やっと禁書庫
目を開けると見慣れたシンプルなベッドの天井模様。カーテン越しに見える窓の外の景色は、見慣れた庭園。
「…夢?…いや…帰ってきた?」
「ふふ、ルミア様は昨日泣き疲れて、一日中眠ってしまわれたのですよ。昨日の馬車では寝ぼけていらっしゃいましたし」
水差しを持ってベッド脇に近づいてきたのは、4日しか離れていなかった侍女のユナだ。
「…なんだか懐かしいよ。帰って来れたんだね…寝ぼけてた?」
「えぇ、私を掴んで離さなかったですし、禁書庫の鍵は渡さない〜と、うなされていました」
「…」
(…恥ずかし)
ユナは嬉しそうにルミアを笑いながら揶揄う。
「けれどユナは嬉しかったですよ。可愛いお嬢様が久々に見れて、役得です」
侍女ユナは自分の小麦色の髪を指でくるくるといじって、嬉しそうに笑う。ルミアが赤ん坊の時から世話をしてくれているユナは、母に近い存在。むしろ母より長く、同じ時間を共有していた。見た目は20代前半で昔から歳は教えてくれない、明るく優しいルミアの専属侍女。
「帰れてよかったよ…あんなとこ二度と行きたくない」
「それは言ってはいけないことですよ」
「ユナにはいいの!そうだ、禁書庫行っていい?」
「朝食の後、旦那様からお話があるそうですから、その時に聞いてみてください」
「えぇ〜…」
(まだダメなの?…はぁ〜)
「さ、お支度しませんと!」
朝食の席に着いたのは父と母、それにアズールだけ。食堂では酷く重々しい空気が漂っていて、誰一人会話しようとしない。ルミアは全く食べた気がしなかった。
空気を読まないのがアズールなのに、黙々と食べていた。
(父様と母様、喧嘩でもしたのかな…)
食後のお茶を飲むため、談話室に移動する時もアズールは用事があるからと一言言って去った。
残されたルミアはなんとも言えないぎこちない空気に逃げ出したくなっていた。
「…ルミア。お前の誕生日パーティーでのことで王宮に呼ばれたが、ヘイレスト公とジャベリン公が無事事件を解決した。今後、お前は剣術と魔術の訓練が——」
「あなた?堅苦しいわ。ルミアを見なさい!眉間に皺がよって可哀想なことになってるわ!」
「だ、だかこれは皆同じ通過儀礼のようなもので…」
母は父の言葉を無視して堂々と話し始めた。
「ルミアはバルトロ男爵を救ったから国が功績として認めた。それはあなたが本を熱心に読んで、知識として役立てたから。本当ならジオルド達と同じようにある程度強くならなきゃ認められないわ。けど、戦術を活かせなくてもあなたはずっと私たちの家族でいられるの。だから焦らず訓練に励んでちょうだい」
「…?」
(え?どう言うこと?功績?…ん?…てことはもう追放されないって事?)
ルミアの眉間の皺がゆっくり消えていく。
「追放…されないのですか?」
「えぇ、もちろん。この国の王様がルミアの才能をお認めになったから、我が家でも認められたの」
「これは異例のことだ、ルミア。だからと言ってサボって本ばかり読んでいてはダメだ!」
父はまた威厳たっぷりに言うが、隣の母が呆れた顔をしていた。
「つまり、私は禁書庫へ行ってもいいのですね!!」
「え…えぇそうね、でも訓練は明日からするのよ!?」
ルミアは立ち上がって喜びのガッツポーズを満面の笑みですると、お茶も飲まずに両親の前から飛び去った。
(やっと!!ついに!!)
肌身離さず首からぶら下げていた鍵を手に持ち、禁書庫まで猛ダッシュ。両親が何か言っていた気がするが、今のルミアには届かなかった。すれ違う使用人に、はしたないですよ、と叱られるも止まらない。
(もっとオルグ様のことがわかる!!)
銀の装飾で飾られた扉は、今まで入ることができなかった禁書庫の特別な扉。鍵を開けてルミアは口が裂けそうなほどの笑みを浮かべ、目をうるうるとさせながら吸い込まれるように中に入っていった。
最初に手に取った本は歴史書。どうして禁書に指定されたのか、読み進めるうちに理解した。
この国の建国時代の戦乱記。魔物だけで無く、周囲の山賊や他国からの侵略戦争の暗い時代があった。どのような魔法を使って尋問、拷問、刑罰を施したかがその本には書かれてあった。ご丁寧に指南書まで付属して、10冊ほどあった。
年代は記録になかったが、大賢者オルグ・メイデンの考案した苦痛なく死を与える魔法や忘却魔法、自白させる薬なども詳しく記録されていた。
「…やっぱりオルグ様らしい。素敵…」
ルミアが大賢者オルグを尊敬する理由。ただのすごい魔法使いならオルグの他にもたくさんいた。竜巻を起こしたり、大地を揺らしたり、魔物を捕縛したり、麻痺させたりと様々な魔法を造った偉大な魔法使いたちがいた。彼らの魔法には圧倒的な力があり、戦術としてさらなる高みを望む野心があった。どのようにして敵をより早く殺せるか持論や結果が伝記として多く残されていた。
一方、オルグは本人の強さはもちろんのこと、戦争に巻き込まれた民の未来を見据えた優しい魔法の先駆者だった。魔導学園を造ったのも、身分に関係なく人々に魔法を勉強してもらいたいという思いやりからだ。
だからルミアはそんな優しい大賢者オルグに興味を持ち、知れば知るほどに深く尊敬するのだった。
その後は棚の端から順番に読み進め、わからない古代文字にぶち当たった。けれど、興味あるものには妥協しないルミア。読めない文字は分厚い辞書で解読しながら読み進める。
(この落書きはなんだろう…)
ページの片隅にある落書きを指でなぞる。きっと先祖の誰かのイタズラだろう、と軽く流して次の本を読んでいた。周りがどんなことになっても、ルミアの集中力は途切れない。
けれど、誰かに突然後ろから目隠しをされ、読書の時間が終わった。後ろを見ると頬を膨らませて怒って睨んでくる侍女ユナが立っていた。
昼食の時、休憩を促す時、夕食の時に声をかけたのに無反応のルミア。強硬手段として目を隠したのだった。
「私はお嬢様の侍女ですから、お嬢様の嫌がることはしたくありません!ですが食事は大切なんです!」
「ご、ごめん」
ユナはかなりのお怒りで、ルミアは素直に謝った。そして今後の禁書庫の閲覧は、侍女ユナの監視付きで始まった。




