混濁
「エデン、どうして戻ってるの?ウサギはどうしたのよ?」
エデンが温室に来てから2日目の朝のこと。ルミアは温室で遅めの朝食を摂っていると、向いの席に座ってユナからお茶を用意された。ウサギの姿ではなく、純白の女性姿。
『獣の姿だとお茶が楽しめないの。それにこの方がユナとおしゃべりできるでしょ?』
ルミアはユナに視線を向けると何故か照れてお盆で顔を隠していた。
(なんで?)
「お嬢様、アディウス様が午後に来られるそうです。今日もキッチンで魔道具を作るのですか?」
「ううん、今日はお父様もお母様も出てるからここでするよ。何時頃に来るとかってわかる?」
「申し訳ありません、午後としか聞いてませんので…それに」
「お忙しいのね。わかってる」
朝食のサラダにフォークを突き立て、ルミアがムシャムシャ食べていると、ノックスが天幕から出てこちらへ伸びをしながら歩いてきた。
『俺もはやくエデンみたいになれないかなぁ』
『もう少しルミアが成長すればすぐなれるわよ』
(普通に会話してるけど…精霊なんだよね…)
ルミアは精霊の会話を聞いて、ふと疑問に思っていたことを聞く。
「ねぇ、エデン。闇の精霊って何?そもそもノックスすら何の精霊なのかわかんないんだけど」
エデンはお茶を飲み干して、精霊のためにユナが用意してくれたお菓子をつまんだ。
『ノックスはまだ赤ちゃんだからよ』
『あ…赤ちゃんじゃない!!!成熟してないだけだ!!』
「赤ちゃん…」
『おい!!感情伝わってるんだぞ!!』
ルミアは怒鳴り散らす黒猫の頬についた食べかすを取った。赤ちゃんと言われたノックスは嫌がることなくムッと視線を逸らしてルミアの膝の上で毛繕いを始めた。
「じゃぁ、エデンの闇の力って何ができるの?」
『ルミアは精霊について何も知らないのね。いいわ。魔道具を作るときにでも私が教えてあげる』
「うん。お願いね」
ルミアは朝食の後は筋力トレーニングをしていた。自発的に体を動かそうと考えたのは、魔力が使えない時に思い知った自分の非力さだったから。父や兄とまではいかないが、筋肉なんて全くないに等しいルミアだったので、本で読んだマッスルトレーニングをこっそりやっていた。とにかくゆっくり深呼吸しながら体を動かし、プルプルしながら片手で立ったり仰け反ったりとしていた。ノックスとエデンはずっとお菓子の話で盛り上がってユナが楽しそうにしていた。
トレーニングを終えて昼食はいらないとユナに伝えると、天幕にあった大きめの机にフィオナ・ジャベリンからもらった黄色い魔石を取り出した。それを机の上に並べて鑑定。
『B:魔石 魔力を含んだ石』としか出てこなかったので、見る角度を変えたり魔力を流してみたりと観察していた。
『何をみたいの?』
エデンがウサギ姿で天幕に入ってくると、ルミアの側までふわっと浮かんだ。
「神眼で魔石をみてるんだけど、魔石なんだよね…」
(なんかこう…加工用途みたいなのが見えない…)
『あぁ、偏った知識は毒にしかならないわよ?』
「偏った?」
『何でもないわ。それよりも精霊について知りたいんでしょ?』
「もちろんそれも知りたいけど…んー」
ルミアはお預けを喰らわされているようで悶えた。エデンはすーっと人型に戻ってルミアの前で肘をついて目を合わせてきた。ルミアは何度も見ていたはずの白銀の瞳に、まだ慣れなかった。
『ルミア、これから話すのは私の考えだからね。でもドワーフよりも知って欲しいから話すの。いいわね?』
「たしかドワーフ族って妖精?の力で魔剣として加工する?だっけ?」
『違うわ。あいつらは精霊を捕まえて無理やり武器に閉じ込めるのよ』
「えぇ…だからエデンは短剣に閉じ込められてたの?」
エデンは意味深に微笑んでルミアを見つめる。妖艶で精霊らしく、その姿は惑わしとも取れる悪い顔だとルミアは思った。
『だからルミアに会えた。結果良かったわけだけど。そもそも女神の加護なんて鑑定できるだけで私にたどり着いたんだもの。ルミアじゃなければ見つけられなかったでしょうね』
「浄化もあるよ」
『あぁ、そうね。ルミアはマナが何だか知ってる?』
エデンは女神に対して嫌っているように顔の前で虫を払うように手を振った。ルミアは次々と頭に疑問が増えていくも、今は静かにエデンの講義を聞くことにした。
「浄化…?」
『ノックス、教えてないの?』
同じく天幕に入ってきて机の上で丸まっていた黒猫が尻尾を動かした。
『いやいや、言ったって。ルミアは寝ぼけてたからな。マナってのは精霊の血みたいなもんだって』
『ちょっと!それじゃ理解できないじゃないの。ルミア、一旦、血は忘れなさい。まず、この世界はどうして木や草、水や風、火や氷なんてのが存在できてるかわかる?』
「…自然…にできた」
『そうね、ルミアが自然と呼ぶものが本当に偶然できたとしましょう。ならどうして魔力があるの?』
エデンは頬杖をついて上目遣いでルミアを見つめた。わからせようと質問をしたようだが余計に混乱する主。ノックスはお菓子を食べすぎたのか、腹を見せて机の上でゴロゴロし始めた。
「魔力は大地から出てくるものって教わった」
『うーん、まぁそうね。大地からも出てるわ。間違ってない。でもその魔力に溢れてる世界で、どうして魔力切れが起こるのかしら?』
「体の中の魔力を全部使い切っちゃうから」
『じゃ、魔力切れはどうやって治すの?』
ルミアはエデンの言いたいことがわからず、眉間に皺を寄せた。
「休んだり、食事して魔力回復を待つ。あとポーション飲む」
『どうして空気中の魔力をすぐに吸収しないの?』
「…」
(それは…そうか、私は精霊王の加護で大気中の魔力を…マナに還元して魔力に変えてる?魔力をマナに変えてまた魔力として使う?あれ?)
『ルミアはどんな魔力でも吸ってマナに還れる。水に例えてみましょう。汚れた水は水に変わりないわ。でもその汚水では植物は病気になったりして腐ってしまう。人間も同じで汚水は飲まないでしょ?でも綺麗な水なら育つし飲める。その純粋で綺麗な水がマナで、術で澱みや感情を乗せた水が魔力』
「じゃぁ私は…」
(普通の人と同じじゃ?)
『ふふ、そうね。事実として人間やドワーフ、獣人なんかはゆっくり綺麗な魔力に変えて自分の体に補充できる。でもその力は弱いからマナとしてではなく自分に合った魔力として貯めれるだけ。だから補充が間に合わなくて魔力切れをおこす』
「じゃぁマナは…」
(魔力の根源?)
『そう。そんな感じね。でも精霊王の加護は体にマナを貯められる力よ。浄化の魔法を使えるのは、そのマナを使った普通の魔法とは違うの。ルミアは空気中のどんな魔力でもあなたの意思でマナに返還できる。まだ体が小さいから私を浄化するの、キツくなかったかしら?』
「確かに、体の力が抜けていく感じがして、立っていられなくなった」
『つまり、私たち精霊が体にマナを貯めれるように、あなたも貯められるの。だからあなたの体にマナが流れ、私たちを見れるし、会話ができる。繋がらなくてもマナを無意識に発してるから』
「無意識に出してる?」
『えぇ、だからこの温室はルミアが出したマナで溢れてる。マナの中にいるから、ユナにも私たちが見えるの』
「なるほど。だから血みたいなものってノックスは言ったのね。うーん…自然の中にはマナも魔力も流れている?」
『そうよ。植物だってマナを貯めれるもの。大地が持つマナと魔力がお互い成長させたり影響しあって生きてるの。生きてると言っても、目に見える形ではないわ。その集合体が精霊の卵となって、マナを吸い、孵化する。つまり、マナは循環してるの』
「ふーん…息吹か。え、待って…私は植物と同じ?」
『全く違うわ。魔力とマナは全く別物だし、マナを使って行使する魔法は世界の理すら変えることができる』
ルミアは絶句した。いきなり話が大きくなりすぎて頭で処理できなくなっていた。けれど、エデンは構わず続けた。また惑わすように微笑んで、悪い顔をした。
『あなたは自分の意思でマナと魔力を自由に作れるし、使えるの。この温室のように世界にマナを溢れさせることも可能ってこと。でもそれは同時に精霊を誰にでも見せてしまう危険な存在よ』
エデンの目には敵意も悪意もない。けれどルミアには、その含みをもった表情に見えた。
「精霊にとって?それとも、他の種族にとって?」
『全てよ。だから世界の理なの』
ルミアはエデンの言葉の重みが少し遅れて体にのしかかってきた。この温室を世界に例えた時、限られた人間にしか入室を許可していない。
そしてユナが入ってくる人をあらかじめルミアに伝え、ノックスとエデンは隠れてもらっている。
(ここに両親が来たら?)
(ダニエル様が来たら?)
(ジャベリン公爵夫妻が来たら?)
(陛下が来たら?)
『ルミア。一つずつ処理しないと壊れちゃうわ』
「もう!知らない!!」
ルミアは机に突っ伏して頭を自らぶつけた。
『おい、エデン。長生きの先輩だからってルミアを壊すなよぉ』
『長生きは余計よ』
「長生きなの?何歳?なんで女神を嫌がるの?浄化されて気持ちいいって何?てか闇の精霊って何ができるの?」
ノックスがエデンを『長生きの先輩』と言ったせいでルミアは我慢していた疑問をエデンを半目で見ながらぶつぶつとつぶやいた。
『ノックス!個人情報バラさないでちょうだい!』
「エデン、答えてよ。力貸してくれるって言ったじゃん。それに…」
『あぁ!もぉ!言わないわ』
「わかった。じゃぁこのケーキ要らないんだ」
ルミアは昨夜のケーキが食べられなかったので収納していたのを取り出しエデンに見せた。アディが前にしていたことを真似たのだった。
『いるいる!!意地悪ぅ!ドワーフに捕まったのが蒼紫銀環の夜だったからぁ…』
ルミアは視界に蒼い月が一瞬現れた。前の菫色の髪が視界を遮った時と同じ感覚だった。そして立ち上がり、空を見上げた。
『ルミア!?』
『また女神の加護に引っ張られてるわ!!ルミア!!しっかりしなさい!!』
*_
(蒼い月と紫の月。真ん中に銀色の小さないつもと変わらない月)
「こうして、あなたと”蒼紫銀環の三月”を見ていたい。永遠に…」
(そう。あなたとこの時間が永遠に続くことを願った)
「永遠か。君となら永遠も長く感じないかもな」
(えぇ。私もあなたとなら…)
「このままずっと…ずっと、二人で」
(そう。もっと一緒にいたい…)
_*
ルミアの見上げた夏の空には、三つの月が浮かび、綺麗な夜空が見えていた。自分の記憶ではないと知りながらも、もっと見ていたいと思った。隣に立っていたその男性を見ると、心が溶けるような安心感と身を引き裂かれるような悲しみが同時に溢れる。前の加護者の影響なのか、頬に涙がつたう。
もっと見ていたいと望んで手を伸ばしたのは、ルミアの手だったのか、別の誰かの手なのか。
ルミアは現実と亡霊の記憶を混濁して見えていた。




