アディとレオ
ヘイレスト家のお茶会は当然中止になり、ルミアは王子一行に用意されていた部屋に運ばれた。ソファに座った王子の膝の上に横向きで座らされ、食べ物を与えられていた。
もぐもぐと口に入れられた一口サイズの料理をひたすら食べていた。ルミアは何度か離れようと試したが、王子が満面の笑みで腰をがっちり掴んできたので諦めた。
「で、殿下。いくらなんでも…ルミアを降ろしてください」
そう言ったのは、オロオロと動揺したスフィラだった。
「スフィラ。ルミアはあれだけ派手に暴れたからね。これはお仕置きみたいなものだよ」
「で…ですが…」
ジオルドがため息をついて仲裁に入った。
「スフィラ、諦めた方がいい。こうなった殿下は聞かないんだ」
「そうそう。ルミアも殿下を食べ物を与えてくれる椅子としか思ってないから大丈夫だよ」
アディの横槍をかわすようにレオナルドはコクン、と頭を傾けルミアの顔を覗き込んだ。ルミアはビクついて顔を逸らしてアディを睨んだ。口に食べ物が入っていたルミアは必死に無言で助けを求める。
(こっちみろぉー!)
アディは澄ました顔でお茶を飲み、決してルミアを見なかった。その間もレオナルドは用意された料理をルミアの口に入れようと、口の前まで持ってきていた。
(たすけて…)
『呼んだか?』
(!?)
どこから入ってきたのか、黒猫が机の上にちょこんと座っていた。
「…」
(ノックス!そっか、散歩行ってたんだね)
『何してんの?めっちゃ嫌がってるみたいだけど』
(この人!口に食べ物入れてくる人、この国の王子だから逆らえないの)
『なにそれ。面倒なやつってことか?』
(そうなの。すっごい怖い人なの)
『…てかさ、そいつ俺のこと見えてる気がするんだけど…』
(見えてる?そんなバカな…)
ルミアはレオナルドに目を向けた。王子は机の上に座る黒猫の方を見て眉間に皺を寄せていた。
ルミアの視線に気づいて蒼紫の瞳だけを膝の上の少女に向ける。そしてさらに眉間に皺を寄せて疑いの目で睨みつける。
「黒猫?」
「…(もぐもぐ)」
(ノックス、ちょっと膝の上に乗ってみて?)
『え?あぁいいよ』
ノックスはピョンと飛んでルミアの膝の上に着地した。レオナルドはノックスの金色の瞳をしっかり見て、ルミアの黒い瞳を見つめ、半目になった。
レオナルドがルミアと同じものを見ている間、アディとジオルドとスフィラはお茶会での話をしていた。
「アディたちはエリーの部屋にいたんでしょ?こっちはガラスが割れた音と雷が落ちたみたいな大きな音で、びっくりしたわ。だからそれどころじゃなくなったの」
「あぁ、その音が聞こえてダニエル様が走ってエリーの元に向かったんだ。俺たちはそれを追いかけてった。そういえばなんで他の親族は動かなかったんだ?」
ジオルドはスフィラに続けてアディに答えを求めた。アディはジオルドたちに淡々と説明した。
「それならルミアが絶対なんかすると思ってたから、ダニエル様にあらかじめ伝えてたんだ。それに親族に関してはボルト様とエミリス様がどんなことがあっても他の親族にルミアを会わせるなって」
スフィラは口に手を当てて驚いて見せた。今日初めてエリックを見たスフィラは、ダニエルにそっくりなことに驚いていた。その上ルミアを抱き上げていたのを思い出した。
「え?それってエリック様は例外ってこと?」
「アレは研究所でダニエル様の助手をしてたからしょうがなかっただけ。それにルミアはあいつのこと嫌ってる」
「アレって…言い方。それでエリーが助かったのはまたルミアがなんかしたの?」
「それは……殿下、いい加減ルミアを解放してください」
ルミアとレオナルドは睨み合っていた。ルミアは心の中でノックスと絶賛相談中。
「…」
(ねぇ、アディたちにしたみたいになんかできないの?)
『なんかって?こいつ俺のこと見えるだけじゃん。攻撃するのはダメなんだろ?』
(攻撃はダメ!国の王子よ!?…見えてることって言わない方がいいのかな…)
無言のままのレオナルドはそっとソファの傍に置いていた皿から、クッキーを一枚手に取って、ルミアの膝上にいる黒猫の口元へ運んだ。
シャク
ノックスはそのクッキーを齧った。
「なんで食べるの!?」
『なんでってうまそうだったから…』
「ルミア」
「はい」
(まずいまずい!!)
『うまかったよ?』
(そうじゃない…)
レオナルドはゆっくりルミアを膝から下ろして隣に座らせた。それから何もなかったかのように黒猫がかじったクッキーを口にした。
お茶を飲んで、両手を合わせて膝の上に置いた。そしてゆっくり正面の睨みつけるアディを上目遣いで見返した。
「アディはどう思う?エリーを治したルミアをおとぎ話の王女にしたくないんでしょ?」
「ルミアが望むこと」
「ふーん」
レオナルドは姿勢を崩して膝の上で頬杖をついた。その態度は普段見る王子ではなかった。
「殿下」
ジオルドが王子に口うるさい侍女のように注意した。けれど、王子には効かなかった。
「僕だってルミアが嫌がることはしたくない。でもアディほど僕は動けないんだ。だからここではっきり線引きしない?」
「線引き?」
「ほら、この前話したでしょ?未来の話だよ」
「…覚えてますよ」
「安心してよ。ここで全部言うつもりなんてないし、僕も言わない。でもルドは未来の公爵。スフィラも重鎮になるのは間違いない。だったらエリックも入れて新たな布陣を作るのはどうかな?」
「篩に落とすつもりでは?」
「エリックはルミアを見てたんでしょ?今更だよ、それに…」
そう言ってルミアに視線を向けて言葉を続けたレオナルド。ビクッとルミアは黒猫をゆっくり抱き寄せた。
「仲間は多い方がいいでしょ?」
『なぁ、さっきのくれよ…って声聞こえないのか』
(ノックス…黙ってて…)
「ルミア。僕はシーカーがなんなのかを知ってる」
「え…?」
ルミアはアディを見た。アディは目を合わせず、すっと逸らした。
「言っとくが、俺は殿下に知ってるか聞いただけだ」
「アディが僕しか知らない言葉を聞いてきたからね。僕だって馬鹿じゃないんだ。流石に気づくよ」
「…すまん」
ルミアはアディの謝罪を聞いて、黒猫を抱きしめふわふわの毛に顔を埋めた。ノックスはルミアの気持ちを汲み取ったのか、何も言わなかった。
(アディは殿下に話したんだ…)
「ルドもスフィラも座ってよ。アディ。一人で抱え込むよりみんなで目指してみない?」
「殿下は…どうするんですか?」
「もちろん僕はしがみつくよ。アディには負けたくないからね」
「…はぁ。わかりましたよ。でもルミアは…」
「はいはい。その辺はアディよりわかってるから。任せてよ」
ジオルドもスフィラも護衛なので立っていたが、レオナルドに言われてソファに座った。アディは部屋の入り口に魔道具を取り付け扉を施錠した。そして以前ルミアの前で使った黄色の魔石がついた防音の魔道具を部屋の周りに撒いた。
これから秘密の会議が始まる、とわかるとルミアは食べすぎたのか、お腹が痛くなった。
「殿下、いいですよ」
「じゃぁ、始めようか。まず、僕はこの国に蒼の森は不要なものだと考えてる」
「!?」
「それに結界のせいで迷宮が増えてるんだと思ってる」
レオナルドの話は大賢者オルグより更にぶっ飛んだ発想だった。ルミアを含むジオルドもスフィラも彼の口から信じられない言葉が次々と飛び出し、混乱させられた。
迷宮は淀んだ魔力によってできたのではないか、とレオナルドとアディは考えていた。
アディは幼い頃からレオナルドとよく外国の話をしていた。頻繁に外国に出ていたアディの情報をレオナルドと共有して、最初は遊びのつもりでこの国の不思議を調べ始めた。レオナルドは王族しか知らない秘密をアディに言えなかった代わりに、自分の知っていることをヒントとして与えていた。そして、お互い成長していくにつれてこの国の歪さに気づいていった。
そんな中、ルミアが誕生日に女神の加護の片鱗を見せた。アディは加護について詳しく知らなかったが、レオナルドはまたヒントを与えていた。人には見えないものが見える、と。
そしてルミアの奇怪な行動にアディは気づき、レオナルドより先に加護を持っていることを知った。そしてレオナルドに呼ばれたアディは、お互い言えない情報を隠したまま、未来の構想について語り合った。
二人とも感が鋭く、頭が切れる。自然と同じ思想を持つようになった。
「外国には迷宮ができる前の場所を『忌み地』と呼んでいたことがわかったんだ。処刑場だった場所とか、戦争があった場所に突然迷宮が現れていた。大迷宮の場所は奴隷の闘技場だったらしい」
「それで僕は国内について調べてみたんだ。王宮には迷宮についての本がたくさんあるからね。でもこの国にできた迷宮にはそれが当てはまらない。凄惨な事件も、事故も、何にもない。一番最初にできた迷宮なんて平和な田舎の村だった」
「殿下は蒼の森の結界について詳しいけど外部に漏らせない。でも迷宮が増えたのはその結界が原因かもしれないと言い出した。だから俺は外国で女神と精霊王について調べた。そしたら女神は存在しなかったが、呼び方は違うけど、妖精がいた。ドワーフ族はその妖精と契約して魔剣を作れる。少しの魔力を流すだけで強力な魔法が使える加護みたいなものだ」
「でもこの国には精霊も妖精もいない。いるのかもしれないけど、噂すら出ないし伝承もない。詳しく言えないけど、結界は檻みたいな物だと思ってる。それにさっき言ったシーカーについてだけど、眼に見えるものじゃない、としか言えない」
アディとレオナルドは初めから台本でもあったのかと言うくらい交互に話した。ジオルドとスフィラは二人を交互に見て、静かに聞いていた。国を守ってきた結界に、真逆の思想を持つ彼らに何を言えばいいわからなかったし、その発言をしているのがこの国の王子なので余計に混乱した。
ルミアは同じように混乱しながらも、ノックスに真偽を確かめていた。




