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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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女神の聖典

ルミアはエリックに手を引かれ、真っ暗な通路を歩いていた。等間隔に薄暗い魔石が壁の位置だけを教えてくれていた。誰かに手を引いてもらわないと歩けない程に足元は暗い。


「暗すぎない?」

(もっとよく見たんだけど…)


「しょうがないよ。改造するわけにもいかないくらい大事な場所なんだから」


「確かに…灯りつけようか?手持ちの灯りの魔石持ってるよ?」


「灯りはつけなくていいよ。道なら俺が知ってるし、ルミアは今大賢者が通った時と同じ場所を通ってるんだよ?歴史を感じなくていいの?」


「おぉ、確かに。じゃぁオルグ様もここを通ったんだ…そっか…ん?なんでオルグ様はここを通ったの?」

(治癒魔法を授かるため?でも治癒魔法は最初から使えたって…)


「扉に描いてあったでしょ?大賢者の直筆魔法陣」


「…そうだね。オルグ様って女神様の聖典の儀式で治癒魔法を習得したの?」


「さぁ、どうかな。うちの古い文献によれば、女神の聖典は蒼の森ができる前には存在してたってあった」


「どうして曖昧なの?」

(その文献読ませてもらえないかな?)


「結論として語れるほど十分な情報がないからだよ」


「書いてあったなら事実じゃないの?」

(十分な情報って書いてあったならそうなんじゃないの?)


「うーん…昔の女神信仰って狂信者が多かったからね。事実を曲げて残してることもあるし、どれが正しいかは今の僕たちには判断がつかないんだよ」


「ふーん…女神信仰って修道院の教会のことでしょ?結婚式とかお葬式とかの…行ったことないけど…」

(三公爵だしね)


このグランパール魔法王国には、教会と呼ばれる宗教施設が各領地にあった。宗教施設といっても地域の冠婚葬祭と孤児院、住民の集会所としての機能も併せ持っていた。場所によっては教育を施してくれる場所でもあった。だから国民にとって欠かせない施設として今もある。


三公爵が直接敬う対象は女神様と精霊王の庇護にある王族であり、アヴァロフ家であるルミアは行く必要のない場所だった。


「始まりは生贄を捧げてたって噂もあるんだ」


「生贄?まさか…人の命?」


「まぁ、それこそ建国前の話になるんじゃない?ルミアは知りたがりだね。そんなこと知ってなんになるの?」


「オルグ様の治癒魔法って加護と関係してるのかなって思っただけだよ…」

(生贄を捧げてたのに女神信仰が始まったって…その女神は捧げてきた女性の象徴とか?え、なに?怖い)


「ついたよ」


ついたのは狭い洞窟への入り口。目を凝らして狭い岩肌を潜った先に、自然にできたドームがあった。天井からは鍾乳石が棘のようにあり、そこから水が滴り落ちていた。そしてその奥には人工的に作られた石像が一つ。


床一面には赤い魔法陣が描かれていた。ルミアはそれを見た瞬間、自分以外の記憶による場面が頭によぎった。


『くすんだ灰色の男性。そのくすみは手入れをしないから…


 彼はこちらを見て微笑んでいた。うれしそうに…


 濁った深い緑の瞳。まるで茂った葉っぱみたいな…』


「ルミアー…ルミア?おーい…」


「あっ、ごめん、魔法陣見てた」

(また思考持っていかれてた…でも痛みはないし、恐怖の記憶じゃない?あの青年は誰?)


「この魔法陣、理解できる?誰も解読できないんだ」


「え…あぁ…確かに。文字ですらないね」

(この魔法陣…見たことある…なんで?これも誰かの記憶が重なってる?)


魔法陣には三つの月を表したような絵が書いてあった。魔力の流れを構築するため、その絵が全て一筆書きで描かれて繋がっていた。そのことをなぜか知っているルミアは口を噤んだ。


「ね。さぁ、ルミア。像の前に跪いて祈ってみて」


エリックは急かすようにルミアの肩をポンポンとずっと叩いていた。


「うん。祈るって?」


「治癒魔法くださいって祈ってみたら?」


「…うん、わかった」

(なんでそんな軽いの?神聖な場所なんじゃないの?)


ルミアは魔法陣に足を踏み入れ、石像の前に跪いた。石像は劣化がひどく、ただの石の塊だった。


けれど、石像を前にしたとき、それが人型だったと無意識にわかったルミア。不気味に感じるも言われたように跪いた。


石像の足元には、お供物の花や果物が山ほど置いてあった。それを見てなぜか安心し、嬉しくなって勝手に目から雫が溢れ落ちた。


(違う!これは私じゃない!!)


(なんでもいいから治癒魔法ください!!)


ルミアは両手を力一杯合わせて握り、頭を下げ、目をギュッと閉じて祈った。


しっかり閉じたはずの瞼。それなのに眩しい光が目に差し込んできた。


驚いて目を開けると、自分の体から煌びやかな黄金の粒子が溢れ出ていた。


その眩しい光りは、自分から勝手に溢れ出て、目の前の石像に吸収されていった。そして石像は人の形へと変化していく。ルミアは一部始終を瞬きもせず記憶に焼き付けようと目を凝らした。


顔、髪、瞳の色、体、服と出来上がったのは、ルミアの母、エミリスだった。


「は!?」


『やっと会えましたね、ルミア』


「…え…?」


脳に母親の声が響き、頭が真っ白になったルミアは、口が空いたまま塞がらない。


『この姿は見るものによって変わります。あなたが思う女神像が母親だったというだけですよ』


「じゃぁ、あなたが女神様!?母様の姿が!?」


『私は形を持ちません。ただ見せているだけに過ぎません』


「…なんで私に加護があるんですか?女神様の仕業ですか?それにこの変な記憶は一体…」


『どうか落ち着いて。記憶については前の加護者の影響です。あなたにしかできないことをやっていただきたいから加護を授けました。しかし、制限のため少しの加護しか与えられません。時間が惜しいのです。精霊がこの世からいなくなってしまう。その前に迷宮へ行きシーカーを探してください』


「なっ!?なんで私なんですか!?精霊がなんだって!?」


『あと、もっと私を信じてください…』


母の姿の女神様は神々しく光り始め、その光は粒子へと分解されてルミアの体に戻り始めた。


「え、ちょっと!少しの加護で十分です!待ってください!シーカーって何!?信じるってどういうこと!?もっとゆっくり話せないの!?」


『ルミア……私はあなたと共にあり、どこにでもあります……あなたの心のままに…』


「え、ちょ、待って!まだ聞きたいことが!!あぁ…」


石像から流れ込んできた金の粒子は、ルミアの体の中に収まり、女神様は消えた。


ルミアはすぐに再び祈ったが何も起こらない。目に入る全てのものを女神の神眼で見ようとしたが何も視えなかった。石像、お供えの品々、魔法陣。


文字が現れなかった。


「…ルミア?何今の、すごい光の柱だったんだけど!?」


そう言ってルミアに激しく抱きついてきたエリック。ルミアを抱き上げ、顔をルミアの腹にぐりぐりと擦り付けた。


「うあ!ちょっとやめて!!くすぐったい!!嫌!下ろして!!」

(それどころじゃない!!)


「光で何も見えなかったよ!!なんだったの!?一瞬で眼がおかしくなっちゃった!」


エリックの頭を両手で引き離そうと足をばたつかせ、本気で嫌がった。エリックの体にバシバシと蹴りを喰らわせる。


「痛い痛い!!ごめんて…そんなに嫌がらなくても…」


エリックはルミアを下ろして蹴られたお腹さすっていた。暴れまくって息を切らしたルミアは今、それどころではなかった。


「…」

(神眼が使えない…浄化も…魔法も…)


「ルミアって意外と暴力的だな」


「…使えない!」


「え?」


「使えないんだよ!!何も使えないの!!」


ルミアは錯乱してエリックの胸元に掴み掛かった。彼の服を破く勢いで引っ張り、顔を無理やり近づけた。背の高いエリックは腰を屈ませられて蹌踉けた。


「うあぁ、痛いってば。落ち着いてよ…」


エリックはルミアの泣き顔と合わせ、言葉を失った。古い魔光石の鈍い光の中でも、これほど近づけば表情が見えるんだな、と少年は思った。


「…使えない…魔力が…」


「あ…あぁ、儀式の後はしばらく使えないんだよ…」


「え?」


「ごめん、言うの忘れてた」


「…は?」


「あはは…女神様の反応があった後、しばらくは魔法も何も使えなくて…言い伝えによれば魔力を全部使って女神様と交信したからじゃって…」


「…魔力切れしたってこと?」

(魔力は無限じゃないの?)


「あーそうそう。なんか食べれば戻るよ。これ、食べなよ…」


エリックは苦笑いしながらポケットから何かを取り出して混乱するルミアの口に何かを入れた。


「キャラメルだよ。うちで作ってるんだ。柔らかい飴だから飲み込むなよ」


(…あまい…柔らかい…変な感じ…)


すぅっと体に魔力が流れてくる感覚がしたルミア。目の前のエリックに神眼を使ってみた。


『エリック・マジェ15歳 魔力 SS  ダニエル・ヘイレストの息子 

                    王立魔導学園研究統括助手

                    治癒士・薬師・調香師   』


「あぁ…よかった…」

(魔力が戻ってきた…)


失って初めて『あることが当たり前の魔力』の存在を知ったルミア。感じた絶望は凄まじいものだった。


「…あ、あのルミアさん、離してくれない?」


「え、あぁ」

(なんで最初から言ってくれなかったの。意地悪すぎ)


ルミアは掴んでいたエリックの胸ぐらに、憎しみを込めて押し放った。エリックはまたふらつき、皺くちゃでヨレヨレになった服を伸ばして直していた。


「で?光ってたって、どういうこと?エリック、もっとちゃんと教えて」

(光が見えたって言ってたっけ。あーもう、わからない!!女神様のことは今は置いといて…)


「はぁ、ルミア。あのね、ここに来れるのはヘイレスト家の者だけなんだよ?なんでもべらべら喋ると思ってるのなら大間違いで…」


ブチ


「え?…」


ルミアは余裕がなく理性を失い、感情爆発させた。保管していた縄を取り出し、その縄を操り水球に潜らせエリックを縛り上げつつ、湿らせた縄を凍らせ拘束しながら固定した。


2本の縄の先が鋭く凍った刃となり、宙に縛り上げられたエリックの顔に向けられた。辺りは冷気が漂い、怯えたエリックの前に、ゆっくりと近づく少女。その口から白い息が吐かれた。


「ル、ルミア…?」


「ヘイレストとか王族とか女神とか…」


「…え」


「知ってること、全部話して」


「……」


エリックは少女に恐れを抱き、怯え、体は凍えて痛み始めた。氷の鋭い棘に服は破られ血が出ていた。ルミアはそんなボロボロの彼を、冷酷にも尋問した。本で読んだ通りに、相手を限界のギリギリまで痛ぶり、欲しい情報を絞りだした。



ヘイレスト家に残されていた最古の本には、かつて女神を信仰していた人たちの多くの日記があった。丁寧に魔術で劣化を防ぎ、後世に残された信徒たちの貴重な本。それによれば建国後の反乱が記されていた。その頃にはすでに女神の聖典は存在していた。誰が作ったのかについては記録になかった。それを守ったのがヘイレスト家の始まりだった。


女神の信者は増え続け、次第に意見が分かれ始めた。そして、女神の信仰を広めるために手段を選ばない思想の偏った者たちが現れた。彼らにとって都合が悪い存在だったのが、国に守られた末に、増えた治癒士の存在だった。


教会を各領地に建設し始めた頃、一部の女神の狂信者によって、殺されてしまう事件が起き始めた。その後、教会が焼き討ちにあったり、暴動によって破壊され尽くしていたそうだ。だから蒼の森が創られる前の約100年間の記録がなかった。その後、国王と協力して女神の聖典を隠し、守り続けたヘイレスト家。


オルグ・メイデンがヘイレスト家の前に現れたのは、三公爵が王と誓約した後のことだった。当時彼は15歳の少年だった、と記録に残されていた。記録されたのは、建国から215年の年。


今年で王国歴1117年。だから大賢者オルグは917歳なんだ、とエリックはぐったりとしながら答えた。


「はぁ…だから俺たちは…空白の100年って…呼んでるんだよ…」


「そう。オルグ様は治癒魔法って最初から使えてた?」


「使えてた…だから国に見つけられて…連れてきた」


ルミアはいつの間にか使えるようになっていた治癒魔法を手の上で出し、緑色の光りを観察しながら質問していた。エリックは不気味に照らされて見える少女に、人智を超えた存在を感じた。


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