005 激務の母親、そして溺愛される娘(男)
「セラちゃぁぁぁぁぁぁん!!」
黒髪ロングヘアで美人の母は、スズキに抱きついてきた。
10歳までの記憶があるスズキは、母リナ・スズキが娘を溺愛しているのを知っている。普段はキャリアウーマンとして鳴らす、30代後半の女性も、スズキに対しての愛情は本物だ。
「大丈夫だった!? 怪我とかない!? おまわりさんから連絡来たけど、セラちゃんが傷ついていないかが心配で、心配で……」
「大丈夫だよ、お母さん。見ての通り、怪我なんてしてない」
「良かった~……。仕事ほっぽり出して帰ってきて良かったよ」
母リナ・スズキは、『スターリング銀行』という会社のピースランド支部営業部長だ。その有能さから、異例ともいえる出世を遂げてきた。常に激務で、家に帰ってこないことすらあるし、帰ってきても深夜なのは当たり前。ただそれでも、娘のスズキへの愛情は深い。
「そうだ! お母さんがご飯作ってあげるね! せっかくセラちゃんと、久々に会えたんだし!」
「うん、ありがとう」
ウキウキとした態度で、リナはキッチンへと向かっていく。スズキはソファーにもたれ、テレビやスマホも見ず、ボーッと考え事をし始める。
思えば、セラ・スズキがスズキ・ショウだった頃、親の愛情なんて知ることもなかった。母は意地汚い娼婦で、父は生まれたときからいない。スズキが化け物じみた力を元に、様々な研究機関から実験への対価でそれなりのカネを手にしたとき、母は新しい男と遊ぶために無心ばかりしてきた。自称父親が5人くらい現れ、そのどれもがカネをせびってくる始末。それもあって、スズキは親の愛情というものを理解できていなかった。
しかし、今こうして自分を真剣に愛してくれる母親と巡り会えた。それだけでも、死んだ甲斐があったというものだろう。
「……ちッ」
されど、嫌な思い出は消えない。フライパンでなにかを炒める音が被ったので、舌打ちは聴こえない。それだけが救いだ。
『過去を克服できない人間は、弱いままですよ。スズキさん』
「あ──?」
『脳波に直接語りかけているので、声に出さなくて大丈夫。言いたいことを考えてみてください』
『……過去を克服しろ、だ? マーズ、おれはクソみてぇな血縁に生まれた。今でも、元母親の彼氏がしてきた根性焼きが痛いくらいだしな』
『しかし、リナ・スズキは素晴らしい親ではないですか』
『あぁ。オマエが前世の記憶をすべて消してくれたら、なんら疑念も抱かず今の母親と幸せに過ごしてたさ』
『トラウマがあるからこそ、今が輝く。人生は長い目で見れば、決して苦しみだけではないのです』
『あぁ、そうかよ。そりゃ良い。昔の苦しみは、今へのスパイスってか』
『そういうことです』
スズキは、手を広げる。
『まぁ、オマエが嫌なヤツなのは分かった。今まで無数のクソ野郎と出会ってきたけど、オマエはトップ10に入るね』
『光栄です』
そうこうしているうちに、ダイニングテーブルへ食べ物が置かれる。
「セラちゃん! できたよ!!」
「うん」
お付きの天使……いや、大天使との会話を半強制的に終わらせ、スズキは椅子に座る。
ステーキにポトフ。なかなか高そうな肉を使っている。ナイフとフォークにもすっかり慣れているので、スズキは丁寧にステーキを切っていく。
「……どうしたの? お母さん。私の顔見てさ」
ただ、母・リナは屈託のない笑みでスズキを見ている。空腹ではないのだろうか。
「セラがお腹いっぱい食べてくれれば、それで充分だよ。まだ分からないかもだけど、親は子どもが美味しそうにご飯食べてる光景だけで心が満たされるの」
スズキは首を傾げながら、ステーキを頬張る。口の中でとろける感覚。相当良い肉を使っているようだ。




