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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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色香とマナデトックス

「ルミア。お前、マナを放出できないか?」


「え?なんで?」


シドは気まずそうに、ルミアに聞く。その眉間は深刻そうに、深く刻まれていた。


「今のお前はそのメガネじゃ抑えきれないほど……その……やばい」


「は?何がヤバいの?光ってないし、レオは普通だって言ってたよ?」


「とにかく、レオが言ってたろ?迷宮正常化の後の3ヶ月間は、マナの放出量が増えるから…お前が……人に影響を強く及ぼす。お前の父親が、お前と話したいそうで、代わりに俺が陛下の護衛をすることになったんだ」


「父様が?父様なら今朝あったけど?…マナが出ると影響って……髪は毎日、灰色に染め直してもらってるし…見た目もそんなに変化なかったよ…?」


ルミアは気づかないが、シドは彼女の明らかな異変に気づいていた。それは彼女の兄ジオルドも、姉スフィラも、婚約者のレオも気づいていた。


どうして誰もルミアに言わなかったのか——それは言えなかったから。


メガネの魔道具では抑えきれない『異変』。それは———魅力と色気。


第2迷宮を正常化した後から、薄々感じていたスフィラ。ルミアがいない時にシドとジオルド、そしてレオだけで秘密の会議をした。スフィラは言いにくそうに切り出したが、妹の異変を口に出すと、皆が感じていたことだった。レオはマナの影響だと言っていたが、その対策は知っているから大丈夫だ、と一度目の秘密会議は終わった。


けれど、今回、最後の第4迷宮を正常化した後は、次元が明らかに違った。再びルミア以外で集まり、秘密会議を行った時、ルミア本人に言うべきか言わないべきかを決めた。3ヶ月を凌げば、その異常な『魅了されるほどの色気』は薄くなっていくはずだと、甘く見ていた。


そんな矢先、突然父親がルミアと2、3日話すといって、護衛を休み、自分が代わる羽目になるとは、シドも予想外だった。


シドたちから見れば、いくらメガネで気配を抑えているからと言っても、溢れ出る色気は、姉のスフィラさえおかしくなるほど。


帰りの馬車や移動の時など、スフィラはルミアを膝に乗せて、常に抱き抱えていた。ルミアは何も違和感がなかったようで、スヤスヤと姉の胸に涎を垂らして、妖艶な寝顔を皆に見せていた。


それほど、正常化後のルミアは『やばい』状況。


白い肌は艶かしく、その儚く美しい顔と、ほんのり赤く染まった唇。溢れ出るマナのせいか、誰をも魅了する。


先程、『守って』と言われ、言葉に詰まりそうになったシドは、耐えるのに必死だった。それなのに父ゼノヴィスからの通信で、どうにか溢れ出る『異質さ』を排出できないか、と提案されたのだった。


「ルミア。お前…浄化ってマナを放出するんだったよな?」


「よくご存知で。アディにしか言ってないのに…」


「すまん、今は緊急事態だ。今のまま父親に会えば、卒倒するかもしれん」


「はい?なんで?」


「そうだ、レオにどうにかしてもらおう」


「なんなの?私、そんなにおかしい?」


明らかにシドの様子がおかしかった。ルミアは熱でもあるのかと思い、短剣を床に置いてシドの額に手を伸ばした。


シドはその手に驚き——固まる。


シドの顎に、ルミアの額が近づいた。ただ、それだけなのに——心臓が跳ねる。


「………」

(落ち着け、俺。迷宮のせいでこいつは今、バケモノと化している…今はそれどころじゃない…)


「大丈夫?疲れてるんじゃない?目の下クマあるし…」


「誰のせいだと——」


シドはルミアに顔を向けた。上目遣いで心配する彼女の瞳を向けられ、自制心が保てなくなりそうだったシド。咄嗟に後ろに飛び退き、ルミアと距離を取った。まるで追い詰められた小型の魔物のような、その怯えた様子に、ルミアはますます心配になった。


「シド?本当に大丈夫?ポーションあるけど…飲む?」


「いや…いい。とりあえず、レオに会えるようにするから…お前はここで待ってろ。絶対に動くな。いいな」


シドは敵に向けるような鋭さで、ルミアを睨みつけた。普段の低い声をさらに低くして、怒っていた。ルミアはなぜ彼が怒っているのかがわからない。けれど、有無を言わせないその気迫に圧倒され、返事をするだけ。


「……はい」


現在時刻は11時。シドと訓練を始め、彼が怒ってルミアを置いて去ったのが8時過ぎ。あれから3時間も訓練場で、ルミアは待っていた。


改良した『異空間テント』は、ノックスたちも入れるようにしたので、ルミアたちはそのテントの中でくつろぎ、のんびりと過ごしていた。ノックスはクッキーをあげたので、グウグウと寝息をかいて眠り、ノアは鳥の姿でルミアにもらったクッキーを小さな嘴で突いてゆっくり食べていた。


ルミアは新しい戦術を練って、シドを負かす方法を模索していた。


テントの外からルミアを呼ぶ声がして、少女はテントから顔を出す。


外にはレオとジオルドが立っていた。


「では、殿下、俺は外で待ってます」


「うん。わかった」


17歳のレオは、ジオルドと同じ背丈に伸び、ルミアがいくら身長が伸びたとはいえ、ここ最近、ずっと見下ろされていた。


実のところ、レオはルミアを意識しないように頑張っていた。契約とは言え、婚約者となったルミア。最初は周囲に関係の良好さを示すため、学園やパーティーでは、彼は今まで以上に、あからさまに頬に触れ、腰を抱き寄せたりしていた。


けれど、迷宮を正常化していくたびに、触れれば理性が外れそうになったり、抱き寄せるだけでは終わらない衝動と戦うようになっていた。もちろん、無自覚でマナを放出しまくっていたルミアは、レオの苦悩を知らない。


(なんか最近、よく見下される…前は目を合わせて顔を合わせてなかったっけ?)


彼はルミアを見下ろして、右手を無言で差し出した。ルミアはいつものことか、とその手を握り、彼の手の甲にある精霊王の印にマナを吸わせた。


「ちょっと、新しいこと発見したんだけどさ、実験してもいい?」


彼はルミアを見下ろしたまま、ルミアが好きそうな『実験』という言葉を使った。ルミアは首を傾げてレオを見上げていた。


「なんの実験?」


「ルミアがマナを大放出する実験」


「なにそれ…面白そう」


レオは辺りを見渡し、何かを確認した。握った手を引っ張って、ルミアを抱き寄せる。


「え、なに?」


「今日はノックスたちはいないの?」


「テントの中にいるよ。クッキー食べてノックスは寝てるし、ノアはまだクッキー食べてる」


「そっか。じゃぁ…少しの間だけ、精霊が出てこれないようにするけど、いい?危害を加えるつもりは全くないから」


「……何するのかだけ教えて?」

(え、なにするの?)


「だめ。言えば実験にならないから」


「……わかった」


精霊王の眷属として、マナを吸収していったレオは、新たな力を使えるようになっていた。レオは静かに覚悟を決め、テントに向かって『精霊の籠』を行使した。


それは植物を操ることができる力。植物の蔓が精霊王の印から伸び、結界の籠を作る。その籠で異空間テントごと、蠢き、絡まる蔓で、精霊たちを閉じ込めた。


レオは今からすることに”邪魔”が入らないよう、ノックスたちが出てこれないようにしたのだった。


「…すごい。それ、精霊王の力?」


精霊王は本体である樹体を縛られているため、レオを眷属として選んだ。


その上で眷属としての力を得たレオは、今、まさに一線を越えようとしている。


「そうだよ。まだ精霊王が誕生するにはマナが足りないんだけど、最近使えるようになったんだ」


レオはどこか苦しそうな表情をして、頬に汗をかいていた。ルミアは先ほどのシドの表情と同じだと気づき、レオの体調を心配する。


「レオ?大丈夫?…熱いの?」

(もしかして私のせい?マナが体調に影響するの?)


ルミアはレオの頬に触れようとして手を出した。けれどレオはその手を払いのけた。


拒絶されたことで、ルミアは後ろに一歩下がる。


「ごめんなさい。熱があるかと思って…」

(やっぱり、近づくとダメなんだ)


「違う、ごめん。…はぁ」


レオはさらに顔が汗ばみ、頬は真っ赤に染まっていた。ルミアは彼の体調が悪いと思い、体力回復ポーションを取り出し、レオに差し出した。


眉間に皺を寄せ、息が上がっている彼は、明らかに病的。


「これ、ポーションです。毒とか入ってないですし…ここに置きましょうか?」


ルミアはいつの間にか敬語になり、どう対応したらいいかわからずにいた。精霊王の力を見た直後なので、彼にしかわからない『変化』があったのか、とも勘繰っていた。


けれど——そんなことではない。


「ルミア。今から俺も頑張って…我慢するから…ルミアも我慢して…ね」


「…おれ?……我慢って…何を…?」

(今、俺って言った?いつもは僕なのに?)


「いいから…なにか…座るものとか出して…ソファとか…べッ…」


レオは真っ赤になった顔を腕で隠し、ルミアから視線を外した。その動揺した体は震えている。これほどまで恥ずかしがる王子の姿を、ルミアは初めて見た。


レオ自身、今まで一度も激情を表に出さなかった。周囲からは次期王と言われ、文武両道と言われるほど磨きかかった人物。弱みを見せるような王子ではない。


「本当に大丈夫ですか?座るもの…ソファ、どうぞ!座っててください。お兄様を呼んできます!」


ルミアは一刻も早く兄に王子の体調を伝えようと、レオの手を離れようと、動いた。扉の方へと一歩踏み出して、もう一歩。


だが、その足は衝撃により、宙に浮いた。レオはルミアの手を力の限り引っ張った。


——ガタン。


「え?」

(まって…これ…どういう状況?)


ルミアはソファに押し倒され、息の荒いレオに、覆い被さられていた。彼の熱い手と息に、ルミアは不気味な危機感を覚え、全身が強張る。


「いい、ルミア。これは……余ったマナを…効率的に放出させるための手段なんだ」


「…私…何かご不快な思いをさせたでしょうか?」


「やめてよ、敬語。ルミア…嫌かもしれないけど…我慢して。これはマナ…デトックスだ」


息の荒いレオの目は、いつもの優しさがなかった。ルミアは何も理解できず、彼の態度に怯えた。


けれど、それ以上、思考することができなくなったルミア。


伸びる植物は蛇のように蠢き、這いずり回る。


身動きの取れない体に走る衝撃の連続。


マナデトックスは1時間程で終わり、事の真相と説明をレオから受けたルミア。


訓練場の扉から出てきたレオとルミアは、二人とも赤面していた。レオは何かスッキリしたような顔で、ルミアはずっと俯いていた。


「……」

(だめ…これは…ダメだわ…よくない…)


「ルミア?ごめんけど、いい加減切り替えてくれる?じゃないと困るんだ。僕だって嫌だったんだよ。でも仕方ないだろ?」


レオの口調は荒くなっていた。まるで関係性がより深くなったかのよう。その顔は赤く火照ったまま。


ルミアは深呼吸して必死に考え直した。マナデトックスを生物学的に考えようとしていた。


(そうよ。あれはマナを出し切るために…仕方ない事よ!!オルグ様なら納得したわ!だって一線は超えてないんだもの。超えそうだったけど…超えてないわ!)


「ルミア?アヴァロフ公に余計な事言わないでね?それで…シド、どうかな?」


レオに突然話を振られ、ルミアに近づいて確認するシド。ルミアをよく観察し、『異常な色香』が出ていないことを確認した。


「大丈夫…そう…だな」


「よかった。じゃ、時間押してるから、僕たちは行くよ」


「あぁ、すまない」


シドは扉の入り口で、レオとの会話を終えると、縮こまって頭を抱えている少女に目を向けた。先ほどまでのマナが抜けたおかげで、普通に接することができたシド。


訓練場の壁に開いた穴や、ぼこぼこに凹んだ床。真っ二つに破かれていたソファは、破壊され尽くされていた。


(何があったんだ…これほどまでの破壊…)


シドは疑問に思ったが、彼は何も聞かなかった。


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