眷属と種
下っていくほどに魔物の脅威が増していき、隊列は自然とぐちゃぐちゃになっていった。ルミアは全てを対処できず、次第にレオやスフィラ、ジオルドたちに頼っていった。アディとシドは外国製の魔道具を使って対処していたが、倒しても倒しても数が減らなかった。避難場所に向かう余裕などなかったのだった。
「ルミア!シーカーの場所はまだか!?」
「あそこ!!見えてる!!一気に道を開けるから一斉に走って!!」
『ルミナス=ライトアロー』
(浄化と闇魔法合わせ技!!!)
闇魔法の使い方を理解したルミアは、どさくさに紛れて頭の中で新たな技を創っていた。月の光と淡い影。浄化の光と黒い影。決して合わせることができない秩序を破壊して、ルミアは魔法を放った。金の光と黒い影が瞬きの間に魔物の群れを押し広げるように伸び、道ができる。
魔法を放った先に小さな扉があった。その扉は迷宮の管理者、シーカーが固く閉ざした扉。その前まで命懸けでたどり着いたアディたちの息は上がっていた。
扉の前は、ルミアの魔法の効果で魔物が侵入できない安全地帯を作り出していた。けれど、じわじわと魔物が押し寄せ、量が多すぎて効果が失われ始める。
「どうすんだ!?開かないぞ!後ろ!」
「わかってる!待って!数秒だけ!!」
(えっと!)
ルミアは扉に手を当てて眼を閉じ、エデンから知らされた方法で扉を開けようとした。その間も魔物の軍勢がルミアたちを囲んでうようよと波となって押し寄せる。
「まだか!?」
「早くして!!」
「待って!!」
(エデンの闇の力で過去を読み取るから…マナが持っていかれる…)
「ルミア!!」
「もうそこまできてる!!」
レオたちの叫びのような声が背中から降りかかる。魔物の雑音が迫る中、ルミアは必死に集中して扉に意識を持っていった。
「…」
(なんなの!?黒い影?赤い?)
ルミアの閉じた目に映ったのは、シーカーの姿。
黒いモヤとたくさんの赤い瞳。形のないもの。
ふと、ルミアの頭に問いかけが響いた———
『この地に何を求める?何にも侵されない平穏か、何にも支配されない無秩序か』
魔力の逆流し、ルミアの体に流れ込む。気持ち悪い穢れた魔力がルミアの全身をぞわぞわと虫が這うように流れる。
そしてルミアは頭の中を覗かれているような嫌悪感を抱いた。と同時に視界が目まぐるしく通り過ぎていく。
屋敷の図書室、倒れたバルトロ男爵、睨みつけるアディ、恐れ慄くユナ、蒼紫の瞳—
自分の意思とは関係なく、今までの経験を映像として見せられた。
そして最後に三つの月が視界いっぱいに見せつけられた——
「な……平穏か…無秩序?」
(ブチ)
頭に響き続ける問いかけと、無理やり見せられ続ける記憶の断片。背後に迫る魔物とレオたちの叫び。
ルミアはブチギレた。
「そんなの……どうでもいいから開けなさい!!!」
扉に向かって命令するように叫んだ。声は震えているけれど、意思ははっきりと伝わった。
扉に毒々しい赤紫の模様が浮かび上がり、触れていた扉が消えた。
「開いた!!!」
「兄上!!」
「爆弾投げるぞ!!」
「ギャーー!!」
「障壁が!?」
「殿下!中へ!!」
もはや、誰が何を言っているのか、わからない叫び声。
皆、ルミアの開けた扉に必死に飛び込んだ。シドヴィスの投げた『爆弾』が大きな音を立てて爆ぜた。爆風に押されて扉の中に倒れ込んだルミアたち。
皆が中に入った少し後に、消えていた扉が封をするように、また現れた。
おかげでなんとか助かった一行。
ジオルドがレオの手を引き、シドヴィスはルミアの手を引いて立ち上がった。腰を抜かして立てなくなったスフィラの手を、アディは引いていた。
「どうなったんだ?」
「扉、開けれたね」
(ふざけた質問だったけど…)
シドヴィスがルミアの長過ぎる髪を見ながら問いかける。ルミアは皆の安否を確認し、扉の中の世界に目を向けた。
レオは足を怪我したようで、ジオルドに支えられながらルミアに声をかけた。
「ルミア、あれがシーカーだ」
そこは迷宮の中のはずなのに、壁がなく、夜空が広がっていた。
星が瞬く空間は、現実とは思えないほどに美しく、音のない静寂は、非現実的だった。
(地面は…ある…シドも手を繋いでるし、幻覚じゃない…)
中央に存在し、浮かんだ黒いモヤ。形が定まらず、光や影で輪郭が揺れる。
その黒いモヤの中に無数の赤い瞳が散在し、ルミアたちを見ていた。
「ルミア。僕の手を握って」
レオが足を引きづりながら、ルミアの肩に手を置いた。横に並んだレオの顔を見た。彼の顔は”シーカー”に向けられたまま、彼女の手と、繋ぐ。
「あれを『正常化』するんだ。やり方はわかる?」
「たぶん。浄化の光と闇の魔法…だけど…レオは——」
(なんで殿下が?)
「僕はルミアの補助だと思って。ちゃんと後で説明するから。一緒に行こう」
ルミアは彼の横顔を見上げていた。けれど、一度もこちらを見ない。眼を合わせることなく、蒼紫の瞳には、金色の光が僅かに光って見えた。
「よくわかんないけど……わかった」
(金の輪が光ってる…?)
ルミアとレオは、形のない黒いモヤに近づく。無数の赤い眼が、静かにこちらをただ見つめていた。
二人は”シーカー”の前まで近づいた。モヤが反発するように濃くなっていく。
ルミアはソレに向かって手をかざし、頭の中に自然と組み上げられた魔法を静かに唱えた。
『エレメンタル=ジャッジメント』
地面に現れた魔法陣は、ソレを中心にルミアたちを大きく飲み込むほどに広がった。突風が巻き起こり、黒いモヤにはバチバチと音を立てて稲妻が発生していた。脈打つようにモヤの波紋が広がる。
『穢れは私が引き受ける。この地を去れ』
「僕が壊さない。君はここにいていいんだ」
”シーカー”の脈を打つ感覚が早まり、ルミアの体に向かって入り込んだ。少女の体に黒いモヤが吸い込まれ、穢れと共に”シーカー”の『残穢』が流れ込んできた。
「ぐッ!!」
「ルミア!自分を浄化するんだ!!」
ルミアは震える手で自分自身を抱きしめ、眼を閉じて浄化の金の粒子を全身にめぐらせるイメージをした。そしてレオはルミアの胸に右手を当てた。
(心臓が…熱い…)
「もう少しだ!頑張って!!」
レオの手に、溢れた熱が吸い込まれていく。ルミアは眼を開けることができず、自分とレオがどうなっているのか、わからなかった。ただ、必死に、理に任せる。
(もう…少し…)
体から多くのマナが吸い取られていく感覚がした。同時に体の熱はレオの手に吸い取られ、ルミアは眼を開けることができた。
「はぁ……どう…なった…?」
「浄化した後の大量のマナを、僕が回収したんだ」
「…どゆこと?」
「浄化されたマナを迷宮にばら撒けば、正常化が進んで迷宮が崩壊するから、止めたんだよ」
そう言ってレオは右手の甲をルミアに見せる。彼の手の甲には薄く輝く緑色の印があった。
「それ…なに?」
(植物の紋章?)
「精霊王の印。僕は精霊王から種をもらった。だから眷属になったらしいんだ」
「らしい?…な…なんで…精霊王って—」
ルミアの体内で、大量の穢れを循環したことで、少女の小さな体では体力が限界だった。瞼が閉じかけ、必死に意識を保とうとして、レオに向かって口をパクパク…。
「ルミア、もう終わったんだ。ゆっくり休んで」
「お…わ……た?」
ルミアはレオの優しい声に、感じた安心感に、眼を閉じて意識を失った。




