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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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ジャベリン家、隠れ家

ジャベリン家の先祖は遠い異国からこのグランパール魔法王国に住み着いた商人だった。建国される前から商売を生業にして、戦争や内紛などの争い事からうまく逃げていた。その経験から、隠れ場所として他国に転々と棲家を作って持っていた。


初代の家訓には『誰よりも臆病であれ』との言葉がある。その教えの通り、一族は争いの前のきな臭い気配を誰よりも早く察知する力を磨いていった。だから諜報に優れた部隊、『黒烏』ができた。


ルミアは当然、ジャベリン家の屋敷へ行くとばかり思っていた。軍部から家紋のない馬車を2回乗り換えてついたのは、王都の郊外から外れ、木々に囲まれた道を進んでやっと着いた。


そこは幽霊が出そうなボロボロの屋敷の前。


周囲に民家はなく、魔物の出そうなほど薄暗い森の中だった。


夏だというのに霧が立ち込め、鳥の声すらしない静寂に包まれた怪しすぎる建物。


「ねぇ…これ…アディの…」


「あぁ、そうだ。離れるなよ」


アディは馬車を降りると、スタスタと歩いて壊れかけの斜めになった扉を開けて、中に入っていった。屋敷の敷地だというのに塀はなく、玄関と扉は意味がないないほど隙間だらけだった。


中に入ると外観通りの廃墟だった。風もないのに軋んむ音がして、驚いたルミアは急いで後ろからアディの手を握りしめた。


『なぁ、ルミア。こいつこんなとこに住んでるのか?なんかくせぇし、淀んでるぞ』


(私だって初めてくるんだから怖いこと言わないでよ…)


アディは廃墟の中を迷いなく歩く。地下へと続く階段を灯りもなしに歩き進める。


「ア、アディ、灯りつけていい?暗いよ」


「もうすぐ着くから」


階段の壁には魔石の灯りではなく、薄暗い蝋燭が付いていた。魔道具を使いこなすアディを見てきたルミアには違和感でしかなかった。


(なんで蝋燭なの!?お金がないわけじゃないでしょ!?)


『クッキーいっぱい持ってたしな』


アディたちは石作りの階段を降り、錆びた鉄の扉の前に立った。その前でアディは独特のリズムでノックをする。


すると扉が開き、奥に赤い絨毯が敷かれた廊下が見えた。扉の中には黒を基調とした調度品が廊下に並んでいた。


「え、地下に屋敷が埋まってるの?」


「…埋まってる?まぁそういうことだ。地下に部屋を作ってるだけ」


普通の屋敷と言っても、家具や壁、天井の全てが黒かった。金色に縁取られた黒い扉が等間隔に並んであり、廊下を奥に進むと、また下へと続く階段があり、そこをまた降りる。


(まだ下に降りるの?)


『ルミア、ここめちゃくちゃくせぇ…鼻が…』


ルミアはノックスの言う匂いについて感じなかった。強いて言えばお香のような独特な匂いが時々したくらいだった。ノックスはそのことを言っているのだ、とルミアは思って気に留めなかった。それに廃墟ではなかったことに安心したルミア。今からアディの両親に会うことを思い出して少し緊張していたくらいだった。


アディについて歩き、金と黒で飾られた一際荘厳な扉の前についた。中からタバコの匂いとは別に悪臭がし始め、ルミアは咄嗟に手で鼻と口を押さえた。


「あぁ、父上のタバコの匂いだ。臭いけど我慢しろよ。ここが父上の執務室だ。母上もここにいるから」


「…タバコ?」

(タバコなんかじゃない…吐き気がするほどの匂い…我慢できそうにないよ)


『ルミア…俺…もうダメだ…』


(あ!ちょっと!!ずるい!!)


ノックスは今降りてきた階段を上に登って跳んで逃げていった。


アディはルミアの態度を気にすることなく、執務室の扉をノックして扉を開けた。開けられた扉から悪臭が強烈に流れ出て、ルミアは我慢できず涙を溜め、息を止めた。背筋が凍るような気配に握った拳を振るわせた。


「父上、母上、ルミアを連れてきました」


「…その子、大丈夫?」


「は?」


アディは振り返り、ルミアの顔を見て言葉を失った。口に力を込めて何かを我慢しすぎて涙を流していた。流石に公爵夫妻の前なので口を覆っていた手は外し、ぎゅっと握り拳を振るわせていた。


「…え…なに?」


「我慢できない…」


ルミアはそう言うと両手で口と鼻を隠してアディを見つめた。泣き顔で見つめてくる異常さにアディは困惑した。


「どうした?タバコが臭い?」


「違う!!…タバコじゃない」

(何か…生ものが腐ってる?…それに嗅いだことないひどい匂い…)


執務室の中に入ろうとしない失礼な少女に向かって、アディの父ゼノヴィスが声をかけた。


「何をしている?さっさと中に入れ」


「ゼノ、あの子タバコの匂いがダメなんじゃない?」


ゼノヴィスの座る執務机の横に黒いソファがあり、焦茶色のふわふわ髪の女性がルミアを見ながら言った。


「え、俺ってそんな臭い?」


ゼノヴィスは自分の腕の袖を自分で嗅いで匂いを確かめていた。


「気づいてなかったの?」


「…ひどいくない?」


「迷惑してるのはこっちだわ」


ゼノヴィスは妻のフィオナの言葉に傷ついて考え直した。


「…アディウス、部屋変えるか?」


「いや、タバコじゃないらしいです」


ルミアはふと浄化魔法を口元に使った。匂いは弱まり、少しだけ息ができるようになった。


「アディ、ノックスが逃げたの。ただ事じゃない」

(この匂いのことをノックスは言ってたんだ)


「…わかった」


アディはルミアの短い言葉だけでルミアだけが感じている異常を察し、父に伝えた。


「父上、母上、そのまま少し待っててください。臭いの原因を突き止めます」


ルミアは部屋を見渡した。執務机に、窓のない部屋。灯りがあるのに視界が濁って見えた。部屋の右奥の壁には、壁一面に棚が埋め込まれてあった。その棚には外国で仕入れた置き物や魔道具らしきものが並べて飾られていた。


ルミアはその一区画に飾られた短剣に目が引き寄せられた。一見美しい装飾に見えるその短剣には、赤黒い魔石が埋め込まれ、精密に掘られた彫金が逆に不吉な禍々しさを放っていた。


ルミアはなりふり構わずその短剣の前まで向かった。アディと彼の両親は彼女の不審な行動を黙って見守った。今から何が起こるのかまるで予想がつかなかった。


「…これだ」



『 血哭惨禍の魔剣ケッサクサンカ   精霊を宿した魔剣


           作者・ガルタタ      』


ルミアはその短剣に浄化の魔法を、魔力の限りを尽くす勢いでかけた。


すぐに短剣から赤黒い液体が滲み出始めた。その液体はドロドロとして棚から床につたい落ちる。そしてルミアの浄化の金色の粒と一緒に消えていった。


浄化が追いつかないのか、匂いは悪臭を超えて刺激臭に変わっていった。ルミアは知らないうちに、周囲に漂った穢れた魔力を体に吸収していき、自分の魔力としてを補っていた。


(なにこれ…体が気持ち悪い…)


浄化しているルミアの体に禍々しいねっとりとした感覚が纏わりついてきた。身体中がゾクゾクとして、まるで小さな虫がルミアの足から頭まで這い上がってくるような気持ちの悪さが続いた。


『…いい……き…ち…いい…』


(なんか聞こえる!?)


『きもち……いいわ…もう…すこし…』


短剣から滲み出ていた赤黒い液体は消えていき、装飾の魔石は赤く透き通っていった。その魔石が光だし、剣の刃に古代文字が記されていった。その文字は浄化の光と共に消えていった。


”闇” ”力” ”隷属” ”結合” ”悠久”


ルミアは体の力が一気に抜けて立っていられなくなり、腰から床に崩れた。


「ルミア!!」


アディは駆け寄り後ろから支えた。ルミアはそれでも浄化を続けた。


(まだ、あと…ちょっと!!)


次第に短剣から液体が出なくなり、剣の全体が光り輝き始めた。


そして浄化が終わったようで、眩しい光と共に、短剣から何かが解き放たれた。


『っあぁぁぁぁー!やっと解放されたわぁ!!』


短剣とルミアの間に浮かんでいたのは、純白のドレスを着た妖艶な美しさをもつ女性だった。ルミアに気づくと仰け反った体を戻し、少女に優しく微笑んだ。


ルミアはその顔を見て、精霊らしいと思った。真っ白く長い髪は長身の足元まで伸び、白銀の瞳は何も写していないような姿。


『そう。あなたが?』


「…へ?」


『いいわ。名前を頂戴』


「あ、あの…精霊?」

(なんの…精霊?)


『闇の精霊よ』


「闇?白いのに!?」

(闇って何!?)


精霊なのは短剣を鑑定していたからわかっていた。けれど『闇』とはかけ離れた純白の容姿。ルミアはまた、更に頭が混乱した。けれどその自称『闇の精霊』は美しくも妖しく、艶っぽく笑って見せる。


『ふふ、白って黒が映えるでしょ?』


ルミアはノックスとは比べ物にならないほどの力をその精霊から感じた。鑑定しようとして眼に力を込めた。けれどその闇の精霊が阻むようにルミアの額にキスをした。


『だぁめ。先に名前ちょうーだい?』


ルミアは至近距離の美貌には耐性があった。レオナルドやエリック、母や姉など、ルミアの周りには美しい人がいっぱいいた。しかし、それが過信していたことを知った。


そしてルミアの中でレオナルドの人外の美しさの順位が下がった。


その見つめてくる白銀の瞳は瑞々しさを感じさせ、濁りが全くないほど透き通っていた。ルミアの体は強張り、微笑みの顔は悍ましさを覚えた。


「人外…」

(破滅的な美しさ…)


『はーやーくっ!』


「あ…はい…名前…ですね」

(名前…は…)


アディはルミアがまた眼に見えない何かと戦っているとわかり、彼女の体を抱き抱えようとして動いた。


ブワン、ドカッ!!


「アディ!!」「アディウス!!」


闇の精霊はルミアに近づいたアディを吹き飛ばし、執務室の反対側の壁まで飛ばされ、壁にぶつかって地面に転がった。


「ちょっと!!なんてことするの!?」


『邪魔するからよ。ね、早くして頂戴』


「あなた、魔物!?」

(敵だ!!)


ルミアは目の前の白い女性を『アディを傷つけた闇の精霊を自称する敵』と判断した。


浄化の矢を怒りの感情のまま、無意識に作り出した矢の本数は18本。


そのまま放とうとソレに向かって目を見開いた。


『待って!!ごめんなさい!!大切な人だったのね、悪かったわ!!もうしない!!』


怯えて後ろに下がった白い精霊に向かってルミアは全てを放った。


『あぁー!!っん…な…なんて…すごいちから…』


闇の精霊は白いドレスをひらひらとさせながらゆっくり地面に倒れた。けれど、その顔は不気味に微笑んでいた。


「ノックス!!」


『あいあい』


足元にしゅるっと擦り寄って現れた黒猫。主の膝の前に反省したように俯いて座るノックスにルミアは説教した。


「どこいってたの!?置いてくなんて最低!!ずっと一緒って言った!!」


『…ごめんなさい。だって臭くて我慢できなかったんだよぉ』


「怖かったんだから!!」


『悪かったってぇ…ルミアぁ怒るなよぉ…ごめんってぇ』


ノックスは片足をルミアの膝に乗っけて主に反省を示す。黒猫は必死に謝るも、ルミアは不機嫌に顔を背けた。


そしてルミアは床に倒れた純白のドレスの精霊に向かって鑑定しようとして睨みつけた。闇の精霊はルミアに向かって微笑み、あざ笑う。


『ルミアっていうのね…ノックス…いい名前もらってるのね』


「あなたに名前をつけたら後悔しそう。鑑定ができない」


『ルミアはもう私の名を決めたも同然よ?思い浮かんでるでしょ?ねぇ、お願いよ』


「インプ」


『違うでしょぉ〜魔物なんかに落ちてないわ!ひどい!!』


闇の精霊はシクシクとルミアを責めるように泣き始めた。それを見てノックスがルミアの耳元で囁く。


『俺よりも高位の精霊だぞ?それにこいつ、淀んだ魔力を吸い込んでるすげぇやつだ』


「でも、鑑定できないんだよ?」


『ルミアァ、はやくぅ〜』


闇の精霊は地面を這って少女に抱きついてきた。ルミアは一瞬ゾワっと鳥肌が立った。


けれど温もりを確かに感じた。ノックスに初めて名付けた時と同じ暖かさがルミアに流れ込んできた。


そしてルミアはため息をついて諦めた。抱きつかれて頭になぜか思い浮かんだ名を呼んだ。


「エデン」


『は…うぅぅぅ〜最高』


無駄に色気を出して悶えながら光り輝く闇の精霊。ルミアは女神の神眼でノックスを見ると問題なく視ることができた。視線をエデンに向けると神眼の古代文字は視れなかった。


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