三公爵会議
いい加減に終わらないか、とゼノヴィス・ジャベリンは頬杖をついて、人差し指で机を叩いてイラしていた。
アディウスの報告で、ルミアが突然消失する原理の説明は聞いたが、闇の精霊が未知の存在であることだけが分かった。消失しては現れ、シドヴィスまでアディウスのように、ルミアの行動を補佐する行動をとった。
レオナルド殿下たちによって国の全ての迷宮の『正常化』が済んだ。その後始末に追われる毎日に、ゼノヴィスはタバコの本数が増えた。
その上、最近は王宮に呼び出され、三公爵の会議が頻繁に行われる始末。
(早くフィオナに会いたい…)
「迷宮周辺で冒険者が負傷していた件につきまして、魔物の暴走とありました。ですが、ジャベリンの報告ですと、その魔物は普段なら迷宮の奥深くに現れるとあります。迷宮の異変について報告がありませんが、どうなっているのか不明です——答えてくれまいか、ジャベリン公」
ボルト・アヴァロフは、陛下に報告する上で、ゼノヴィスに視線を向けた。彼の赤い炎のような瞳に怯えるゼノヴィスだったが、顔には出さない。
「お伝えしたとおりですよ、アヴァロフ公。迷宮には魔物が常にいます。それに諸外国でも同じ異変があったと、聞いております。これはこの国に限ったことでは無い、とお伝えしました。まさか、私共がギルドを管理運営しているからといって、迷宮に詳しい専門家だとでも思ってらっしゃるのでしたら、戦術に長けたアヴァロフ公の方が適任かと思いますが?」
「…軍部で調査を送ったところ、魔物が一匹も出現しなかった。まるで我々が入る前に一掃したかのように、だ。ジャベリン公。何か言うことはないのか?ルミアの髪が白く変わった頃から異変が立て続けに起きている。娘は自室から出てこないし、顔を合わせてもすぐに逃げる」
「ははは、それは家族の問題であって、我々は国の話をしているのですよ?」
ボルトの顔は赤く染まり、拳を握った。彼はゼノヴィスを睨みつける。すぐにでも言い返そうとして、口を開いたが遅かった。深緑色の長い前髪を耳にかけながらダニエル・ヘイレストが話し始めたから。
「そうですね。私もジャベリン公の意見に賛成です。論点は迷宮の魔物の異変についてです。ルミアちゃんが白銀になったのも、我が学園の研究所で”カラー剤”という薬液を開発したからです。エミリスやスフィラさんの赤い髪に憧れていたとかで——」
「お前が妻の名前を呼ぶな。虫唾が走る」
陛下とゼノヴィスは、目を合わせた。2人は瞬時に同じことを思った。『ここにエミリスがいなくてよかった』と。
「ボルト。落ち着いてくれないか。ルミアはレオナルドの婚約者だ。年頃の娘は、親の見ぬ間に成長するものだろう?それにダニエル。ルミアはまた新しい魔道具を開発したとか?レオが自慢げに話していた」
「えぇ、陛下。彼女は大賢者と並ぶほどの逸材です。何せ魔力欠乏症を治す薬を開発したのですから。今回はまた違った試みを——」
「ゔうん!!…陛下。我々は会議の最中です。今は迷宮の異変について早急に—」
ゼノヴィスはこの時を待っていたかのように、ボルトの話を遮り、わざと彼の感情を煽るように、言葉を捲し立てた。
「それこそ時間の無駄ですよ、アヴァロウ公。迷宮を全てご覧になったのでしょう?魔物の暴走の兆候は無くなった。冒険者ギルドでも確認済みです。何が不満なのです?確かにアヴァロフ公の仰ったとおり、第3迷宮と第4迷宮では魔物の暴走が見られました。ですが、死傷者はゼロです。なぜなら軍部よりも”先に”、我がジャベリンが動いたから。それだけです。もうよろしいか?私は無駄な時間があるのなら妻とゆっくりしたいのだが?」
ボルトは椅子から立ち上がり、ゼノヴィスに向かって一段と声を落として、質問した。
「待て、アディウスはどうした?最近ルミアはシドヴィスと軍部に顔を出しているが、なぜあのシドヴィスが?」
「シドヴィスが何か?優秀な息子ですよ?」
(お願いだからその目やめてくれ…震えるな俺の指!)
「ルミアが社交パーティーに出始めて、私と妻は大変よく眠れるようになった。朝まで起きることなく、ぐっすりとだ。それは決まって夏季休暇。ルミアたちが家に帰った後。特に温室の従者が変わってからは、ルミアは兄弟で集まるようになった。レオナルド殿下も一緒にパーティーに参加するようになって、より、兄弟は私たち夫婦を避けるようになった」
「ボルト、ルミアちゃんの魔法を見ただろう?ジオルドくんもスフィラさんも、大会で優勝したルミアちゃんを見直したんだよ。アズールくんはエリーとずっと一緒にうちにいるけど——」
「黙れ、ダニエル。俺はゼノヴィスに聞いているんだ」
会議室の壁に掛けられた歴代王の肖像画が、ボルトの静かな激情の魔力によって、カタカタと揺れ始めた。ゼノヴィスは立ち上がり、大きく息を吸って、タバコの煙でも吐くように、ふーっと深呼吸をした。
「それ、単なる欲求不満では?」
「ふざけるな!!妻とは円満で——」
「いい精力剤でもお渡ししましょうか?」
「話をすり替えるな!!お前は何か隠している!!シドヴィスは国で一番の最高魔導騎士!彼に勝てる騎士は、この国にいない!なのになぜアディウスと入れ替わりにルミアの側に置いている!?殿下の婚約者になる前からだ!!」
ゼノヴィスはなんでもないように、話を返す。けれど、靴の中の足の指は、グッと力を入れていた。
「それは当たり前ですよ。彼女の秀才はこの国一番です。きっとこれからも新しい魔法だけでなく、魔法薬も魔道具も、開発していくでしょう。そして国家の宝となる逸材ですから——シドヴィスを側に置いたのは、彼女と訓練したい、と望んだ”息子の頼み”だからです」
憤るボルトを宥めようと落ち着いた声で、ゆっくりと話す王。彼の意見は、彼らとは少しずれていた。だが、この国の王で、ボルトの上司なのだ。
「ボルト、少し落ち着いてくれ。確かにルミアは逸材だし、美しいし、強い。だがよく見ればエミリスに似た瞳も顔立ちも、お前の目尻も似てる。容姿も才能も他の子と違うからといって、周囲を不審に思う前に、我が子として、ちゃんと話し合ってみなさい。ルミアはお前の子で、お前に性格が似なかっただけだ」
ボルトはまだ、ゼノヴィスから視線を逸さなかった。不審に思っていたのはボルトだけでなく、妻エミリスもだった。息子たちの様子がよそよそしい、と言い出したのは母親であるエミリス。
ボルトは家族の問題では無いと、はっきり感じていた。屋敷に配備した使用人の目が、以前とはまるで違う。証拠はないが、本能が感じているのだった。
特に温室付近に近づいた時、数名の使用人の動きに異変を感じた。だからこそ、ジャベリンは何かを隠していると、勘づいていた。
ボルトは妻と話し、初めから決めていた要求を、口にした。
「陛下。私はしばらくルミアと話すため、2、3日休暇をいただけませんか。その間の護衛は是非、シドヴィス殿に頼みたい」
王の代わりに答えたのは、ゼノヴィス。王からの無言の視線で、頭を抱えて言葉を濁す。
「……シドヴィスはあれで結構忙しく——」
(まずい。この前第4迷宮を正常化したばかりだ…最近は隠密メガネも効きが悪くなったらしいし…)
「2、3日だ。都合がつかないか?それともルミアから離したくない理由でも?」
「ゼノヴィス、私からも頼もう。ルミアとゆっくり対話の時間を与えてはもらえないだろうか?」
王は知らない。迷宮を正常化しているのが息子のレオナルドだと言うことを。
王は知らない。迷宮を正常化した後の3ヶ月はルミアに異変が起こることを。
王は知らない。ボルトが核心をついてきていることを。
そして、王とアヴァロフ家は唯一無二の硬い頭だと言うことを、ゼノヴィスとダニエルは知っていた。
「御意」
(あーすまん。もう無理だ…フィオナ!国外逃亡しかない!!)




