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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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今、あるということ

眼を覚ましたルミアは、眼をばっちり開けて周囲を確認した。垂れ下がった黒い布の天井。ベッドの上の自分。お腹に黒く丸まったノックス。左の頬に当たる白いもふもふの塊。右側には、ルミアに寄り添うように眠りこける姉。


体を起こして大きく伸びをした。


「くぁ…ぁぁああ〜」

(すっごい寝た)


眼を擦り、ノックスを起こさないようにお腹から離し、ベッドから降りて眠ったままのスフィラを起こさないように、そっと布団をかけた。


周囲に音はなく、魔石灯が天幕の中を薄く照らしていた。天幕の布をめくって外に出ると、地面に生えた苔が、淡い黄緑色の光を放って周囲を照らしていた。ルミアはその淡い光のおかげで自分が今、どこにいるのかがわかった。


(最初の緊急避難所だ…戻ってきたんだね)


「目が覚めたか?体は大丈夫か?…飯食うか?」


横から近づいてきたのはジオルドだった。顔の表情は見えなかったが、兄に似つかわしくない優しい静かな声をかけられた妹は、それほど心配をかけていたのだと感じた。


「兄様、私は…」


「みんな疲れ果てて寝てる。大きい声出すなよ?」


「うん」


「机と椅子、出してる。こっちだ」


ジオルドはルミアの服を摘んで引っ張った。ルミアは促されるまま天幕から少し離れた位置にあった椅子に座った。


「私、どのくらい寝てたの?」


ジオルドは収納魔法の腕輪から時計を取り出して確認した。


「…19時間くらいだな」


「そんなに?…あの後どうなったの?」

(19時間ってほぼ1日中だわ…通りでよく寝たと思った)


「食いながら聞けよ。ユナと料理長が一緒に作ったらしいぞ、これ」


「あ?あぁそうなんだ。で?」

(ユナと料理長?仲良くなったのかな?)


ルミアは差し出されたお皿の上のサンドイッチと、見慣れないゆで卵を手に取った。その卵の中に入っていたのは、予想外のクリーミーなハムサラダ。あまりの美味しさに、ルミアは皿ごと受け取った。


「……お前が倒れて、殿下が抱えて…扉の方にいた俺たちのところに、戻ってきた—」


”シーカー”の間で起きたこと。


扉を潜った先、そこはただの洞窟に、兄たちには見えたそうだ。


ジオルドから見て、何が起こったかをルミアは黙って聞いた。そして見ていたものが違ったと知った。

ルミアとレオが手を繋いで洞窟の中央に立った後、眩い光に照らされ、激しい風がジオルドたちに吹いた。そしてルミアが倒れ、レオが抱き抱えて戻ってきた。


部屋の扉はいつの間にか消えていたそうだ。


ジオルドたちは迷宮の階層が未踏破だったにも関わらず、なぜか帰り道がわかったそうだ。頭にもともと地図が入っていたような不思議な体験をして、難なくここまで戻ってきた。魔物が一匹も現れなかったことに、レオは『迷宮がまだびっくりしてる』と訳のわからないことを言っていたらしい。


そして皆、休みなく歩き、疲れて眠っている。人一倍、警戒心の強いジオルドは、あまり眠れずに先ほど目が覚めたらしい。実際はまだ迷宮の魔物に怯えていただけ。


「兄様も眠った方がいいのでは?私はずっと寝てたし…」


「いや、いい。それよりお前の精霊は大丈夫か?エデンと……ノックスだったか?」


「あ、そうそう。体から出てましたね。なんか言ってました?」


「チョコレートケーキが食いたいとかで、アディに迫ってたな。お前が注文したんだろ?」


「うん。特大のチョコレートケーキ。ホールで2つ」

(ユナに頼んで、アディが用意してくれてたんだった。ノックスたち、ずっとお預けだったからな…)


「猫もウサギも飛びついて食ってたな。スフィラがずっと見てた」


「シドは?」


目を細め、妹を睨みつける兄。ルミアと二人きりで会話するのは、意外にもこれが初めてだった。ジオルドにとって、ルミアはただの異物だったが、今はそれ以上に異物な妹。


「…お前、シドヴィス様って呼べよ。あの方は—」


「いいの。私の中ではただのアディの兄。それに今更だもん」

(エデンが入ってた時から、シドは『シド』って感じなんだよね…同化しちゃったのかな…)


「はぁ…レオと似てるよ。お前」


「え?今レオって言った?」

(言ったよね…疲れてる?)


「あ、いや殿下だ。シドヴィス様も流石に寝てる」


「……兄様、眠れないのは良くないです。私、今元気一杯なんです。なので、とびっきりの結界を張ります。兄様は安心して眠ってください。それに…私が開発した特製の安眠ベッドがあるんですよ!ふふふ」


「…やっとルミアに戻ったな」


「へ?私は変わってませんよ?」

(何言ってるの?外見は変わったけど私は私なのに。疲れてる?)


「大賢者のお導きか?」


「ふふん!兄様、5秒で夢の中に行きますよ」

(魔法のベッドなんだから)


ルミアは温室で何もしていないわけではなかった。温室にある草花は、貴重な薬草ではなかった。けれどもルミアは、研究と称していろんな組み合わせで調合しまくっていた。そこでできたのが、安眠効果のある液体。実際に作りたかったのは粘着質な液体だったが、失敗してできたのが強力な睡眠薬だった。


体温と同じくらいの暖かいお湯を空中に浮かべ、その上に薬品を垂らした。その辺に余っていた布に水を浸透させないように結界で包み、その上に被せ、兄を魔法で浮かせて別の布で包んだ。


「うあっ…おぃ…不安定だ…ぞぉ……」


ジオルドはその布に包まれて浮かばされ、秒で眠った。地面から少し浮いた状態の布で包んだ荷物となったジオルド。彼の寝息だけが響き、ルミアはボソッとつぶやいた。


「ちょっと効果強すぎたかな…ま、いっか」





ルミアたちは無事、暴走した”シーカー”を正常化できたのだった。


レオナルドの手の甲にあった印。


それは縛られて動けない精霊王の、絞り出した力で紡いだ、種だった。偶然その場に迷い込んで居合わせた幼いレオナルドに授けた未来だった。そしてその種は膨大なマナで発芽する。


レオは誰にも言えなかった。

父も母も知らない、王宮で凄惨な過去があったことを。

そして誰にも言うなと誓約させられた。

王宮に精霊王を縛り付けている封印された場所があることを。


エデンもまた、偶然居合わせた存在だった。


闇の精霊が封じ込まれた短剣は、ジャベリンの手から王族へ渡り、王族の手に渡った。

心臓を刺した、あの短剣は、加護を持つ王女の憎悪を一身に吸収した。

だからこそ王族を嫌っていたエデン。

愛するルミアの隣に王子を立たせたくなかった。


レオの運命を知り、また『あの女』かと、偶然を疑った。


けれど、彼女は闇の精霊。彼女の愛情は、静かにルミアへと注がれていく。


もしかしたら、ジャベリン家の地下で迷宮が生まれたかもしれなかった。

もしかしたら、アディの妹は死なずに済んだかもしれなかった。

もしかしたら、アヴァロフ家先祖は命を落とさずに済んだかもしれなかった。

もしかしたら、ルミアは産まれなかったかも——


シーカー。


それは探究者。


この世の理を模索し、


天秤にかけ、


澱みを精査し、


問いかけ続ける存在。


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