能ある姉
『白熱した試合は、あっという間で、寂しくなります…ですが!いよいよ、次は、親子対決です!!最初の試合は……エミリス様と、スフィラ様!!!』
もう試合はないと思って油断していたスフィラが、ビクッと体を揺らした。
「え!?まだ試合やるの!?」
「どこまでも催し物なのよ。さ、スフィラ、顔!行くわよ」
スフィラは母に腕を捕まれ立ち上がり、無理に笑って試合場へと向かった。控席の後ろには、食事や休憩するための飲み物や食事が大量に用意されていた。これは、今日一日中試合をさせる気だな、とルミアはため息をついた。
ルミアは姉と母が戦っている間に、食事をしようと立ち上がり、天幕の中に入った。給仕のために集められた使用人が3人配備されていたことに、今更気づく。天幕の横から急いで現れた使用人は、観戦に夢中だったようで、ルミアに気づいて焦っていた。
ルミアは適当に配膳されているお皿から食べやすいものを選んで口に運ぶ。流石に食べながら控えの席に座るわけにはいかないので、天幕に隠れて食事をとった。こっそり時計を取り出して、時間を確認した。
(え…13時…そんなに経ってたの!?)
ルミアたちは8時から用意して、試合が始まったのは10時だった。ルミアはまだ昼前だと思っていたのに、気づけば昼を超えていた。
(そりゃお腹も空くわけだ…)
お茶を用意してもらい、簡単に食事を摂った。天幕を出た時、試合はまだ終わっていなかった。アズールとボルトは立ち上がり、スフィラたちの試合を凝視していた。それほど白熱した試合なのか、とルミアも歩きながら試合場に目を向けた。
姉と母は向かい合い、姉のドレスの裾は破れていた。母は余裕の表情で炎の球と氷の球をスフィラに向けて放ち続けていた。姉の髪は乱れ、ドレスは焦げ跡や切り傷ができていた。
ルミアは歩みは止まった。父や兄が凝視するように、同じく目を逸らせなかった。
容赦のない母の攻撃に、息を切らしても尚、立ち続けるスフィラ。姉の満身創痍な状態を見たルミアの両手は——ひどく震えた。
(母様…)
ルミアはスフィラが負けると思った。人を傷つけたくない、優しい姉のことだ。きっとここでも母に勝ちを譲るために——
(いや、違う。それでも立ってる。杖をしっかり持って、防いでる…)
(姉様はまだ諦めてない顔だ。でも…どうやって…)
スフィラは諦めていなかった。母は試合前、ルミアとの試合を情けない試合と揶揄し、妹との抱擁を情けないと、スフィラに向かって罵倒した。スフィラはなんと言われようと母を傷つけたくないと言ったが、母は冷淡に笑って娘に吐き捨てた。
「ルミアに勝てないのはわかっていたわ。だって、スフィラ、あなた…弱すぎるもの」
母はスフィラを静かに睨め付け、言葉を吐き続けた。
「あなたはもう一度最初から鍛錬をやり直したほうがいいわ。じゃないと…追放されてもおかしくない」
「あなたには戦う覚悟がない。ルミアはあなたを傷つけたくなかったんじゃないわ」
「あなたが弱いと周りに露見しないように、気を遣ったのよ」
その結果、スフィラは感情のまま、母に魔法攻撃をぶつけた。けれど、跳ね返され、倍に返され、服が破れ、頭に命中して髪が解けた。
ルミアはそんなことがあったなんて知らない。けれど、姉をいじめる母に向かって、負の感情が湧き起こった。いくら母であろうと、姉のあんな姿を晒すなんて、と拳を握りしめて感情を抑えようとした。
「母様は私が弱いとおっしゃるけど、ただ私が攻撃を耐えていたとお思いですか?」
「あら、耐えれたのかしら?見る限りボロボロだけど?」
「準備してたんです。速さがどうしても足りなくて、時間がかかってしまうんですよ」
スフィラは杖を上に掲げ、ゆっくりと振り下ろした。その瞬間——
——ズドンッ!!!
鼓膜が破れそうな程の破裂音と、大きな地響きが会場を揺らした。一瞬の事。
母は丸焦げになって、倒れた。
ルミアは空を見上げて驚愕した。ルミアが考案した雷撃の巨大版。上空で巨大な水球が浮かび、その中は蒼い稲妻が走り続け、稲光が会場に激しく暗転を繰り返していた。
スフィラは、ふう、と息を吐くと魔法を解いて母を抱き上げ、救護の天幕へと運んだ。
「っぷは!はは!!」
ルミアは思わず声を出して、笑ってしまった。静まり返った会場に異質な笑い声が目立った。ルミアは咄嗟に両手で口元を押さえて俯き、アズールの隣に座った。
「お前、最悪だな」
「……帰りたい」
『素晴らしい魔法!輝かしい親子の下剋上!!勝者!!スフィラ様ぁー!!』
『「うあぁぁぁぁーーーーー!!!」』
司会がいてよかった、とルミアはゼノヴィスに感謝したくなった。司会のブルックは、母が感電して意識を失ったことで、ボルトが3人を相手に試合をする、と続けて発表した。
スフィラは母と戦ったことで魔力を使い果たし、疲労が溜まったので棄権した。優しい姉は、母の側にいるのだろう、とルミアにはわかった。
『多少の予定は繰り上がりましたが、まだまだ試合は続きます!!次はボルト様対、アズール様!!』
アズールは呼ばれて大剣を肩に担ぎ、父ボルトに向かって目配せした。
「勝てる気がしない」
「やる前から諦めるな」
「父上、手加減してください」
「うるさい、行くぞ」
アズールとボルトの試合が始まった。ボルトは力の半分も出さず、アズールを吹っ飛ばした。ほんの数秒の試合だった。勝てる気がしないと言った意味がわかったルミアは、父の戦う姿を初めて見たので、新鮮だった。
いつも母に言い負かされ、悪態を吐かれていたあの父が、巨大な大剣を片手で振り回す姿。
(父様強いんだ…)
「ルミアは父上の試合を見るのは初めてだから知らないだろうけど、シドヴィス様に並ぶほどの強さだ。舐めてかかると痛い目見るぞ」
ジオルドが小言を言うような口調で妹に教えた。ルミアは短剣にしようか杖にしようか迷っていたが、シドヴィスの名を聞いて、短剣を選んだ。
「兄様って父様に勝てるの?」
「勝てない」
「どうして?強くなったのに?」
ルミアはただ疑問を口にした。父の強さをシドと並ぶほどと称した彼に、では兄はどのくらいなのかと聞かれているように感じて、ジオルドは妹を無視した。
「……」
(お前に言われると癪に触る…)
「兄様?」
「……次は俺だな」
答えず、立ち上がって試合の準備をする兄を見上げていると、アズールが荷物のように父に担がれて戻ってきた。
「ははは、アズールは頑張った方だな」
「……おろして」
「次は誰かな?」
「多分、俺です」
ジオルドは腰にある剣の柄を掴み、姿勢を正した。父に臆することなく、まっすぐボルトの目を見ていた。ボルトもジオルドの目を逸らすことなく、うなづいた。
『さすがアヴァロフ公爵!!アズール様の剣はまだまだ届きませんでしたが、ボルト様の一撃を受けても尚、意識を保っていられるのは素晴らしいことです!!素晴らしい!!』
『まだまだ熱い戦いが続くのか、それとも氷のような戦いか!次はボルト様対、ジオルド様!!!』
『「うおぉーーーーーーー!!!!!」』
『「きゃぁーーーーーーー!!!!!」』
会場の熱は、狂乱に満ちている叫び声が勝っていた。それはジオルドの熱狂的なファンの叫び声。学園生のほとんどがジオルドに応援の声を張り上げていた。
(ノド、潰れるんじゃ…)
少しだけ心配になったルミアは、ジオルドの試合の次は自分だと思うと、妙な緊張が体をこわばらせた。ジオルドとともにボルトも試合場の中心へ。




