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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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サイラス・デューの眼球

(ほんとだ…本当に見えてない…)


目の前にいる診療所の門番。彼にはルミアが見えていない。目の前で手を振っても、息を吹きかけても、ぽりぽりとだらしなく腹を掻いていた。


『絶対、声を出してはダメよ?声を代償に”存在を消す”んだからね』


(わかってるって。神代魔法は代償が必要って何度も聞いた)


『もう少し大人になってから教えようと思ってたのに…』


(なんでよ。こんな魔法があるならもっと早く教えてくれればよかったのに)


『もう!ほら、移動して。この魔法は夜しか使えないんだから』


(うん、わかってる。”ペイル=シフト”)


ルミアはエデンから闇の神代魔法をいくつか教わった。


存在を消す”サイレンスインダーク”

月夜の影を移動する”ペイル=シフト”

暗闇で遮断する結界”シャットダウン”

そして『与える』といった”アビス=プラグ”


ルミアは診療所の建物をしっかりと覚えていた。できたばかりの無機質な箱のような建物。石でできた灰色の壁は、夜だと不気味に白く見えた。


影と影を移動する”ペイル=シフト”は、影のある場所ならどこへでも、瞬間的に移動できる。けれど、夜の間しか使えない。朝日が登り始める前に、彼らの元へ急がなくてはならなかった。


『ねぇ、対価は考えたの?』


(うん。2人分)


ルミアは声を出さずに念でエデンと会話する。声を出せば魔法は解けてしまうから。


診療所の2階、咳き込む音や、布の擦れる音がして、患者の気配を察した。ルミアは迷うことなく、目的の人物の病室へと向かった。


部屋の角、影が一番濃い場所に移動したルミアは、大部屋の患者一人一人の鼻に、強烈な睡眠効果の香を嗅がせた。吸い込む前から多くの患者が眠っていたが、起きている者もいた。


だが、彼らは嗅いだ瞬間、気絶したように眠った。


15人部屋で窓際の中央。彼は起き上がり、こちらを見ていた。見えないはずの目をこちらに向けて、存在を消したはずの魔法も効かなかった。


(どうしてわかるの?昼間も…私を見てたわ…)


『憶測でしかないけど、彼も金環の瞳だったんじゃないかしら』


(精霊が見えるってこと?)


『さぁ、知らないわ。今となってはその目玉がないもの。さぁ、ルミア。お待ちかねよ』


ルミアは彼の前にゆっくり近づいた。動きに合わせて、彼は包帯の目をこちらに向けて動かすように、頭の向きが変わる。


(シャットダウン)


影がルミアと彼を包んだ。周囲に暗闇の幕を張り、結界を張った。今覆った黒い幕の中に彼とルミアとエデンだけ。


「ぇ……だれか…いるのか?」


「えぇ。いる」


「昼間に見た光が見える…あ、あなたは女神様?」


「私は女神でも光でもないわ」


「……」


サイラスはじっとルミアを見ていた。『光』と呼んだものが『女神』ではないことに動揺しているのか、頭を傾げてじっと見る。その目は無く、見えるはずないのに。


「私はあなたの目を治せない。でも、対価を差し出せば新しい目を与えることはできるの」


「やっぱり…女神様!?」


「違うってば。聞いて。私は女神じゃないし、そんな存在じゃないの」


「なんでもいい!ください!!もう一度みたい!!何でもします!!」


「………対価にあなたの労働を強いるわ。それにあなたには私の従者として——」


「はい!命は差し出せませんが、何でもします」


(エデン…この人大丈夫?)


『ふふふ。大丈夫でしょう。過去を覗いたけど、面白い人間よ』


(またそんなことして…じゃぁ、やるね?いいよね?)


『心配ならちゃんと聞いたらいいでしょ?もっと残酷に』


ルミアは包帯を外し始めたサイラスに動揺しながら、半ばパニックになっていた。


(残酷に…闇っぽく…エデンなら…)


ルミアは深呼吸した。もし、私がエデンだったら、と。

そして、そう考えた時、ルミアのマナとエデンのマナが確かに、より強固に繋がった。


それは少女と呼ぶには、不釣り合いな風格。不気味な雰囲気。


生意気な子供では無く、病的な魅惑。




「ねぇ、サイラス、聞いて。これは簡単な取引じゃないの。これからあなたに与えると言ってるのは、再生でも救済でも祝福でもない。あなたの人生を縛り付ける、枷みたいなものよ」


「……その枷は寿命でも縮まるのか?」


眉を顰め、雰囲気の変わった話し方と、声の音が変わった少女に、若干の警戒心を見せるサイラス。


「いいえ、でも生き方を強いるわ」


「生き方?どう強いるんだ?人でも殺せって?」


「そんなこと望まないわ。ただ、私のもとで働いてもらう」


「給料は?」


「……もちろん出すわ」


「なら何が問題なんだ?」


「はぁ…後で後悔しない?」


「今、後悔したくない。だから欲しい。その枷を俺にくれ!俺はまだこの目で見たいものがある」


サイラスはベッドから足を外に出し、座った。ルミアのいる方向へ座り直し、巻かれた包帯を全て取り外した。目にはまだ、深い傷があり、治癒でも治らなかった目玉は——無かった。


茶色の髪が剃られ、落ち窪んだ瞼だけが、ヒクヒクと動いていた。


「わかった。これは契約なの。もしあなたが私を裏切ったり、意に反したことをしたら、目は見えなくなるから」


「はい、わかりました」


ルミアは深く息を吸い、サイラスの瞼に、そっと触れた。


『アビス=ダーク その瞳は私のもの。サイラスの目は闇に染まる』

『アビス=フォージ その瞳の対価は私のもの。サイラスは私に従事する』

『アビス=プラグ その瞳の光は私のもの。サイラスは私に与え続ける』


ルミアの手からサイラスの目に、影が収束する。その欠損部分に入り込むように、滲むように、闇は吸い込まれ、形を作った。


空虚だった眼孔に漆黒の目がはまった。次第にその眼球は白くなり、瞳となった。


サイラスは目を開けたまま、漆黒に染まった瞳を忙しなく動かしていた。ルミアは彼の元の目が何色だったか、知る術はない。


彼は、目に映った白銀の少女に焦点が定まり、涙した。こんなにも美しい光が女神でないはずはない、と思った。月夜に縁取られたかのように輝く輪郭は、人では収まらない、別格のモノに見えた。そして、再び見ることができた喜びで高揚した笑顔を、彼女に向けた。


「……やっぱり女神さまだ」


「違うってば」


「俺にとっては女神で——」


「二度と女神なんて呼ばないで」


ルミアは顔をひどく歪めた。女神ではないと何度言わせれば気が済むのだ、と真剣に怒った。ルミアがしたことは救済ではなく、対価を求める契約であることを、ルミアが一番わかっていた。


だからこそ、人々が崇める女神のような無条件の再生などでは微塵もないことを理解していた。それと同時に、心に何かが引っかかっていた。


「そ…そんなに?…じゃぁ、なんなんですか?」


「私は……ただの魔法使いよ。あなたには私の従者として、庭師になってもらうわ」


「それは流石に無理があるでしょ。なら、月の精霊魔術師ってのはどうですか?」


「…いや、べつにそんなの求めてないから。ルミアでいいから。それより包帯を撒き直して。私、急いでるの」


ルミアは腕を組んで、サイラスを急かすように体の向きを変えた。ルミアには、まだ用がある人物がもう1人いる。サイラスは絡まった包帯を急いで解いた。


「え?ちょ、俺はどうすれば——」


「迎えを寄越すまでその目は隠してて。大人しくして、誰にも私のことは言わないで」


「……わかった。それじゃお嬢様のお言葉通り、大人しく待ってます」


サイラスが『お嬢様』とルミアを呼んだことにビクついたルミア。


「お嬢様って言った!?まさか、サイラスは私のこと知ってたの!?」


「はい?知るわけないでしょ。あ、ほんとにお嬢様なのね。はいはい、なるほど。で、その後ろの方はお嬢のお母様ですか?」


ルミアは後ろにいたエデンに目配せし、驚いた表情でサイラスを見て固まった。


『あら、嬉しいこと言ってくれるのね、サイラス。でも違うわ。私とルミアは愛し合ってるのよ』


「あらあら、まぁまぁ。愛は自由ですからね」


「ちょ、ちょっと待って!なんでエデンと普通に会話してるの!?」


『ふふふ、サイラスって面白い人間ね。きっと金環が強かったんじゃないかしら』


「何それ、強いとか弱いとか聞いてないんだけど!?」


『聞かれてないもの。さ、次に行きましょ?時間がないわ』


エデンは、ルミアの背中を抱きしめ、そのまま連れて行こうとする。


「後でちゃんと教えてよ!?」


『ふふふ』


ルミアは目をキョロキョロとさせるサイラスをそのまま置いて、病室を後にした。サイラスはルミアたちに手を振り、包帯をしっかり目に巻いた。


そして彼は両目に込めていた力を抜いて、静かに涙を放出した。


(見える…俺はなんて贅沢なやつだったんだ)


(これは枷なんかじゃない…あの子はわかってないんだ…)


(またやり直せる…やり直そう…帰れる…帰ろう…俺の家に)


病室にはサイラスの嗚咽が響いた。けれど、誰もその声に気づくことはなかった。


彼はポケットに入れたままにしていたネックレスに手を伸ばし、そっと首につけた。そして、その灰色の宝石にキスをする。愛おしく、撫で、そっと頬に当てる。


それは妻の髪色のペンダント。なんの変哲も無い、安いペンダント。


ため息をついて、ベッドに横になった。


「庭師かぁ…喜ぶだろうな…」

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