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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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ズレたメガネ

ダニエルの案内で進む廊下。また知らない目的地へと、強制的に連れて行かれていると、ルミアは感じた。


レオたちは知っていて、言わない。それは何か理由があるのだろう。その上でルミアは何もしてはいけないし、できない。


なのに———。


廊下の突き当たりにある部屋の扉。


そこはヘイレスト家で見た、エリーの部屋の扉と同じだった。封魔の魔法陣が意図的に改変されて描かれた特別な部屋。


(あぁ、ここに魔力欠乏症の患者がいるんだ)


ルミアはすぐにわかった。中に入り、並べられたベッドの数を数える。窓際に5床、反対の壁に5床。部屋の隙間に植物が置かれ、壁には魔力回復ポーションが並んで埋め込まれ、一定の間隔で霧状に撒かれていた。


そのベッドの全てに、管のついたガラス容器が置かれ、その中に患者が眠っていた。


ノックスと同じように、この病室にいる患者たちも、精霊の卵が宿っているのだろうか、と思うとルミアは動けなくなった。


「ルミア?大丈夫?」


ひどく青ざめ、俯くルミアに、レオは心配そうに声をかけた。彼の声はルミアにちゃんと届いていたのに、ルミアは答えられなかった。


「………」


(大丈夫?)

(何について?)

(エリー様をなんとかできたのは必死だったから)

(でもこんなに…10人なんて無理よ)

(だって私は女神なんかじゃない)


「ルミア、行こう」


「はい」


レオは俯いたままの少女の手を握り、無理に部屋の中へと歩かせた。


その患者たちの傍に座る、関係者に励ましを送るレオに、ルミアはひどく違和感を感じた。


(治せないとわかってて、それでもきっと良くなるなんて…)


(これは残酷だ)


(それでも希望を捨てるなと?祈れと?)


(これが…王族…)


(女神はなぜ、彼に加護を与えなかったの?)


(なぜ……わたしなの?)


(わたしには…無理よ)


ルミアは近くの患者を神眼で見た。今にも息絶えそうな、色を失って見える少女を。


エリーと同じ、精霊による魔力干渉が現れ、世界の不条理に胸が苦しくなった。


けれどもエリーを前にしたときのように、涙は出ない。


(馬鹿げてる)

(女神の加護で結界があるのに、なぜそれを『檻』と呼んだレオは…)


(彼らに希望を持たせるの?)


患者の少女の横に、力無く俯く母と思しき女性。髪は乱れ、肩を落として、顔すら見えなかった。彼女の黄土色の髪は、かつては輝いていたのだろう。


眠る少女の髪が、はちみつのような金髪をしていたから。女性はレオの言葉に胸に手を当て、頭をさらに下げた。


「どうか、祈り続けてください。僕も祈ります。だから、希望を捨てないでください」


ルミアは左の瞼が勝手に痙攣を始めた。軽く微笑んでいた顔は、無表情となり、レオの言葉に心が削られるような感覚を覚えた。


ルミアはそっと彼らから離れ、入り口へと歩き出した。


(ここに居たくない)

(何もできない私は不必要だわ)

(歯がゆい……ひどい気分だ)


ルミアは廊下にでて、窓の外に目をやった。何を見ているわけでもない。ただ薄く、ガラスに反射して映る自分を見ていたのかもしれない。


「何かしようなんて考えるなよ」


背後からシドが声を抑えて、ルミアに言う。


「なぜ…」

(なぜ?)


「ここは公共の場だ。もしも、救えるのなら——」


「なぜ、私に何かできると思うの?」


「…は?」


「何を…期待してるの?」


「…前例があるからだ。お前は——」


「エリー様を救った?」


「……あぁ」


ルミアは振り返り、シドに向かって無機質に笑った。悲しみにも蔑みにも見える、渇ききった笑い声。廊下に響くこともない、小さな乾いた笑い声。


「私は女神じゃない。私は偶然、奇跡を見ただけ。シドたちと一緒だよ」


「違うだろ。お前が救たいから救った」


「違うよ。そうするしかなかった。選択したようで、強いられてた」


(女神の加護なんて、あっても使いこなせてない)

(もし救えたとしても、エリー様とノックスを引き離すのに使った魔力とマナの10倍なんて、無理よ)


(どうして何もやるななんて言うくせに、私に見せたの!?)


ルミアの中で、静かに何かが弾けた。


「ルミア?」


「こなきゃよかった」


「……」


「知らなければよかった…」


ルミアは体を震わせ、目を閉じた。平静を保とうと、必死に深呼吸して、また窓へと体を向けた。


泣いていたわけではない。怒っていたわけでもない。ただ、この場から逃げ出したくなる自分を抑えていた。窓を開けて、飛び出して、何もなかったかのように温室へ帰りたいと思った。


シドは彼女にどう声をかけていいか、わからなかった。自分よりも幼い少女が、想像もできない力に振り回されていると感じた。その上、彼女は何を考えているのかわからない。


泣いてもいないし、怒ってもいない。悲しんでいるわけでも、笑ってもいない。


自分にできることは、ただ、かつて妹にした時のように、そっと抱き寄せるしかなかった。横に並んで、一緒に外を見て、少女の震えが収まるのを、シドは静かに待った。





しばらくして、ダニエルたちが部屋の外に出てきた。そして窓の外に向かって並ぶルミアたちを見て、立ち止まった。


レオはルミアがこうなるとわかっていたのか、シドの肩にそっと触れて合図をした。そして、王子は静かに、ダニエルに呟いた。


「ヘイレスト公。ルミアと2人で、少し落ち着ける場所へ行きたい」


「えぇ、用意しております」





レオはルミアの手を握った。右手の精霊王の印がある手で、少女の力をなくした手を、無理に繋いだ。彼女は抵抗することなく、静かに引かれ、流されるまま歩いた。


最低限の微笑みをレオに向けたつもりだったルミアは、彼のの無表情の顔を見て俯いた。


(またこの手に引かれて流される…)


「こちらです」


「ルミアと2人で話したいんだ。ルドたちは扉の外で待ってて」


「……ですが…はい、わかりました」


ルミアは俯いたまま、レオについて歩いた。小さな病室には、空のガラス容器が側に置かれたベッドが一つ。部屋の窓には魔法陣が描かれ、封魔と防音の効果を組み合わせてあった。


「ルミア、座って」


ルミアはベッドに座って、レオはその向かいに椅子を持ってきて座る。向かい合って、わずかに下からルミアの顔を覗き込む。繋がれた手は離し、両手でルミアの顔を固定する。


(これから何を言われるんだろう。患者たちを治せるか聞くのだろうか…)


「ルミア。この部屋は魔力欠乏症の貴族のために…本来、エリーのために作られた特別な部屋だったんだ」


「……そうなんですか」


「ここでの会話は誰にも聞かれないし、魔法も使えない。だからやっとルミアと、ちゃんと話ができる」


「…精霊王の種のことですか?」


「全部だよ。ルミアには全部話したい。でもそれじゃ時間が足りないだろう?」


「時間?」


レオはルミアの顔に近づいた。目と目を合わせて、お互いの金色の輪を見つめあった。そして王子は、予想外の言葉を少女に告げる。


「まず、僕は王になるつもりはない」


「…は?」


「でも君とこうして会話できる時間が欲しい。だから——」


「え…どういう…」


「婚約という契約をしよう」


「…何を言ってるんですか?」


「契約?……婚約?……え?」

(また…勝手に…)


「そうすれば2人だけで話せる。それに今から僕たちがやることに邪魔されたくないんだ」


「嫌…」

(王族なんてなりたくない!)


ルミアはレオの手を離そうと抵抗した。だが、レオはルミアへの拘束を強め、ベッドに押し倒した。


けれど、優しく、ゆっくりと、傷をつけないように慎重に——。


「契約だよ、ルミア。この国の迷宮を正常化するまでの間だけ。実際に結婚するわけじゃない」


「なら婚約する必要なんてない…またこうして話せば…」


「僕には必要なんだよ。護衛や宮仕が常に監視してる。守ってるんじゃない。王族として監視されてるんだ。それはこの国の檻と同じなんだよ」


ルミアはもちろん理解できた。なのに、わかってあげられなかった。それは彼があまりにも優しい声で、真剣に話すから、同意すれば、流されてしまう。


「その檻を壊すための契約?王になるつもりはないって…どういうこと?」


「それについても話したいことがいっぱいあるんだ。もっと話したいんだよ。だから婚約者なら、学園でも一緒にいても不思議じゃないし、無駄な争いや派閥を作らなくて済むんだ」


「そんな…」

(そんなの私に関係ない…)


「強制するつもりはないよ。それにまた返事を聞きに行くから」


「ならせめて教えてください。殿下はどうして精霊王の眷属に!?」


「枯れた樹木の葉っぱを食べたからだよ」


「え!?どういうこと!?」


コンコン


「もう時間だ。ね?僕たちには時間がないんだ。ちゃんと考えてね」


レオはルミアの頬にキスをして、少女を解放した。彼女は内心、心臓が張り裂けそうだった。ズレたメガネを直し、服の皺を伸ばして、扉が開くまでの短い時間で、顔を整えた。


けれど整えきれてなくて、ジオルドがレオに一言。


「殿下?ダメですからね?」


「なんのこと?」


「次の予定があるんですから。さ、行きましょう」


「ルミア、またね」


レオたちは次の予定へと部屋を出ていった。残された赤面のルミアと、影を薄くして廊下の壁に寄りかかっていたシド。シドはまた、ルミアになんて声を掛ければいいかわからなかった。

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