精霊
———それは…
「…これは…インプ…じゃない?」
『高位大精霊:魔力SS 高濃度のマナによって産まれた精霊
ex:やりました!!よく頑張りました!あなたの精霊です。
名前を付け、愛して、育んであげましょう。 』
「…?」
黒く丸い塊は丸まっていた体をうーんと伸ばして、その正体をはっきりルミアに見せた。
「猫?」
『んー…あー…』
「え…」
(なにこれ…生き物?魔物?精霊?)
『んやぁ』
黒猫は金色の瞳をギョロッと開いて、ルミアに向かってあざとく片手を上げて挨拶した。
「えっと…」
(浄化しなきゃ)
ルミアはインプを倒した方法を思い出し、黄金の粒子を両手から出して、矢を放った。
『え!?ちょ、うあぁー!!あぁ〜!!なんで!?』
黒いそれは部屋をぴょんぴょんと上に下に逃げ回ったが、ルミアの放った浄化の矢がお尻に刺さった。
『あはっ!!う〜』
プルプルと震えて空中にふにゃん、と力が抜けたようにぷかぷかと浮いたが消えなかった。
「え?倒せない!?」
ルミアはもう一度力を込めて矢を放とうと狙いを定めた。
『ちょっと!待って!精霊だってば!魔物じゃないっつの!!』
「しゃべってる…」
『見えるだろ!?お前が親だ!せっかく産まれた精霊を攻撃するなんてしーんじらんない!!見ろよ、この可愛いボディを!よく倒そうだなんて発想ができるな!』
「…あぁ!!近寄らないで!!」
(怖い怖い怖い…)
黒猫は腰を抜かして怯えるルミアの前にストン、と降り立った。猫が動くように足を動かし、長い尻尾を揺らしながら少女に近づく。
「ルミア?大丈夫か!?」
アディが怯えるルミアの両肩を掴んで正気に戻そうと顔を近づけた。彼女はアディの顔で黒猫が見えなくなるのが怖かった。何をされるのか身構え、阻止しようとアディを除けた。
「おい!!ルミア!?亡霊か!?あれが見えるのか!?」
「違う!これだよ!!見えないの!?猫!!動いて喋ってる…」
『猫じゃないって!猫に見えるけど、猫じゃない!…ふんふん、なるほど。わかったぞ』
猫はしゅるん、とまた宙に浮いて胡座をかいて顎に肉球を当てて考え込み始めた。
「アディ、見えないの?」
「は?何も見えない…黒いモヤか?」
「違う、黒いけどモヤじゃなくて…猫」
(ほんとに精霊…?)
ルミアは目前の黒猫が精霊かどうか信じれなかった。インプを直接神眼で見てなかったし、女神の言葉が頭に引っかかっていて、どの情報が本当に正しいのかわからなくなっていた。
『ルミアっていうんだな。主はルミアね。なぁ、名前つけてくれよ』
「…名前?」
『そうだよ。ルミアが産んだんだ。当たり前だろ?』
「…言葉がわかるの?」
『…それ、結構傷つくんだけど。ほら、早く!!早く!!名前!!名前!!…』
黒猫は部屋中をシュンシュンと素早く飛び回り出した。名前をつけなければ暴れ回り続けるつもりのようだった。
「うわぁ!!わ、わかった名前…名前…名前…」
アディは一人でどこかに向かって話しているルミアを見て、とうとう狂ってしまったと思った。そんな彼女はアディの目を見つめて何か求めるような困った顔をしていた。
「え?…なに?」
「名前…黒…闇…影…夜…」
その間も黒猫はずっと叫びながら飛び回る。ルミアは小刻みに揺れ始め、名付けようと必死に考える。
「え?…どうしたんだ?大丈夫か?こわいんだけど…」
「アディ…エリック…エリー…アズール……夜…ノ…クス」
(これだ!!)
「は?大丈夫か?瞬きしろよ…揺れるなって…止まれよ…」
「ノックス!!」
『うおぉぉぉぉぉぉ!!』
黒猫はピタッと止まり、ルミアの声に反応し、煌々と輝き始めた。光りが止むと、黒猫はルミアの肩にピッタリとくっついてマフラーのように絡みついてきた。
『ノックス。俺はノックス。ルミアの精霊だ。お前が死ぬまでずっと一緒だからな』
喉をグルグルと鳴らしながら、ふわふわの毛がルミアの顔に擦り付けられた。暖かい体温に生き物を思わせ、ルミアは邪悪なインプとは違う、となぜかわかった。
「…はぁ、疲れた」
(もう帰りたい)
「ルミア、しっかりしろ。俺がわかるか?」
ルミアは纏わりつく猫を指差しアディに聞いた。
「アディ、これ、見える?」
「え?いや、何も見えないけど…ほんとに大丈夫か?エリック様、ルミアを見てください!」
(見えないんだ…)
『見えるわけないだろ?俺は精霊だぞ?』
(俺って…オスなの?なんなの?)
『お前が名前つけてくれたからな、お前の意思や思考で俺がオスになったんじゃね?』
「ちょっと待って」
(心読んでる?会話してる?)
『お前が主なんだから当たり前だろ?俺たちは繋がってるんだから』
「…」
(あ…えっと…こんにちは)
『こんにちは?…他にないのかよ。それより、名前、呼んでくれよ』
(うわぁ…なんだっけ…)
『ノックスだ!!お前が今つけた名前だぞ?忘れるとか酷い!!』
黒猫のノックスは、ルミアの顎に小さな頭をぐりぐりと押し込んだ。頭が混乱しすぎて一線を越えると、何もかもどうでもよくなり、為すがままになった少女。
周りでエリックとアディが必死に声を掛けていても気づくことはなかった。
「やめてよ…ノックス」
エリックが最後の手段にルミアの頬を平手打ちした。
パチン
「痛い」
「痛みはあるみたいだ…ルミア?俺がわかる?」
エリックはルミアの頬に治癒魔法を当てて顔を近づける。
「いつも頭がどっか行くんです。見えてるけど見えてないみたいな…」
「そうだね、俺も何度も見たよ。口に食べ物入れても気づかなかった。そうだ、オルグ・メイデン関連の本を見せたら戻ってたよ…あれ、今痛いって言った?」
「え?聞こえなかったですけど…」
ルミアは彼らに気づいて、半目でアディたちを睨んだ。
「痛いって言った。気づいてるよ」
ルミアは二人に向かって元気なく答えた。二人は驚くも安心したように後ろに倒れ込むように座った。
「ずっと独り言いってたんだよ?声かけてたのに気づかないから…何と喋ってたの?」
エリックが首を傾げて尋ねた。ルミアは平手打ちしたエリックを睨みながら答えた。
「精霊だよ。私もよくわからないけど、エリーに精霊がくっついて魔力を吸ってたらしいの。それを引き離したら…なんか産まれた」
『なんかじゃない!高位大精霊だ!!』
耳元で叫び散らす不機嫌な黒猫を無視してそのまま会話を続けるルミア。
「黒猫に見えるんだけど、名前つけろってうるさくて名前つけた」
『黒猫じゃない。まだ産まれたばっかだからな。ルミア、俺の成長した姿見たら驚くぞ?』
「なんかずっと話しかけられてて、コレと喋ってた。今ここにいるよ」
ルミアはコレと呼んで右肩に乗っている黒猫を指差す。
『コレ?…ひどいって。それはさすがに…名前もらったのに…。俺はノックスで高位大精霊なんだ!!ただの精霊じゃない!!それにルミアは俺の主で…』
「もう!ややこしいからちょっと黙ってて!」
ルミアは黒猫の脇を抱き上げてノックスの金色の瞳を睨みつけた。そして声に出さずに念を飛ばした。
(聞こえてる!?精霊なんて他の人には見れないの!私は加護を持ってるから見えるんでしょうけど、周りの人たちを見て!あんたが見えないし声が聞こえないから私が一人でおかしくなってると思われてるでしょ!?ちょっとまだ混乱してるんだから静かにしてて!)
『…わかったよ。でもコレなんて二度と呼ぶなよ…さみしいから』
(…わかった。ごめん。ノックス)
『ちょっと散歩してくる』
(え、散歩?あ、あぁ、うん)
ノックスは宙を舞ってわざとアディとエリックの間をくるくると回って廊下へ出ていった。
「ルミア…今の…なに?」
「俺も感じた。風魔法?」
ルミアは項垂れると同時にため息をついた。
「精霊だよ。散歩に行ってくるって」
ノックスのおかげでアディもエリックも目に見えないナニカを信じた。そして大惨事が起きた後のエリーの部屋に、ダニエルとレオナルドたちが血相を変えて入ってきた。遮る青々とした葉の植物は無くなり、入り口から直接ベッドが見えて、植木鉢は瓦礫となって部屋に散乱していた。
ダニエルはぐちゃぐちゃに壊された、変わり果てた部屋を見渡し、足元も見ず、必死にまっすぐ、よろつきながらエリーのベッドへ向かった。その後ろに金髪の女性が同じように続いて転けそうになっていた。そしてエリーに向けて声をかけた。
「エリー?エリーは?どうなってるの?」
「眠って…魔力が…ある…そうか…あるよ…」
「眠ってる?魔力が?あるって…」
「治ってる…助かったんだ…あぁ…はは…ははは」
ダニエルとその女性は肩を振るわせ、笑い、泣き出した。何度もエリーの名を呼んで、よかった、と繰り返し声に出して喜びに咽せていた。その側で一緒に静かに泣いていたアズール。しばらく部屋には泣き声が響いていた。
「ねぇ、アディ。すっごい疲れたしお腹空いて倒れそうだよ」
ルミアはアディに向かって小声で呟いた。アディは疲れ果てたルミアの頬に手で触れて、答えた。
「あぁ、そうだな。歩けるか?」
「無理」
(一気に疲れた。力が入らない)
近くで二人の会話を聞いていたエリックが、ひょいっとルミアを抱き上げた。アディより年上で背が高かったエリックは、その差を見せつけるようにアディにニヤっとした顔を向けた。
「…エリック様。ルミアが嫌がってますからジオルドに預けたほうがいいですよ」
エリックは抱き上げたルミアを見た。彼女は露骨に顔を顰め、軽蔑とも取れる態度で体を離そうと両手で彼の体を押していた。
「はは。そうだったね。忘れてたよ」
部屋の入り口に佇んで様子を見ていたレオナルドたち。エリックがジオルドにルミアを預けようとした時、横からレオナルドが奪うようにルミアを抱えた。
「殿下。やめてください」
ジオルドはまたいつもの暴走する王子に呆れたように言った。
「ルドがルミアを持ったら手が塞がって護衛できないでしょ?それに僕は力持ちだし」
レオナルドはそう言ってぐったりしたルミアに微笑みを送る。ルミアは疲れ果てて、最早どうでもよくなっていた。そして目を閉じて何も見ないようにした。
「ルミアが困ってます」
アディが手を伸ばしてルミアを持とうとした。レオナルドは軽やかに避けて廊下をスタスタと歩き始める。
「ちがうよ。疲れてるんだ。ほら、移動しよう」
そう言ってレオナルドはぎゅっとルミアをしっかり抱きしめた。




