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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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イカれてる

「エリック?」


「いやいや、まさかこんなところで会うなんて偶然だね」


アディは俯いてルミアたちから逃げるように去っていった。アディを呼び止めようとしてルミアは手を上げた。けれどその手をエリックが掴む。


「ルミア、今はダメだ。彼はちょっと疲れてるんだよ。ね」


「…確かに…様子がおかしかったけど…」

(もしかして、体調が悪かったのかな)


「じゃ、白銀の君、俺と踊ろう」


「なにそれ」

(アディはエリックが来てるって知ってた?)


エリックと踊り、会場に流れた不穏な噂はかき消された。それはエリックの女性をたらし込むような微笑みにルミアが終始無表情だったから。きっとジャベリンの令息は、振られてしまったのだろう、と流されていた。そしてヘイレスト家の令息も次の犠牲者だろう、と。


ルミアは少しは微笑んでほしい、とエリックから何度言われようが、ずっと無視し続けた。そのまま踊り続け、ルミアはもうこれ以上誰とも踊らないことを決めた。


レオは別の令嬢からの誘いに断ることができずにいた。その上、エリックがルミアと踊ったことで、別の貴族に誘われ始めた。


ルミアはもう踊らないと決めたので、エリックによろめいて見せて病弱設定で切り抜けた。


そのままエリックに支えられ、バルコニーへ逃げて一息つけたのだった。会場は狭く、人が多い。香水やお香の匂いで息苦しくなっていたルミアは、新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。


そこから見える庭は草木が少なく、先述の訓練場が見えた。木には剣の切り込み跡がついて、その傷がはっきり見えるほど、この屋敷は大きくなかった。バルコニーといっても石の砦のようで、飾りっ気はない。


飲み物をとってくると言って去ったエリック。外の新鮮な空気は、心地よい潮風の匂いが混じっていた。ルミアは手すりに寄りかかり、深呼吸していた。すると背後から声をかけられた。


「ルミア様」


「…?」

(あれ、この人どっかで…)


振り返ると、見たことある少年が立っていた。身長が高く、焦茶の長髪を後ろで結んだ少年。薄緑の瞳をこちらに向け、苦笑いしていた。


「お久しぶりです」


「……」

(え、会ってる人?見たことある…けど…名前はわからない…あ、神眼!!)


『クリストファー・バイセル10歳 魔力:SSS  バイセル男爵家の息子

                                 

              ex:やっと使ってくれましたね!!!神眼!

                私を信じてくださいって言ったのに…

                残りの迷宮、頑張ってください… 』



「ルミア様?あ、もしかして覚えてらっしゃらないですか?」


「……え?あぁ、バイセル卿の…えっと…大会でお会いしました…ね」

(なにこのex…めっちゃ傷ついてる)


クリストファーは苦笑いのまま、どこか愛想がない。無理にでも声をかけろと父親に言われてきたのだろうか、とルミアは思った。


「クリストファー・バイセルと申します。初めてご挨拶申し上げます」


「…あ、ルミア・アヴァロフです。こちらこそ、挨拶は初めてですね。バイセル卿から伺いました。来年から同じ学園に通うそうですね…」

(無理無理会話なんて無理無理ぃ〜エリック!帰ってきて!!)


「ははぁ…そうですね。同じ学園ですね…仲良くしてください…」


「……えっと…クラスとかって同じなんですかね?」


「……さぁ、わかりかねます」


「…………」

(なに!?どうすればいいの!?会話ってどうすればいいの!?)


「あの…僕…自信があったんです」


「ん?」


クリストファーは俯き、苦笑いもしなくなった。


「大会で、ルミア様を見た時、僕なら勝てると思ったんです。でも…」


「……」

(え、何…またあの時みたいに泣かれる?)


ルミアは訓練場で負けたサラ・ハルビニオンを思い出した。クリストファーも同じように、悔しさをぶつけてくるのかと身構えた。


彼は俯いていた顔を上げて、ルミアをじっと決意を込めた瞳で見る。


「僕の剣筋、なぜ見えたんですか?あの剣技は残像を残すほどの速度だったんです。なのに、どうやっていなしたんですか?」


「……手首を見ました。目で追えたのは…どうだったでしょう…よく覚えていません」

(神眼なんて言えない…でも手首を見ていたのは確か…てかあんまり覚えてないよ)


「では、どうしてそんな細腕で、あの力が出せたんですか?」


明らかにクリストファーの言葉と言い方には棘があった。たしかにルミアは細い腕だったが、総合部門では力だけでなく魔法も使うから筋力イコール強さではない。


「魔法を使ったからです」

(いつの間にか睨まれてる…喧嘩売ってる?)


「あの出鱈目の魔術の説明書ですか?公表されて結構経ちましたけど、誰も真似できません」


「…どうして出鱈目だと思うんですか?自分の知識が追いついてないだけでは?」

(私だって重力魔法は説明が難しい。だってあれはオルグ様が書いた術式だもの。私は手を加えただけ)


「噂の通りなら、ルミア様は大賢者の魔法を元に作ったと聞きました。けれど大賢者は戦うための魔法は残してないはずです」


「当たり前です。オルグ様は優しい魔法使いですもの。私は彼の残した魔法を元に、新たな術式を考案したに過ぎません。私に聞くよりオルグ様の残した魔法を勉強なさった方がよろしいのでは?」


「…それじゃ……強く……なれない」


クリストファーは静かに泣き始めた。目から大粒の雫をこぼし、俯くことなくルミアを見続けた。


「クリストファー様?」

(うわー泣いた…どうしよう…ついオルグ様を馬鹿にしてるとばかり…)


「すみません。ハンカチ持ってませんか?」


「へ?…どうぞ」


「どうも」


声を震わせ、ルミアからハンカチを受け取ると、チーンと鼻をかみ始めた。公爵令嬢の前で大きな音を立て、ハンカチまで催促して…男爵令息がやることではない。


(勝手に泣き始めて、ハンカチ要求って…もしかして腹いせだったりする?)


「ありがとうございます。ハンカチは新しいものをお送りします」


「いえ、結構です」


「…あの、出鱈目じゃないなら、僕にわかるように説明してくれませんか…どうしてあんな魔法を思いついたのか…お願いします」


ルミアはクリストファーの後ろに立つエリックに気づいて、安堵のため息をついた。そして彼から飲み物を受け取ると、フリストファーに説明を始めた。


話しながら、聞いてもわからないと言ったアディの顔を思い出した。なぜなら目の前のクリストファーも同じ顔だったからだ。


「その重さがどうして増えるんです?魔術は魔法陣の通りの現象を起こすのが基本じゃないですか」


「いい?火の威力を変えるには魔力の量を増やすだけじゃ効率が悪いの。クリストファー様が—」


「クリスでいいです」


「…クリスが水?の龍を出したのなんか—」


「氷です」


「……とにかく!魔法陣に描く文字はイメージを言葉にしたもの。だからこそ、そこに変化を持たせて魔力を込めるの。オルグ様の描いた素晴らしい文字列は的確だった。だからこそ2つに分けて理解するよりも組み替えた」


「待ってください。ルミア様は文字列を一つ一つ理解してるのですか?」


「当たり前です。だって魔法陣が魔術の基本でしょ?古代文字はその上で一番大事な構成要素で—」


「ルミア」


黙って聞いていたエリックが、ルミアの肩に手を置いて遮った。彼は半分呆れたように話し始めた。


「古代文字なんて読める人、普通いないから」


「は?エリックも読めるし、ダニエル様だって—」


「言ったでしょ?普通は読まないの。僕だって辞書がないとまだ読めないんだよ?父さんも辞書見てるし。それに読むといっても君ほど的確には読めない」


「……うそ。みんな魔法使ってるじゃない」

(だって、みんな…じゃぁなんで魔法使えてるの?魔法陣を理解してるからじゃ?)


「僕たちが魔法を使えるのは、何度も魔法陣を見て、大事な場所だけ覚えて、全体像をふんわり覚えてるから。だから誰も魔法陣を書けって言われたら全く同じのは書けないよ」


ルミアは頭が真っ白になった。『魔法が使えている=魔法陣を理解してる』と思っていた。


大賢者を求めるあまり、魔法陣を描けて読めるルミアは、今の時代にはそぐわなかった。


「エリック、私…変?」


エリックはルミアが偉人並みのことをしてもなんら不思議に思わなかった。それだけ異質な存在だと最初に会った時から思っていた。それに研究塔に来た、幼い黒髪の少女は、自分よりも熱いものを持っている『選ばれた人』だと思っていた。


女神の聖典で見た異常と、エリーを治した偉業。それらは世界が彼女を選んだ証拠だと思った。だから前回、できるだけ彼女に爪痕を残そうとして失敗した。エリックにとって、ただそれだけだった。


その特別な存在が、髪を白銀に染め、美しく成長した姿で自分に尋ねる。初めて自分の考えていた普通が普通じゃなかったことに驚き、選ばれなかった自分に答えを求めている。


エリックは背もたれていた姿勢を正し、ルミアの目を見つめ、真面目に答えた。


「どこからどう見てもイカれてるよ」


「……イカれてる?」


「そう。イカれまくってる。誰もそう言わないのは、君が怖いからだ」


彼の顔にルミアが読み取れる感情はなかった。ふざけていないし、嘘でもない。


エリックに言われた言葉は、今まであった地面が突然崩れてしまったかのような不安を、ルミアは感じた。


その彼の後ろには、会場内の貴族たちがルミアの視界に入った。彼らがこちらに向けていた視線には、温かみがないことに改めて気づかされた。ルミアはそこに自分との境界線が見えた。


「…そう」

(イカれた白銀の髪の人なんていない…)


ルミアは何も言えなかった。ただ胸の奥で、何かが軋む。柔らかい音色の音楽がやけにうるさく感じた。


そしてエリックは知っていた。この言葉が彼女に深く刺さることを。そしていつか巡ってくる機会を伺っていた。だからここで会えたのも、タイミングも、状況にも、運命めいたものを感じていた。


彼は治癒士。ルミアとの短い間に構築できた関係性は、浅かった。だからこそ、ここで彼女に深く刺さり、修復困難な傷をつける言葉を用意していた。


そして自分がつけた傷を癒すのも、

自分の役目として、

彼女の専属として、

彼女が求める存在として、

確実に、

自然に…


エリックは放心状態のルミアの肩に片手を置き、顎に手を添え、優しく上へ向けた。しっかりと顔を合わせ、誰が話しているのか、自覚させるように、目と目を合わせる。


「でもさ……それが君の価値だろ?」


「価値?私は……モノじゃない」


「君さ、普通を知らなさすぎなんだよ。魔法にしても、社会も、人間関係も。興味のあることだけに手を伸ばしてさ。ケーキで例えるならメインの果物しか食べないやつだよ」


「……そんなの—」


「クリームも、スポンジも、ジャムも全部でケーキなんだ」


「……」

(理解できない…)


「だからさ、俺が教えてあげよう」


「エリックが?」


「そ。だってルミアはこのままだと、本当の孤独になっちゃうから」


ルミアは返す言葉が浮かばなかった。どう理屈を考えても、本で得た情報も、何を言い返せばいいか教えてくれなかった。


それに今まで変だの頭がおかしいだの、言われてきたルミアにとって、なんてことないはずだった。けれどそれは自分が少し変わっていただけで、根底は同じ集団の中の1人だと思い込んでいたから。


エリックに言われて初めて古代文字が辞書無しで読み書きできる人は、普通いないことを知った。その上で改めて思い返した。


自分のしてきたことは、他の人ができることじゃない。


”シーカー”に触れることができるのは、この国で自分だけ。


だから…


『目立つ』


エリックの顔から視線を外し、ルミアはゆっくり下を向いた。それからこの場に立っていること自体、怖くなった。せっかく綺麗なドレスを着せてもらって、美しくレオの隣に立っていたのに、自分は異質な存在。白銀の髪だからだけじゃない。


根本的にここにいては『目立つ』異質な存在。


だからどうした、とも思った。そして古代文字は6歳の時から自力で読めるように努力したからだ、と。


だからこそ、思い返して違和感が増した。


当たり前だと思っていたことが当たり前じゃなかった。


あの文字の意味を一つ一つ、理解できるはずがなかった。


そんな辞書は読んだことがない。


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