白銀の少女
エデンの体は、いつもより透けていた。
『ルミア。気をしっかり持ってちょうだい。あなたはルミアよ。この世で私に名付けてくれた、たった一人の愛する人間』
エデンはルミアを抱きしめ、優しく告げた。周囲のマナが少ないせいか、存在が消えかけているように見える。
「どうしちゃったの!?」
(エデン!?)
『私も予想外の穢れの量だったの。だから今からあなたの中に入るわ。ただ、ちょっと私の影響で意識が混濁して、姿が変わるかもしれないわ。大丈夫、ちょっと眠るだけよ、消えたりしない。あなたの中でノックスも私も生きてる。でも信じて。私は…ルミアを愛してるわ』
エデンはまるで最後の言葉を残すように、ルミアの中に入って、消えていった。
姿が消えたと同時に、ルミアは体に力が戻ってくる感覚がした。エデンのマナが、残穢と共にルミアに戻ってくる。
ルミアは目の前が黒い煙に包まれ、さっきまでいた天幕の視界が嘘のように消えた。
代わりに見えてきたのは、暗闇の中。そして窓のない部屋だと何故かわかる。
窓のない、薄暗い部屋。壁を越えて聞こえる大きなもの音。怒鳴り声。子供の泣き叫ぶ声。
(そうだ、隠れなきゃ…)
窓のない、薄暗い狭い部屋。棚の影に息を殺して、気配を消す。
(あの人から隠れなきゃ……)
「……ア・・・…・・ミ・・・ルミ・・・」
(隠れなきゃ……殺される……もっと…暗いところに…見つかってはダメ…)
「……ルミ……・・・ルミア!!」
ルミアの視界が一気に晴れた。黒い煙がブワッと消し飛ばされたように一瞬で目の前が眩しく光る。その光の正体は、蒼紫の瞳だった。
レオナルドが必死にルミアを正気に戻そうと、彼女の名を叫んでいた。
「でんか…」
「はぁ…戻ってきた……レオって呼んでって、言ったでしょ…?」
ルミアはエデンが体に入った影響で、彼女が言っていた通り、意識が混濁した。ルミアのベッドの周りには、スフィラたち全員が囲って驚いた表情をしていた。
先ほどまで見ていた悪夢のような経験は、いつの間にかルミアの記憶からすっぽりと消えていた。
「あんた…髪が…」
スフィラがルミアを指差し、青ざめた表情を向けて言った。
「え?髪?」
レオがルミアの顔を両手で掴んでいたので、ルミアは顔を動かせない。レオは察して、ルミアの顔からそっとその手を離し、呆然とする少女の髪に優しく触れ、彼女の目に見せつけつけるように、長い髪にキスをした。
「エデンの影響かな?きれいだよ」
ルミアの髪は透き通った艶々の白銀に変わっていた。
「え!?」
「ルミアが眠った後、エデンから色々聞かされたんだ。精霊は穢れに弱い。でもエデンはただの精霊じゃなかったから—」
レオナルドの説明は少し悲しげに語られた。ルミアは自分が眠ってしまった後に起きたことを聞かされて納得した。
食事をみんなで摂りながら、エデンは皆を守るから休息を取るように、と提案した。レオたちは彼女に従い、それぞれ休息を取った。
強い精霊なので多くのマナをルミアから吸い取ったエデンは、残りのマナを結界に使った。彼女はギリギリのマナを残し、ルミアが起きるまで主を守っていた。
レオたちはエデンの心配を口にしたが、後で「ルミアの中に入るから大丈夫だ」との言葉を信じた。けれど、エデンはレオだけに近づき…
「ルミアに影響しないほどにマナを使ったって言ってたけど、それでも意識が混濁してしまうかもしれないから、その時はルミアの名前を呼びかけ続けろって…僕に言ったんだ」
「エデンは…どうしてレオに?他に何か言ってなかった?」
(なんでレオに?意識の混濁…?)
「言ってたよ。しばらくルミアの中で眠るから、すぐに返事はできないって。あと、闇の魔法が使えるようになってるはず、とか言ってたよ」
「……なんで私に話さなかったの…主なのに…?」
(闇の魔法か……なるほど。浄化の時と同じだ。知らないのに知ってる)
(術式じゃない魔法ね。エデンの結界は闇魔法の目眩しなんだ)
(なるほど。このまま結界は私が維持するから、エデンはゆっくり休んでてね)
(けど髪が変わるなんて…。でも…、この色…嫌いじゃない。ありがとうエデン)
ルミアの容姿が変化したのは髪色だけではなかった。10歳の少女にしては身長が小さく、ヒョロヒョロのルミアだったが、身長と手足が少し伸び、顔つきが少し大人びていた。
それは、王族のレオナルドに近い、人外の美しさに近付いていた。
***
「シーカーを見つけなきゃいけなんだ。このままだと、迷宮の最深部に行くには時間が—」
「大丈夫。エデンが…エデンが入った後ならわかるよ。迷宮とシーカーって別物?」
(馴染んできてる…これが闇魔法。…女神と違う…奪う側の魔法だ…)
「…わからないよ。僕が知ってるのは魔力の澱みを集める存在で、そこに迷宮を作り出すナニカ。そのせいで魔物が生み出され、異界の歪みが生まれる、とだけ。でもそれは…この世界の必要悪だって聞いた」
「…誰に?」
(聞いた?)
レオは流れのままに全てを話しそうになって、焦った顔をして口を閉じた。この場にはルミアの他に、スフィラがいたからだった。そして静かに考えて、答える。
「……魔法や世界の仕組みに詳しい…少年だよ。僕を弟子として扱った…態度の大きな少年だった」
「少…年?どこにいるの?」
(弟子?それがオルグ様!?少年?姿を変えていた?どうやって?またぶっ飛んだ魔法?まさか若返る薬?)
ルミアの瞳は大きく見開かれ、無表情でレオに迫る。
「僕が4歳の時に会っただけで、突然いなくなったんだ。それより!ルミアはやることがわかった?」
「…え……えぇ。そう…だね。やってみるしかないし…やらないといけない…ね」
(オルグ様はだいぶ前に姿を見せなくなった。どうして殿下の前に?王宮にいた?)
ルミアは口に手を当てて考え込もうとしたが、アディがそれを止めた。
「おい!もう午前10時だ。ルミア、正気に戻ったんなら早く切り替えろ」
「……はい」
(うわ…いたんだ。そっか。みんな私が起きるの待ってたんだよね)
アディとシド、ジオルドが避難所に広げていた荷物を全て片付け始めた。ルミアはそれを見ながら、レオとスフィラが侍女のように、白銀の少女の世話をした。
スフィラはルミアの長すぎる髪を、地面につかないように頭の後ろで高い位置に結び、レオはルミアの口に食事を詰め込んでいた。自分で食べようと手を伸ばすと、笑顔の圧で手を握ってくる。そして有無も言わずに成すがままの人形となっていた。
(殿下も姉様も楽しんでるように見える…ちょっと乱暴な気がするけど…二人って似てる…)




