いざ、第一迷宮
テントの外に出たルミアたち。一番初めに目に入ったのは、魔石灯がついた棒を持った黒い人たち。彼らは皆、アディと同じ格好で『黒影装』を装備していた。
パッと見て30人ほどの集団。ルミアは少しその異様な光景に気圧された。その中にアディと同じ銀のネックレスに蒼い宝石をつけた人が立っていた。彼だけよく見ると服装が少し他と違った。服の上から腰に下げた黒い帯が巻かれ、そこに双剣の鞘を付けていた。
髪は限りなく黒に近い焦茶色。銀のメッシュが前髪に伸び、全体的に短髪。釣り上がった目を見て、ルミアはゼノヴィス・ジャベリンを思い出した。
「兄上、お久しぶりです。外国に行っていたとばかり思ってました」
「あぁ。おかげで休みなしだ」
「……紹介します。彼女が—」
「いい。わかってる」
アディが兄上と呼んだ男は、アディと違うダークブルー色の瞳でルミアを見下す。その瞳からは温度が感じられなかった。魔石灯に照らされたせいか、色素が薄くルミアには冷え切って見えた。
「俺はお前らに同行するシドヴィス・ジャベリンだ。ここからは俺の指示に従ってもらう。身分も階級も関係なく、俺に従うように」
「わかったよ。すぐ迷宮に入るのかな?」
アディでさえ兄シドヴィスから目を逸らしていたというのに、レオはシドヴィスに気圧されることなく、普段通りの王子として堂々と話した。
「殿下、俺は無礼を承知で迷宮を案内する。全ての責任はルミア・アヴァロフに追求してください」
「ははは、わかってるよ。無茶なことをしていることはルミアだけじゃない。僕もだ。だから無礼なんてないし、今日の僕はただのレオナルド。彼らの友人だよ」
「自覚があるようで何より」
空気が凍りそうな会話に皆ヒヤヒヤとしながら黙っていた。レオは変わらずアディに向き直し、首を傾げた。
「さっ!行こう?時間が惜しい」
「そうだな」
魔石灯が照らしていたが、迷宮の入り口ははっきり見えなかった。石造りの円柱で作られた祭壇のような建物。年代を感じる朽ちかけの壁が穴を広げていた。シドヴィスを先頭に、ジオルド、レオ、その後ろにルミアとスフィラ。最後尾にアディが歩く。
迷宮の入り口は黒服の集団が立ち入りを封鎖するらしく、アディが後ろから説明を始めた。ルミアは先頭を歩くシドヴィスの鑑定して外見よりも歳が若いことがわかった。
『シドヴィズ・ジャベリン16歳 魔力:SS ゼノヴィス・ジャベリンの息子
諜報機関黒烏大隊長 国外巡査官長
*******************
*******************
ex :*宮***影響***********カー****』
「…え?」
鑑定した古代文字が読み取れなかったルミアは、見たことない鑑定結果に驚いて足を止めた。
「おい、どうした?」
アディが後ろからルミアの顔を覗く。
「あ、いや、なんでもない」
(どういうこと?今までこんなぐちゃぐちゃな文字になったことなかった…exがあるってことは女神様から何か伝言が書いてあるばずなのに…)
ルミアは戸惑いつつも、迷宮の中へとまた歩き出した。
『ルミア、迷宮にとって私たちは異物なの。ルミアは特に影響を受けるかもしれないわ』
(そうなの?文字がおかしくなってるのも迷宮の影響ってこと?エデンたちは大丈夫?)
『えぇ、気持ち悪いけどルミアがそばにいるならきっと大丈夫よ』
『俺は吐き気してきたけど…ルミアの中に入りたい…』
「へ?中に?」
精霊との会話に普段通りの癖で念話するルミア。けれど今は精霊の声が聞こえるアディたち。なんの話をしているのか肝心のルミアの声が聞こえず、悶々としていた。
「ルミア、大丈夫?何かあったの?」
「え、あ、迷宮が気持ち悪いって」
(そうだった。聞こえるんだったね)
隣を歩いていたスフィラが心配そうに妹に声をかけたが、アディの勘はさえていた。
「あのさ、ルミア。ちゃんと情報を共有しないとこの先ルミアに何かあったらどうするんだ。気持ち悪いだけならお前が驚くはずない。ちゃんと—」
「わかった!わかったよ。ノックスが気持ち悪くて私の中に入りたいんだって。わかんないけど…ノックス、私の中に入れるの?」
『んぁ…息苦しい…』
『言ったでしょルミア、ノックスはまだ赤ちゃんなの。ルミアの体に憑依するってことよ。私はまだ大丈夫だけど、ノックスだけでも先にルミアの中に入れてあげなきゃ迷宮に飲まれるわ』
「そういうことは先に言ってくれないかな」
『言っておくけど、私もこんな迷宮は初めてよ。私の知ってる迷宮とは明らかに違うわ』
ゼノヴィズ以外の全員がエデンの方を見て立ち止まった。ルミアの一人言を聞いていただけのゼノヴィスは、振り返って冷ややかな視線をルミアに向ける。
「ルミア。お前は俺の横に来い」
「……」
(え、なんで?)
ルミアはスフィラに助けを求めるように視線を向けた。けれど後ろのアディが動く。
「兄上、ルミアがくれたネックレスをつけてください。精霊の声が聞こえ、視認できます」
「いらん。ルミア、早くしろ」
シドヴィスは弟の差し出す手に目もくれず、ルミアから視線を外さなかった。ルミアは彼の横に行くことになんの意味があるのか理解できずにいたが、もう一つ持っていた自分用に魔改造したネックレスを取り出して、アディが持つものと交換した。
「アディ、これ、持ってて。今持ってるのをシドヴィス様に渡すから」
「…?」
「魔力を込めると3回だけ治癒魔法が発動するから。持ってて」
「は?なにそれ、やば」
アディはルミアの差し出した金色の魔石をすぐに受け取った。他の魔石と違い、石の中で緑の光の線が3本入っていた。ルミアは昨夜、五個の魔石全部に入れようとしたが、一つしか成功しなかった。その魔改造魔石。
ルミアはレオとジオルドの間を通ってシドヴィスの横に近づいた。そして、金色の魔石のネックレスを渡すと、不思議そうに受け取る。魔石部分を調べるように見ると、無言で首にかけた。
シドヴィスとルミアの間に立つエデン。精霊を見たゼノヴィスは驚くことなく、淡々としていた。
「精霊ってのは人間の姿だったのか」
『人間と一緒にしないでちょうだい。それと、あなたが一番強いわね。ルミアから離れないでちょうだい』
「お前に言われるまでもない」
『気に入ったわ。ルミア、この子と手を繋いでおきなさい』
勝手に話が進んで訳のわからないルミア。エデンの真面目な提案に疑問は残るが、年の功に素直に応じた。シドヴィスに手を差し出され、冷たい手を握った。
(ノックスはどうなったの?姿が見えないけど…)
『ノックスはもうあなたの中で眠ってるわ。もしもの時は私も入るからね』
「私が今度は馬車なのね。よくわかんないけど、行くしかないってことね」
ルミアは初めて会ったシドヴィスの手の冷たさに、冷静さを取り戻した。シドヴィスはルミアの小さな手をしっかり握っていた。
(彼もアディと同じなのかな。妹と…)
迷宮の建物がただのハリボテだったことに気づいたのは、神殿のような建物の扉の中に入ってわかった。
建物の中はがらんとした六角形の壁に囲われた広場。その中心にパックリと空いた丸い穴。穴の壁にびっしりと螺旋状に石で作られた階段が、そこの見えない闇の底へと続いていた。
その穴の底からは呼吸の音のような風が吹いていた。
「この先に入ったら休憩所は当分ない。15階層までは一般ギルド冒険者が探索済みだ。その先はまだ未踏破区域。俺たちはデッドゾーンと呼んでる」
「その先に進むってこと?」
スフィラが怯えた表情で声をあげた。彼女は胸の金色の魔石を片手でぎゅっと掴んでいた。
「引き返すなら今だ。いくらアヴァロフといえど、お前たちはまだ幼い」
「兄上、俺は単独で14階層まで進めます。それにスフィラもジオルドも、レオも俺より強いです」
「訓練と実践は違う。足手纏いになるようなら自己判断で引き返せ。俺はルミアしか守らん」
アディたちは自分の力量がどこまで通用するのかわからなかった。けれど、黙って聞いていたジオルドはシドヴィスの言葉に奮い立たされたように静かに言葉を吐いた。
「……俺は……引き返せません。先祖に申し訳が立たない。それに…ルミアは…『俺の妹』で…俺より強い」
兄の口から『俺の妹』と言われたルミアは、胸がキュッと傷んだ。それは過去の亡霊の影響ではないことを理解していた。アディがルミアに優しく接してきたことも、態度が急変して砕けた姿を晒してきたことも、全て違う誰かと重ねられたからだと思っていた。
黒髪の幼い少女が無邪気に笑うあの映像が、またルミアの頭によぎった。
(兄様は…知っていたの?)
「そこまで言うなら妹に守られるなよ。行くぞ」
シドヴィスの言葉に感情はなかった。ただ冷淡に、当たり前のように。ルミアは無意識にアディを見ていた。そして彼の左瞼が一瞬、痙攣したのを見逃さなかった。
「はい、俺は護衛です」
不穏な空気の中、シドヴィスの後を追うように皆足を動かした。深い闇に飲み込まれるように、穴の底への迷宮に降りていった。




