった、あの子。
それが――リコリス様の前世だった。
まさか生まれ変わったこの世界で、もう一度出会っていたなんて考えもしなかった。
前世では、私はただ話をすることしかできなかった。
病気を治すこともできない。
苦しみを取り除くこともできない。
結局、何もできないまま見送ることしかできなかった。
だからこそ、今度は違う。
今回は、幸せになってほしい。
自由に生きてほしい。
家族や友人に囲まれて、前世ではできなかったことをたくさん経験してほしい。
そのためなら、私も全力で支えよう。
あの時は何もできなかったけれど、今度こそ運命を変えてみせる。
私はそう誓った。
そうと決めれば、行動は早かった。
私はリゲル殿下とカストル様に相談し、事件を解決するための方策を考えることにした。
「現状、リリア嬢にも疑いの目は向けられている。それを上回る証拠がないと、どうしようもできない」
リゲル殿下は王太子として、冷静に現状を伝える。
「……リコリスが目を覚ませばどうだ? 被害者の証言ならリリアへの疑いは晴らせるだろう?」
カストル様は、せめて私への疑いだけでも晴らせればと言ってくれる。
けれど、それだけでは足りない。
私は首を横に振った。
「それでは駄目なの。結局、犯人は隠れたまま……犯人の目星と目的さえわかれば、私が自白に導く。だから、リコリス様のためにも力を貸してください」
そう言って頭を下げると、二人とも頷いてくれた。
「俺も犯人が捕まることに越したことはない。立場のせいで動けないが……彼女に対する行いは許せない」
「俺もリコリスには今まで悪いことをしたからな……笑っていてほしいと思うし、犯人は許せない。それに、リリアは頑固だからな。俺たちが何もしなくても一人で動くだろう? 三人でならきっとなんとかなるさ」
二人の言葉を聞き、私は小さく頷いた。
それから三人で話し合い、貴族家同士の力関係について教えてもらいながら、これからどう動くべきかを考えていった。
そして、その中で一つの方法を思いつく。
リコリス様がずっと恐れていた断罪イベント。
この世界がゲームと同じ流れを辿ろうとしているのなら、あえてその流れを利用すればいい。
証拠が揃わなくとも、その場で誘導し自白させればいい。
私は、断罪イベントそのものを逆手に取ることにした。




