19 断罪の裏側
「そもそも、証拠なんて一切なかったのですよ」
リリアの衝撃的な発言に、私は開いた口が塞がらなかった。
「で、でもリリアさんの髪を模したカツラが部屋にあったって……」
だからこそ、サフランはあれほど慌てたはずだ。
部屋にカツラがあることが知られれば、リリアに罪をなすりつけようとした証拠になる。私はてっきり、本当に証拠を掴んでいたのだと思っていた。
「あら、私は一度もカルミア様とサフラン様の部屋にあったなんて言ってませんもの。目線を合わせただけで、どこにあるとも誰とも言ってないです。つまりはブラフです」
リリアはくすりと笑いながら教えてくれる。
つまり、あの場でサフランが動揺したのは、自分から墓穴を掘ったということになる。
「じゃあ、どうして犯人がわかったのよ? 確信がなければあんなことできないでしょう?」
「今までの私への虐めや、リコリス様が突き落とされた時に近くにいた人。私とリコリス様が落ちぶれることで得をする人。そういった点と点を結ぶとロベリア様が怪しかった。もっとも確信したのは、私を断罪しようとしてきた時ですけどね。今までは影で動いていても、断罪しようとなると表に出てこないといけないですから」
あまりにもあっさりと言われて、私は目を丸くしたまま、まじまじとリリアを見る。
「ロベリア様はリゲル殿下と歳も近いです。筆頭貴族であるオーフィア公爵家の令嬢の次に、婚約者に選ばれる可能性が高いのは、侯爵家のロベリア様ですからね。それを前提に考えると、取り巻きのカルミア様とサフラン様も共犯の可能性が高いです。リコリス様が突き落とされてから今までの間で、長期休暇はありませんでしたから、街の外には行かないはず……あとは、聞き込みと念入りな調査から、カツラを買った人がいたということと、捨てられた形跡がないとなれば予測できます」
リリアの説明を聞いているうちに、思わずため息が出そうになった。
お兄様も相当腹黒いと思っていたけれど、もしかしたらリリアには負けるかもしれない。
「流石というかなんというか……あなたのことを少し恐ろしく感じるわ」
「褒め言葉として受け取っておきますね。ともかく、犯人に目星がついた後は、証拠を見つけるか自白させるだけ。部屋の中から証拠を見つけるのは難しいため、てっとり早く自白させました。人間っていうのは、長い間立てていた計画が成功する直前に油断しやすいのです」
リリアは肩をすくめながら、どこか悪戯っぽく微笑んだ。
やっぱり、この子を敵に回すのだけは絶対にやめよう。
そんなことを考えていると、リリアが何かを思い出したように口を開く。
「それからリコリス様に謝りたいことがあるのだけど……ファーストキス取っちゃってごめんなさいね」
「ファーストキス!?」
突然飛び出した言葉に驚き、私は思わず小声で叫んでしまった。
そして、ついその時のことを想像してしまい、顔が一気に熱くなる。
「リコリス様を助けるために人工呼吸したのだけど、キス扱いなのね。まさか精霊との繋がりが確立できるとは、思わなかったわ」
このゲームで、ヒロインであるリリアは精霊に愛されている。
けれど、ゲーム序盤の段階では、まだ精霊との完全な繋がりは確立されていない。
ヒロインが愛を知ることで初めて精霊との繋がりが生まれ、互いに力を分け合うことができるようになる。それが物語の終盤にも大きく関わってくる重要な要素だった。
まさか、人工呼吸とはいえキスをしたことで、その条件が満たされるなんて想像すらしていなかった。
「ノーカウントよ! わたくしはまだ誰ともキスをしてない。良いわね!?」
思わず念を押すと、リリアは楽しそうに笑っている。
からかわれている気がするけれど、今はそれどころではない。
いずれにせよ、精霊との繋がりが確立されたのであれば、世界が滅ぶ可能性も大きく下がったはずだ。
そして今回の一件で、私とリリアにかけられていた疑いも晴れた。
少なくとも、ゲームと同じように私が悪役令嬢として断罪される未来は、これで避けられたと見ていいだろう。
長い間ずっと頭の片隅にあった不安が、ようやく少しだけ消えていく。
私は胸の奥に溜まっていた息を、ゆっくりと吐き出した。




