008 和睦、そして冬休みの終焉
「分かった、分かった! もうやめとけ!!」
男はスマホを差し出す。スズキはそれを受け取り、男の顔でロックを解除すると、早速上流幹部らしき人物に電話をかける。
「分かるのですか?」
「知らないよ。勘ってヤツさ」
この場に残っていたら、応援が駆けつけてくるだろう。スズキは、足早にその場から立ち去るのだった。
*
30分後。電話はなかなか鳴らなかった。母・リナは心配しているのか、メッセージを怒涛の勢いで送ってくる。スズキは溜め息をつき、家へ帰ろうとする。
が、ようやく電話が鳴った。スズキはそれに出る。
「調子はいかが?」
『テメェ……ヒトの兵隊ノシて言うことがそれかよ』
「仕掛けてきたほうが悪い」
『なんの要求だ? オマエ、随分金持ちな家に住んでいるようだから、カネが目的ではないんだろ?』
「こっちに干渉してくるな。でないと、今度は本気でオマエらを殺すぞ」
脅しでもなんでもない。更に攻撃してくるようなら、見せしめに殺すのもやぶさかではなかった。
『ケッ、イカれたガキだな。良いだろう。こっちも相当やられたが、オマエ相手だと更に被害者が増える。ただ、ひとつだけ言いたいことがある』
「なんだ?」
『オマエ、本当にカタギか? いくら殺していないとはいえ、オマエくらいの実力があれば、むしろ殺さないほうが難しい。裏社会で生きてきた匂いが、電話越しにも伝わってくるぜ』
「答える義理はなさそうだから、答えないでおくぞ。だいたい、私の力はヒトを殺すためにあるわけじゃない」
『そうかい。まぁ良い。もしもおれたちと仕事したいのなら、いつでも大歓迎だぞ』
「歓迎されても困るさ。さて、もう親が心配してるから切るぞ」
スズキは会話を終わらせ、身体を伸ばす。
「ふぁーあ。11歳児に深夜帯は辛いよ」
「貴方は、裏社会とつながりがあったのですか?」
「あ?」スズキは大あくびし、マーズを見上げる。「そりゃあ、違法上等の研究所を転々としていれば、裏ともつながりを持ってしまうだろ。だけど、裏社会の連中はクソだ。たとえばサラリーマンは上司に怒られ、汗水垂らし、ストレスで円形脱毛症にもなって、妻や子どもからは尊敬もされない。それでも、彼らは必死に生きている」目が半分寝始める。「それに比べて、裏社会の連中は楽ばかりしている。アンゲルスは先進国だから、その気になれば仕事なんていくらでも見つかるだろう? それらを放棄して、ドンパチとゴマすりだけで生き残ろうとするヤツらは気に入らない」
スズキは裏社会の連中を嫌悪している。前世の母が娼婦だったからか、自称父が揃って反社会的存在だったからか。
「ま、和睦も済んだし家帰って寝るか」
ふらふらと、スズキは帰路につく。その小さな背中を見て、マーズはボヤく。
「ダメ人間だけど、自分の美学は持っているというわけね」
*
家へ帰り、スズキは親と軽い会話を交わした後、ベッドに入り込む。もう動きたくない。
そういえば、記憶を取り戻す前からタバコを一本も吸っていない。身体がニコチンを求めていないということか。加えて飲酒もしていないし、睡眠薬も飲んでいない。筋肉量の弱さから来る腰痛などもなく、羽が生えたように身体が軽い。
「ガキに戻るってのも、悪くないな……」
そう呟き、毛布をかぶったとき、
「セラちゃん、あしたから冬休み終わるけど、準備してあるの?」
あぁ、そりゃ11歳なのだから学校へ行っていないほうが不自然だ。母・リナからの言葉で、スズキはすべてを察した。
「済ませてないけど、あした早起きしてなんとかする」
「まぁ、セラちゃん起きるの、早いもんね」
「そー。6時くらいには起きるから、そのときあらかた揃えるよ」
まさか、20代後半の青年が小学生になって学校へ行くとは思ってもなかった。スズキは、口を尖らせつつ、眠ってしまうのだった。




