ジオルドの一太刀
司会が言っていた『氷のような戦い』とは、氷魔法の得意な兄のことを指していた。シドヴィスは周囲に氷魔法しか見せていないが、彼の得意とする魔法は、誰も知らない。
ルミアは、兄ジオルドと父の試合が始まるのを見守っていた。けれど、なかなか始まらない。
2人は何かを話していた。ジオルドの目は驚きで一瞬、見開き、ゆっくり俯いた。そして、剣を構えて父に何かを話していた。その顔は眉間に皺を寄せ、涙を我慢しているようにも見える。
「ねぇ、何話してるんだろう」
「さっきも母様と姉さんが話して、姉さんあんな顔になってたよ」
「ルド兄様のあの顔…泣きそうな…」
「ははは、まぁそりゃ父様はただの試合でも、兄さんにとってはただの試合じゃないからだろ」
アズールは時々、確信めいた言葉を発言することがある。誰も予想していないような、予想外の言葉を。
「だって、この試合は最強を決めるんだろ?アヴァロフ家最強にならなきゃ、後は継げない」
「……」
(私が勝ったら…)
「ルミアが勝てばお前が次の当主だな」
「そんなの望んでないよ…それにこの試合で決まるなんておかしいよ」
「ははは。確かに」
無責任な発言をして楽しむアズールに、軽蔑の視線を向けるほど暇ではないルミア。今は兄の苦しそうな、悲しそうな顔から目を逸らせなかった。
ボルトは、その太い筋肉の腕で、巨大な大剣を片手で振る。魔法を使わなくても、風が起こり、風圧でジオルドを圧倒した。息子は父に言われた言葉通り、覚悟を決めて剣を構えた。
言われなくても、薄々勘付いていた言葉。
『ルミアを次期当主にと、考えることもある』
今までは幼く、力を隠していた怪物の妹。
努力を重ねようと、鍛錬の方向を変えても、圧倒的な天才を前に打ち砕かれたジオルド。それが加護の力でも、彼女の才能だとしても、精霊の力があったとしても、ルミアは同じ人間で、アヴァロフ家の娘であることを再認識したこの3年。妹に勝てないとわかる自分に——嫌気がさした。
だからジオルドは父に勝てると、思っていなかった。
けれど。
ただ、一矢報いる一太刀だけは、絶対に諦めない。
(一太刀だけ…)
ジオルドは、自身の体に防護魔法を二重にかけ、ルミア考案のプリズムで、剣と氷の刃を父に向かって放った。剣先が氷の刃と合わさり、手数を増やす。先ほど、ルミアでさえ後ろに退けたこの技。
父は大剣を振り回し、ジオルドの剣が届くよりも先に、突風を起こした。大剣の剣先まで少し、というところ、ジオルドは風で吹き飛ばされそうになる。けれど、息子は地面に剣を刺し、踏ん張り、耐える。
父は口に弧を描き、二発目を上から下に一直線に振り下ろす。大剣の威力と炎の魔法を組み合わせ、地面にまっすぐ伸びる切り筋と炎。
ジオルドは寸でのところを横に避け、全身から冷気を放ち、剣先に雷撃の球を作った。一歩引いて勢いをつけ、父に向かって突きの攻撃。
ボルトは歯を見せて笑いながら、大剣を再び上から下に振り下ろした。
冷気を帯びたジオルドは、白い息を吐きながら炎の太刀筋を避けることなく自身の肩で受け止め、父の大剣を凍らせた。
会場はジオルドが切られたと思い、顔を背けた。けれど、彼は切られることなく、大剣を肩で止めていた。息子の髪の先が切れ、はらりと地面に落ちる。
『おぉ…』
司会は声を拡張する魔道具のスイッチを切り忘れているようで、彼の感嘆の声が会場に響いた。
ジオルドは受け止めた大剣の柄付近に向かって、全力で横から打った。火花が散り、激しい摩擦が目に見えてわかった。捩れる体、だが、父から目をそらさない。
ボルトの大剣は、ジオルドの剣撃によって横に弾かれる。体制をよろめかせた父に、すかさず回転切りとプリズムを使って、高速で突いた。父はその多すぎる剣撃を片腕で防ぐ。
けれど、父は一歩も動かない。その巨漢はずっしりと重く、地面とくっついているよう。
せっかく体制を崩しかけた父、息子に大剣を振るう。
ルミアは拳を握りしめて固唾を飲んだ。アズールに変なことを言われても気にしないようにした。だが、兄の必死に戦う姿がただの試合には見えなかった。
ルミアは何も知らない父に伝えたくなった。兄たちがどれほど迷宮で勇敢に魔物を倒していたかを。姉がどれほどみんなを、私を勇敢に守ったかを。
試合前から勝ち誇って大剣を振るう父に。
姉を甘く見て、痛い目にあった母に。
(試合に勝てないから当主になれないなんて…違う。そんなの間違ってる)
ルミアはここで、ふと、思った。
(なら、卑怯な手を使って勝ったらどうなんだろう…)
制限や周囲の目が無ければ、父にも、シドにさえ勝てる、と。どんなに卑怯な戦いでもいいのなら…と。
——少女の中で何かが少し緩んだ——
ジオルドは明らかに疲弊していた。息を乱して、父に近づけずにいた彼は、それでも炎の剣筋を避け、氷の壁を作り、父に近づこうと躍起になっていた。
(…あれ?雷撃の球はどこ?)
ルミアが気づいた時には、雷撃が地面に広がった冷気の中に消えていた。けれど、その冷気の霧の中を、よく見た。雷撃は氷の冷気の中に紛れ、小さな青白い稲妻を発生させ、ジオルドもボルドも地味に感電していた。
ジオルドは低姿勢に腰を落とし、剣の構えを変えた。
それは迷宮でシドが双剣でよくやっていた剣の構えだった。結界の形を変形させ、刃のように対象へ飛ばす、スフィラがやった魔法に似た技『月影』の構え。結界と剣が重なり、強度が増す。
下から上に剣を回転しながら切り込む技。それを片手剣でジオルドは使った。
——『月影』
ボルトとの力の差がありすぎて、ジオルドの剣は、父の片手で握られ、止められた。だが、息子は諦めない。再び、剣を掴まれた状態のまま、父に掴まれた剣を握りしめて『月影』を重ねて放った。その一瞬——父の手は離れ、後ろに仰け反った。
瞬時、地面に散らばっていた冷気がボルトの両足に集まった。
「雷冷」
冷気と共にボルトへと流れる雷撃は、稲光をばちばちと光らせた。ジオルドの魔力操作で集められた雷撃と冷気は、彼の足元にも流れていた。
ボルトの両足は痺れ、大剣を地面へと突き立て、体制を崩すまいと耐え抜く。
その目は、顔は、喜びに満ちた狂気の笑顔だった。
(怖っ!!)
ジオルドは内心喜んでいた。けれど、一撃だけでも通用したと喜んだが最後、ボルトは地面に刺したままの大剣を、地面ごと振り上げ、ジオルドにぶつけた。切るというより、打撃だった。
凄まじい音と一緒に、一瞬で吹き飛ばされたジオルドは、咄嗟に剣で防御したまま試合場の舞台の端で踏みとどまった。
彼は、立っていた。父の強烈な一撃に耐え、頭から血を流しつつも立って、耐えた。
「ふはははは!!すごいなジオルド!!」
ジオルドは父の笑い声にニヤリとして、そのままよろついて、膝をついた。
全力で耐えたが、ジオルドは限界。父は大剣を掲げて試合の終わりの声を催促した。
『…勝者、ボルト様!!!』
ボルトはぐったりとした息子を抱えて救護班へと預けた。その間際、父は息子の肩に手を当てて、何かを言っていた。
ルミアには、彼らの会話が聞こえなかったし、聞きたくなかった。
血を流してでも、耐え抜いた兄の根性には、素直に尊敬を抱いた。けれど、父のあの狂気に満ちた笑顔と、ぐったりとしたジオルドは見ていられなかった。理解はできても、受け入れられなかったのだ。
(治るとわかっていても、やり過ぎだよ。それに父様…まるで魔物みたいだった…)
次は自分の番だと改めて考えると、ルミアはお腹が痛くなった。スッと陛下の後ろに立つシドへ視線を向けた。シドはまっすぐ前を見ていたが、ルミアの視線に気づいて目を合わせた。




