探る闇
今日は一段と天気がよく、遠出には最適な雲ひとつない青空。
レオナルド殿下が馬車でアヴァロフ家へ迎えに来て、ルミアは一段と着飾って青いドレスを着てお出迎えをした。
「いい天気だね、ルミア」
「おはようございます殿下。お迎えありがとうございます。長旅ですが、よろしくお願い致します」
「うん。今日のルミアは夏の精霊みたいにかわいいね」
「…ははは、ご冗談を…」
(いいからさっさと馬車に乗ろうよ、殿下!)
「冗談なんかじゃないよ、僕はルミアがパーティーに行くなんて聞いて驚いたんだからね?」
「あはは、お姉様に言われまして、私も少しは社交の勉強をと思いまして〜…」
(この会話いる?ほんとにいるの!?もういいでしょ!?)
「僕抜きに行かせるわけにはいかないから無理に参加させてもらったんだ。驚いたでしょ?」
レオナルドは予定外の言葉をルミアに投げかける。その上ルミアに寄り添って手を握り、美しいその微笑みを無駄にルミアに浴びせる。見送りに出てきていたアヴァロフ家の夫婦は、娘とレオナルドの仲の良さに目を丸くして見守っていた。母エミリスは口に手を当てて、夫ボルトに向かって何かを訴える始末。
「殿下、もういいでしょう。続きは馬車ででもお話しください」
ジオルドは妹の顔が青ざめていくのを見て、馬車の扉を開けてレオナルドに催促した。
「はは、そうだね。では、アヴァロフ公爵夫妻、ルミアは僕が必ずお守りしますから、ご安心ください。では行ってきます」
レオナルドは、ルミアの両親に王子スマイルで、キラキラを無駄に見せた。そのキラキラにアヴァロフ公爵夫妻は礼を尽くして、深々と頭を下げた。
「…お父様、お母様いってまいります」
「ちゃんとスフィラの言うこと聞くのよ?」
「はい…」
一つの馬車にルミアとレオナルドが乗り込み、ジオルドは馬に跨り、随行する。それに続けて姉スフィラももう一つの馬車に乗り込み、同じ馬車に侍女のユナも乗りこんだ。
馬車に乗って窓の外を見たルミアは、母、父、兄アズール、屋敷の使用人たちを見て手を振った。しばらく離れる家と平穏に少し寂しくも思いながら深呼吸した。
「ルミア、本当にかわいいね」
「殿下、もう終わったんですよ?」
「あー…今二人だよ?忘れてる?」
「…」
(な…めんどくさい…)
ルミアは半目になってあからさまに嫌な顔をした。レオナルドはムスっとして負けじとルミアを睨んだ。
「…二人じゃないです。殿下にも見えてるはずですよ?」
「黒猫と白兎は人じゃない」
「…朝早かったので、眠っていいですか?」
(やーもう喋らない…)
「…ルミアはそんなに僕と話すの嫌なの?」
レオナルドは目をうるうるとさせてルミアを下から見上げてきた。ルミアは目を逸らして唇にぎゅっと力を入れた。
「違いますよ…」
「ますよ?」
「…はぁ…違う。それに白兎は本当はウサギじゃないの!」
レオはルミアから望んだ通りの振る舞いをされて目を輝かせ、喜んだ。今まで静かに過ごしてきたルミアは、最近になって心をかき乱すことが続いてすぐにイライラしてしまう。
「うんうん!闇の精霊なんでしょ?アディから聞いたよ」
「…アディから聞いたなら私が話すことなんてないんじゃ…?」
(アディとは…目を合わせずに済んだ…この先の宿で合流するんだっけ…)
ルミアはアディを思い出して寂しげに答えた。なるべく誰にも気づかれないように、普段通りをよそおう。
「ルミアはそんなに僕と話したくないんだ。じゃ僕はやっぱ嫌われてるんだね。はぁ、迷宮が心配だよ」
さっきまで悲しそうな顔をして見上げてきたのに、今度はムスッと不機嫌に窓の外を向いて口を膨らますレオ。ルミアは首を傾げて王子の感情の変化が理解できない様子で尋ねる。
「どうしてそうなるの?で…レオはアディから全部聞いてるんだから、知ってるんでしょ?」
(姉様なんで違う馬車に?この馬車大きいんだから4人乗れるのに…)
「人伝に聞くのと、直接聞くのは全然違うんだよ?僕はただ報告を聞いただけ。それにアディと話してないんでしょ?」
ルミアはあからさまにため息を吐いて窓の外を向いた。
ルミアの知らないところで、レオとアディは情報を共有していることに嫌気がさしたのだった。
(はぁ、またですか。アディと殿下は仲がよろしいことで)
「…殿下。今夜は飛ばなきゃいけないので眠りますね」
「…うん、わかった」
王子はルミアのわかりやすい拒絶に気づき、会話を諦めた。
それから向かいの席にいた黒い塊と白い塊に目をやる。黒い猫は丸まっていたが、ウサギはレオを見ていた。その紅い瞳は白んでいて、よく見ると野生のウサギとは何か違い、違和感があった。
レオはその白ウサギに向かって微笑みを送った。するとその白ウサギはぴょんと跳んでレオの膝の上に乗った。
『ルミアの代わりに話してあげるわ』
「声…直接触れなくても聞こえるの!?」
『言葉にしないでも話せるわ。今、私のマナと繋がってるの。ルミアを寝かせたいから頭の中で静かに会話をしましょう?』
(頭の中って、これ、聞こえてる?)
『えぇ聞こえてるわ。精霊の眷属の人間なんて、変な感じね』
(そっか。わかるんだね。でもなろうとしたんじゃないよ)
『弱ってるんでしょ?この世界の精霊が少なくなってるもの』
レオはそっと白ウサギに手で優しく撫でる。温かいと感じて、心を落ち着かせた。
(僕にもよくわからないんだ。でも君もこのままじゃいけないと思ったからルミアについてきたんでしょ?)
『勘違いしないでちょうだい。私はルミアを愛してるの。どっかの女神と一緒にしないでちょうだい』
(ごめん。僕は君たちほど世界について知らない。愛…か)
『精霊も生きてるの。精霊王は愛ゆえに縛られた。でも…私の愛は違うの。』
(…女神様って一体—)
『アレは祈りを与えられただけの存在よ』
レオナルドの脳裏に掠めた昔の光景。
地下に迷い込んだ時に見た鎖と封印がされた扉。
その先には足元まで張り巡らされた木の根。
錆びた鎖と、魔法陣。枯れ木の匂いと黄金の果実。
そして枯れ枝を伸ばした枯れた樹木。
その横に座る少年。
レオは膝の上の白ウサギを持ち上げ、向かいの席にそっと置いた。そしてその手を離した。
「僕は中立でいたいんだ。これ以上、過去を覗かないでくれないかな?」
『あら、残念。でも十分ね』
エデンはレオに闇の魔法を使った。レオは気づいてエデンを離した。
エデンはルミアを本当に愛している。無理やり魔剣にされ、穢れを吸い尽くして魔物になってしまう恐怖から救い出してくれただけでない。闇を吸い込むような瞳も漆黒の髪も好みだったが、それだけでもはない。
精霊にも神にも謙らない堂々とした姿を見て、最初は脅かしてやろうと思った。
けれど普通の人間とは、違った。
闇の精霊を前にして怯むことなく敵意を剥き出しにして浄化の矢を放った。
無知故の行動。けれど、また違った。ルミアは精霊よりも気まぐれで、欲しい名前をくれた。
だからこそ、気に入らないレオナルドに近づいた。敵意は隠して、滑り込むように。闇が知らぬ間に落ちてくるように。闇が、夜に溶けるように。
気づいた時には、すでに奥へ触れている。そしてレオナルドの過去を探った。
『王族って生き物は面倒ね』
白ウサギはレオに仕返しを思いついた。すーっと人型に変わって、ルミアの体にピッタリとくっついた。
エデンの唇が、ルミアの耳元で静かに動いた。
その声は触れてないレオナルドには届かない。だが、何かを囁いたことだけは、はっきりとわかった。
次の瞬間。ルミアの瞼が大きく開いた。
「………」
眠気の残る瞳が、ゆっくりとレオナルドを射抜くように睨んだ。
そしてまた窓にもたれて眠り始めたルミア。レオナルドは窓の外を見て、ため息をついた。




