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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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美しい、剣舞

最初の迷宮を正常化して約3年が過ぎ、ルミアは13歳になった。国内の4つの迷宮は、無事ルミアとレオたちによって、この夏、最後の正常化が終了した。


「はぁ〜もう明日から学園か」


「ルミア様。シドヴィス様が軍部にてお待ちですよ」


「今日くらいのんびりしたいんだけど…」


侍女のカナンが、ルミアの白銀に輝く髪を、灰色に染め直し、目立たないように後ろでまとめ、結う。彼女は柔らかい金髪を後ろで綺麗にまとめた、灰色と薄緑の模様がある瞳の女性。彼女には10歳の娘がおり、今年学園に入学するらしい。


カナンはルミアの専属侍女で、ユナの代わりに訳あって働いてもらっている。


「迷宮の後ですので、植物がまたすごいことになっております。けれど、サイラスは喜んでおりました」


「元冒険者だからね。刃物を振り回すのが好きなのかも…」


サイラスはカナンと同じ時期に入った、新しい庭師だった。彼も訳あって新しい温室の庭師となった。明るい茶髪に、真っ黒な瞳。その瞳は以前、濃い青色だったとか。彼には娘と息子がいる。ちょうど3年前に生まれた息子が可愛いそうで、父として奮闘していることを、毎日、無口な鳥の精霊に、話しかけ続けていた。


「さぁ、ルミア様。お支度整いました。ノックス様がまたクッキーが欲しいと”仰ってました”が、厨房に通してもよろしいですか?」


カナンはノックスの言葉がわかる。


第2迷宮を正常化してから、ルミアの放出するマナが濃くなり、温室内は精霊の声が誰にでも届くようになっていた。カナンがエデンと会話しているのを目撃して以来、エデンが教えてくれたこと。


エデンは知っていることを聞かれれば答えるが、気まぐれで答えない時の方がほとんどだった。今日もエデンは温室のどこかで過ごしている。


「だめ。最近食べ過ぎな気がするのよ。ねぇ、ノア」


”ノア”は鏡台の上にちょこんと乗っている黒い鳥の精霊。ルミアが髪を整えるときだけ鏡台に移動する。その時以外、ルミアの肩から離れない。カラスのようで、ふわふわの漆黒の羽根は、カラスではなかった。


『主…クッキー…俺も食べたい』


「ノアの分もぜーんぶエデンとノックスが食べちゃうからね。ノアには別に用意するよ」


ノアは無口な鳥で、エデンとノックスのような表情は見えない。そもそも鳥なので、表情が読み取りにくい。けれど、嬉しい時はルミアの肩に乗って、頬に擦り寄って感謝を伝えるのだった。


クッキーを別にもらえると聞いて、ノアは羽根を広げてルミアの肩に乗り、頬に体をすり寄せた。ふわふわの羽が温かく、主を癒してくれる。


「ノックスにはちゃんと言っておくわ。じゃ、あとはお願いね」


「はい、いってらっしゃいませ」


カナンは深々と頭を下げ、ルミアを見送った。ルミアは気配を薄くする魔道具——『隠密メガネ』を掛けて天幕を出た。


温室を出て屋敷に向かう道中、屋敷の使用人がバタバタと焦っていたのが目に入った。誰か高貴な方でもくるのかな、くらいにしか思わなかったルミアは、すれ違うだけで何も聞かなかった。


軍部へと向かうため、秘密の地下通路へと降りる。


『やっときた。やっぱノアもいる』


「ノックス、お兄ちゃんなんだからノアのクッキー食べちゃダメよ?それにまたカナンにクッキー頼んでたでしょ?」


『この形態はお腹が空くかもしれないだろ?』


この”形態”——そう言ったノックスは、人型の他にもう一つ新たな形態変化を獲得していた。


それは迷宮のシーカーから流れ込んできた残穢の中の設計図。エデンが言うには、異界の乗り物らしい。エデンになぜ知っているのかを聞くと、はぐらかされた。


その形態の名前は『バイク』 


二つの丸い車輪がついた、平民が乗る自転車を魔道機化したものだった。他にも4輪のものもあったが、ノックスは2輪の方が好みだったらしく、『バイク』に進化したらしい。黒い『バイク』になると思っていたが、なぜか白く、機械が剥き出しの速そうな『バイク』となった。


今回初めて乗ることになったルミアは、訓練着でノックスに跨った。恐る恐る跨った『バイク』の車体は、ノックスの体温で暖かい。


『飛ばしていいか?』


「だめよ。ノアが吹き飛ばされちゃうでしょ?」


『主…俺、大丈夫』


ノアはボソッとルミアの耳もとで囁くと、ルミアの胸の中に入り込んだ。ノックスが『バイク』姿で車体を揺らし、憤りを露わにし、暴れる。


『くぁあ!!ノア!!お前ルミアに甘えすぎだ!お前には羽根があんだろ!?飛べよ!!』


「ちょっと、ノックス!暴れないでっ!!ハンドル、…持てないから!」


『ルミアもルミアだ!ノアを甘やかしすぎなんだよ!お前だって昨日の夜、進化してただろうが!!ゴレェ!』


「ノックス!落ち着いて!落ちちゃうから!」


『がるるるるるぅ!』


ノックスの揺れは収まったが、体を振動させて『バイク』から煙を出し始めた。ルミアはノックスのハンドルをギュッと握って、シーカーからの情報通りに、前に進もうとハンドルを回した。


ブルォォォオオン!!


地下通路に響き渡るノックスの『バイク』音。ルミアは心臓に響き渡る低音に感動して、何度か回した。けれどノックスが叫び散らす。


『やめろぉぉ!!マナと直結してんだから吹かしすぎると無駄に抜けるだろうが!!ルミアはただ握ってればいいから!俺が運転するからぁ』


「じゃぁ、お願い。安全にね?」


『あいよぉ』


地下通路は真っ直ぐではない。細く、曲がりくねって常に先が見えない。そんな道をすっ飛ばすノックスに、ルミアは車体にしがみつき、ノアはルミアの胸に押しつぶされそうだった。


あっという間に着いたのに、喜んでいたのはノックスだけ。ノアもルミアも、恐怖の運転にぐったりとしていた。


ノックスから降り、深く深呼吸をして、少しふらつきながら目的地まで、歩く。


軍部の限られた貴族にしか許されていない、室内訓練場へとルミアたちは向かった。


扉の前に立っている護衛が、ルミアに気づいて頭を下げる。扉を魔道具で開けて、中へと入れてくれた。


中に入ると、シドヴィスが二振りの短剣で剣舞をしていた。その剣舞は異国の魔法の修行らしい。剣先から白く濃い冷気の線が描かれ、糸のように舞っては空気を切り、収束したり、増えたりしていた。


シドは美しく、剣舞を舞いながら、くるくるとその冷気を操っていた。


ルミアに気づいていたシドは、キリのいいところまで舞っていた。ルミアはその美しい所作に見惚れて、覚えようとじーっと見つめる。


双剣から冷気が揺らぎ、シドはスッと鞘に短剣を収めた。


「早かったな」


シドは黒く伸びた前髪を掻き上げながら、顔の汗を腕で拭った。ルミアに目を向けて下から上まで観察し、息を吐くように笑う。


「お前、また成長したか?」


「身長は3センチしか伸びなかった。髪は20センチも伸びたから切ったよ」


「毎年のことだったが、今年で終わったな」


「ねぇ、その剣舞ってやつ、棒術でやってみたい」


「俺の話聞いてるか?」


「聞いてるよ。正常化は終わったけど、これから結界を解くんでしょ?」


ルミアは準備運動を始めながら、収納していた杖を手に出した。ルミアにしか見えてないノックスとノアは、そっとルミアから離れて訓練場の端で待機した。


「ルミア、お前は軽く考え過ぎだ。そんな簡単なことじゃない。レオと綿密に——」


ルミアはシドに向かって長細い杖を振り下ろした。シドはその重力魔法のかかった重い杖を2本の短剣で受け止める。これを受け止められるのは、この国でシドだけ。


彼はすぐに反撃を仕掛ける。ルミアの杖の力を横に流して、体を捻る。


ルミアはいくつかの氷の球をシドに向かって発射した。けれど、すり抜け、剣で弾かれ、冷気の渦でルミアの足元を凍らせた。


「それ、何度やるんだ」


ルミアはこの3年間、休暇に入るたびにシドに扱かれてきた。何度対戦しても負け続けるルミアは、ただ負け続けたわけではない。


見えないほどの水の粒子を氷の球に紛れされ、シドの体に当てていた。


ルミアは一気に魔力を放出し、訓練場を極寒へと変えた。彼は炎の魔法で周囲を剣で切ったが、シドの背中に、水の粒子はへばりつき、生きているかのように動き、腕へと纏わりつく。


シドはそこで気づき、水を払おうと素早く両手を振った。けれど、その水は粘着性が高く、剥がせない。なぜなら、ルミアは極寒の冷気を放ったと同時に、土魔法で細かい砂の粒子を飛ばしていたから。


粘り気のあるドロドロの泥水は、シドの体に纏わりつき、ルミアの魔力操作によって、彼は動けなくなった。


——勝った、とルミアが思った瞬間。


「お前も後ろが疎かだ」


「え?」


ルミアの背中に衝撃が走った。シドは土魔法で巨大な岩を彼女の背中に向けて放っていた。視界の外をわざと狙って、気づかれないように飛ばしていた。


結果的に彼女の右足を氷で固定され、動けないところを岩で背中を打たれ、シドの前に跪いた。


シドは勝ち誇ったようにルミアの頭を撫でた。せっかく考えたルミアの泥水は、簡単に凍らせ、パラパラとその破片を服から落とす。


右足の拘束された氷は、ルミアには溶けなかった。


「一瞬だった…この氷はなんなの?それにいつ岩を?」


シドはニヤニヤとして屈み、ルミアと顔を合わせて撫でまくる。


「お前が冷気を飛ばした時だ」


「ねぇ、それやめれる?」

(腹立つ!!)


「お前が俺に勝てたらな」


「根に持ち過ぎでしょ!!もう3年も立ったんだよ!?足の氷解いてよ」


シドの左の瞼が痙攣したのをルミアは見逃さなかった。彼の気に触った『根に持つ』というのは、3年前の診療所の出来事のことを指している。ルミアがシドに睡眠薬をぶちまけた、あの夜のことだ。


後から分かったことだが、ルミアがぶちまけた睡眠薬は、かなり強力で、ダニエル・ヘイレストが『人にかけてはダメなやつ』と呼んで、後になってルミアは怒られた。


そんな液体をかけられ、屈辱的に眠りこけたシドは、ルミアの謝罪の後から訓練と称して、ルミアをボカスカ痛めつけていた。


「別に根に持ってなどない。お前が弱いから訓練してるだけだ」


「弱くないでしょ。シドはこの国の最強魔道騎士の称号をもらってるんだから!そんなシドと戦ってる私は、まだ13歳の学園生なんだよ?それにルド兄様も姉様も、私と同じくらいなんだから…」


シドはルミアの頭を撫でるのをやめた。そして短剣をルミアに渡した。


「へ?何?」


「違う武器も使えるようになれ」


「なんで?迷宮は正常化し終わったんだよ?誰と戦うの?」


「結界が壊れれば魔物だけでなく戦争が起きるかもしれない。内紛だって…争いが起きるかもしれない」


ルミアは彼の言っていることがわからないほど馬鹿ではない。けれど、ルミアには戦う意志がない。魔物相手に戦えても、人間や種族の違う”言葉を話す相手”とは特に戦いたくなかった。


「シドが守ってくれればいい。それに精霊もいるわ」


「………」


シドは言葉につまり、頭を掻きむしった。立ち上がって訓練場の壁に用意された木刀を手に取り、ルミアに向かってその剣を構えた。


「立て。まずは適当に打ってこい」


「ねぇ、話聞いてよ」


「俺の話も聞け」


「魔物相手なら戦うって言ったわ。けど、シドが言う敵って…魔物じゃないでしょ?」


ルミアは地面に座り込んで2本の短剣に視線を落とした。この剣で幾つの命が奪われたのか、と思うとルミアは持ちたくなくなった。


過去にエデンがシドの心を覗いた時、シドのことを『任務のためなら女子供も殺す』と言っていたから。


「ルミア。俺はお前に死んで欲しくない」


「死なないように守ってよ。シド、強いんでしょ」


「……ぅ……無理だ。お前を守るより他の弱者を守る。お前は強いが心が弱い」


「…魔物以外の命を奪いたくないだけ」


突然、シドはルミアに切り掛かった。ルミアは短剣を握らず、俯いたまま。


けれど、その木刀は——見事に吹き飛ばされた。シドの木刀は宙を舞い、地面にカランと乾いた音を立てて転がった。


それはシドの目には見えない、精霊たちの力。ノアは人型になって突風を起こし、ノックスも人型となってシドの手首に雷を当てた。


「精霊か。お前たちが守るのはルミアだけか?ルミアの意思が国民を守れと言えば守るのか?国は小さく広い。全部を守るなんて到底……——え?なんで?……陛下の?」


シドは話の途中で左耳につけているジャベリンの通信機と話し始めた。ルミアは顔を上げてシドを見る。シドもルミアの目を見たまま、通信先の声と会話を続けていた。


ルミアは背筋がゾクっとして、嫌な予感がした。ノックスとノアがルミアの不安を感じて、彼女に寄り添う。ノアはルミアを前から抱きしめ、ノックスは後ろから抱きしめ、守っている。


温室内以外で実態として触れることができるのは、マナが繋がっているルミアだけ。


「…はい……今から?…それは…そうですが……はい、聞いてみます」


「……」

(なんかすごい見られてる。絶対私のことだよね?怖いんだけど…)


『何か知らねぇけど、俺たちがいるから心配すんなって』


『主の側、離れない』


『姉さんもついてるんだ。怖くねぇだろ?2000年以上生きた姉さんだぜ?』


『エデン、強い』


ノックスもノアも、ルミアを励まそうと声をかける。けれど彼らは精霊で、人間の枠には入らない。そのことをルミアが一番分かっていた。


人間社会で一番頼りにしていたアディは、3年前から会っていない。レオから聞いた話では、外国で仕事が忙しく、学園に戻っても進級試験を受けるだけで誰も会っていない。

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