黒猫でも猫じゃない
スフィラにしか見えていない全貌は、ジオルドを混乱させる。
「そこの領地は学園で私に並ぶほどの戦術に長けた男爵令嬢がいるんです。兄様には婚約者がいませんし、お父様たちもその令嬢を候補として眼をつけているようです。だからこの休暇に会いに行きませんか?それならお父様たちも何も言いませんわ」
「今話すことじゃないだろ!」
「あ、そうそう、その領地には最初の迷宮がありますのよ?ルミアは社交界に参加しませんし、ヘイレスト家に関わり過ぎて頭を抱える両親ですもの。今回ルミアが参加するとしたら?」
「親を騙す気か?」
「違いますわ。ついでに迷宮に行けばいいんです」
「黙って行くなら同じことだ」
「王都から離れた最南端ですよ?バレたとしてもすぐにどうにかなる距離ではありません。それに行くだけで7日はかかります。でももっと早く移動して、往復したら時間が取れますわ。それに兄様は迷宮に行ったことがあるんでしょ?」
「不可能だ」
「頭が堅すぎですわ。空を飛べばいいんです。ね?ルミア」
突然話しを振られて固まったルミア。冷ややかな兄たちの会話に怯えていた妹は、姉の方へ顔をゆっくりと向けると、彼女は期待を込めた微笑みでルミアの言葉を待っていた。スフィラの眼差しには、彼女にしか見えてない解決策への自信がはっきりと表れていた。
「…宙に浮くことは試しましたが、長距離を移動するとなると…」
「ルミアの書いた魔術の解析には『モノの重さを変えることができる』ってあったわ」
「…?あの、私だけなら可能だと思います。ですが、姉様たちは…」
(姉様、私の魔術解析書読んでたの!?)
「あなたが飛んで運べばいいじゃない」
「え…姉様たちを?」
「そうよ。馬車に紐をつけて、その紐を持ってあなたが飛べば移動できるんじゃない?モノの重さを変えれるのなら、軽くして飛べばいいのよ」
「そんな無茶な……あ…」
(ずっと考えてたけど、あれって魔道具化できないのかな…)
「ねぇ、どうかしら?そうすればお父様もお母様も喜んで外出を許すわよ」
「…」
(もしできたら天幕で過ごす間に移動できる…)
「ルミア?聞いてるの?」
「…」
(それに生き物は収納できないから…)
「スフィラ、ルミアは今考えてるんだよ。もう少ししたら帰ってくるからその提案で計画しよう」
レオナルドはスフィラの話に乗ることにした。アディはかなり渋っていた。けれど、レオナルドと一緒になって子供の遊びの計画を練るように進めた。ジオルドはずっと黙って聞いていたが、腕を組んで王子を睨んだ。
「俺は反対ですよ。ジャベリンはそんなに甘くないと思いますし、必ずバレます。それに、俺がいない間殿下はどうするんです?休暇中のパーティーの護衛は?」
「もちろん、僕もついていくよ?」
「っな!ダメに決まってます!!」
「ルドは頭が硬いんだから〜。ね、スフィラ」
スフィラは王子の言葉に狼狽えて頷いて返事だけした。レオナルドは終始楽しそうに笑い、ジオルドはずっと王子に向かって説教じみた言葉を投げ続け、最後まで納得しなかった。アディは頬杖をついて眼を閉じて瞑想していた。ルミアは頭の中に引きこもって魔道具を設計していた。
ヘイレスト家の一室で初めての会議が行われ、なんとか終わった。この国を変えようとしている王子と意見を交わし、三公爵の子供達に伝染した。けれど、それは親の心子知らずだった。
***
ヘイレスト家で会議をしてから3日が経過した。
ルミアは今日も自室の温室に篭っていた。母と約束した夕食にも顔を出さず、夜に来ると言っていたアディを待っていた。
「そろそろアディウス様が来られるそうです。お嬢様、片付けなくていいんですか?」
次女のユナが心配そうに散らかった温室を見渡した。
「うん、そのままにしといて。説明するからこのままで」
「…そうですか。わかりました。それからお手紙は早めにお返事しないとですよ。奥様が心配してましたから」
「わかったわ。ユナ、もう下がっていいよ」
(あぁ…そういえば殿下から手紙来てたんだ…読んでなかった)
「…わかりました」
ユナは寂しそうに呟いて退室しようとした。そして入り口でまた振り返り、ルミアに向かって小言を吐き捨てた。
「猫にクッキーを与えすぎては行けませんからね!3枚までですよ!!」
「わかったよ」
「失礼致します!!」
ユナは少し怒った態度で温室を出ていった。ユナが猫と言ったのはもちろん、ノックスを指していた。
『猫じゃねぇっつの。3枚と言わずじゃんじゃんくれよ。なぁルミア』
「ここではみんな見えるんだから、ちゃんと猫として振る舞ってよ」
『浮いてないだろ?誰もいないんだから…あ、きたぞ』
机の上であぐらをかいて両手にクッキーを持った黒猫と話すルミア。
初めてノックスが温室に来た時、黒猫をユナが拾い上げた。どこから入ったのか不思議に抱き上げ外に出そうした。ルミアはそれを慌てて全力で止めた。
ノックスが言うには、温室はルミアの精霊の加護のおかげでマナが充満していたそうだ。ルミアは無自覚にマナを出し続けているらしく、温室内に留まっていたらしい。
「アディがきたの?大人しくしててね」
『なぁ、もうクッキーないのか?』
「エリックにもらった分しかないよ。でもさすがよね。まさかクッキーに薬草を入れるなんて。さすがヘイレストだね」
「お前…その猫…」
振り返るとアディが机の上の黒猫を指さして眼を凝らしていた。
「アディ。この子が精霊だよ」
『んにゃっ!』
黒猫は手を上げてアディに可愛く挨拶した。アディは何度も瞬きをして見えていることを確かめていた。
「ノックスって名前つけたの。で、持ってきてくれた?」
「なんで俺に見えるんだ?本物の黒猫拾ったのか?」
アディはルミアの質問を無視してノックスに触れようと手を伸ばした。
ペシン
アディの手は肉球パンチで払われた。
『触るならクッキー出せよ』
「!?」
アディにはノックスがウニャウニャと何か喋っているように猫の声が聞こえた。
「もう、触るくらいいいでしょ?クッキーなら全部ノックスが食べたんだよ?」
『少ない。もっと食べたい』
ノックスは眼をうるうるとさせて上目遣いでルミアを見つめた。アディはルミアと黒猫が会話している様子を眼を細くして見ていた。
「ルミア、本当に精霊なのか?それに黒猫はなんて言ってるんだ?」
「エリックがくれたクッキーが美味しかったから、また食べたいって言ってるの」
「他のクッキーじゃダメなのか?」
「そうみたい。薬草が入ったクッキーだったの。同じように作ってみたんだけど、美味しくできなかったんだよね」
『猫用に作るからだ!!俺は猫じゃないってユナってのに言ってくれよ!!』
ノックスは机の上でジタバタと暴れ始めた。ウニャウニャと猫語で耳障りな声を発する精霊に、アディは持っていたジャムの付いたクッキーを差し出した。収納魔法を使いこなしていることに感心しながら、ルミアは見守った。
「コレ、食うか?」
『クンクン…パク』
「おお、食った…」
アディはムニャムニャとクッキーを幸せそうに食べている隙に、ノックスの頭に触れようとした。
ペシン
「なんだよ。クッキーあげたのに触らせてくれないのか」
『足りないね。あるんだろ?出せよ』
ノックスはあぐらをかいたままアディに向かって手を招いた。
「まぁいいや。普通の猫じゃないな」
「え、あぁうん。精霊だからね」
アディは興味を失ったようにルミアがお願いしていた物を紙で散らかった床に置いた。出したのは大きな緑の布一巻きと調合用の器具やガラス容器。それから乳白色の魔石の塊。
「さすがアディ!!これで新しいものが作れるよ!!」
『おい!!俺のクッキーは!?無視すんなよ!!ルミアも!』
黒猫はアディの頭に飛び乗った。ニャーニャー叫んでいるのにアディは気にも留めず、ルミアと会話した。ルミアも新しい魔道具製作に夢中だった。
「とりあえず、黒い布はなかったから緑で我慢してくれ。それからルドとスフィラにも収納魔法の魔道具を渡した。使い方は口頭で伝えたけど、明日集まった時にでも教えよう。魔道具はうちの母上がルミアのを元に作ったものだ」
「すごい!アディのお母様って魔道具師なの!?よくあんなので作れたね」
「お前が作ったのは俺の魔力量に応じた量を入れられるけど、母上が作ったのは制限があって馬車の荷台くらいだ。だからお前をうちに連れてこいってうるさいんだ」
「ゔぇ!?会いたい!!そう言えばアディの家って行ったことない」
ルミアは魔道具の設計図は知っていても、作るところを見たことがなかった。それにジャベリン家の人間は、訪問に来るだけで招いてはくれなかった。なぜか誕生日の会場も王宮で行うので、誘われるのは稀なことだとルミアは知っていた。
「もちろんこっそりと連れて行くから、明日軍部でルドたちと練習した後に抜け出すか」
「明日?そんなすぐに?今から魔道具作るんだよ?」
「すぐ作れるんだろ?前も簡単に作ってたし。それにこの散らかった落書きはなんだよ」
「布に描こうとしてる魔法陣の設計図。アディも手伝ってくれるよね?」
「えー俺忙しいからもう行く」
『俺を無視するなぁぁぁぁぁ!!』
黒猫がルミアとアディの間に浮いて両手両足をバッと広げて風を起こした。そのせいでルミアが用意した魔法陣の設計図の順番がバラバラになってしまった。
「ノックス!!」
ルミアは黒猫の頭をガッと掴んで浄化の魔法を使った。すぐにノックスの体は力が抜けたようにふにゃふにゃのぬいぐるみのようになって地面にへたり落ちた。
『ひどぉい…ルミア…無視するなんて…俺は…俺は…』
「順番通りに置いてたのに!もう、クッキーは当分お預けだから。それに精霊は食事しないんでしょ!?お腹が空かないしマナがあれば元気だって言ってたじゃない」
『ルミアだって…必要ないのにお菓子食べるじゃん…食後に…休憩に…俺だって…食べたいだけなのに…』
「ルミア、こいつは癇癪を起こしたのか?違うクッキーもあるぞ?」
『…ほんとか!?くれ!俺にくれよ!ください!!』
ノックスはアディの優しい言葉に飛び跳ねて喜び、アディの肩に乗った。顔にスリスリと体をくねらせクッキーをねだる。ルミアはそれに呆れて半目になった。
「ノックス、だっけ?クッキーやるから大人しくしてろよ」
アディはまた種類の違うクッキーをノックスにあげるため、机の上にクッキーをばら撒いた。
『うひょ〜こんなに!?黒いツブツブこれはなんだ!?いいなぁいいなぁひゃっほーい』
「なんか知らんけど、これで大人しくなるだろ。じゃ、ルミア、また明日」
「え!?」
アディはシュタッと温室を出ていった。まさか本当にいなくなるなんて思わなかったルミアは一人項垂れた。
(ひどいよぉ〜手伝ってくれてもいいじゃん…)
机の上にはクッキーを宝物のように眼を輝かせて齧っている猫が踊っていた。ルミアはそのクッキーを奪ってボリボリと音を立てて食べた。




