ヘイレスト家への馬車
「殿下!?」
「はは、来ちゃった」
「…」
(行くのやめたい…)
ヘイレスト家に行く日の朝、我がアヴァロフ家の屋敷に特大の馬車が到着した。その中から出て来たのは普段よりも正装したアディウスとレオナルド。
お出迎えをしたアヴァロフ家全員の顔が歪んだ。
(パーティーでも行く気ですか?)
対してルミア達の格好は護衛用の動きやすい軍服。姉は魔術師用の軍服。これがアヴァロフの戦闘服。母が有無も言わせず指定してきたのだった。アズールだけは普段通りの落ち着いた服装だった。
「えと…なぜ殿下が?」
(行き先が違いますように…)
レオナルドはルミアに答えず優しく微笑み、視線をアヴァロフ公爵夫妻へ向けた。
「おはようございます。公爵夫妻。ルミアは僕が責任をもって守りるので安心してくださいね」
「で、殿下…」
母も父も胸に手を当て感謝を表していた。アディの左瞼がヒクつくのを、ルミアは見逃さなかった。
馬車に乗り込んだのはレオナルド、ジオルド、スフィラ、アズール、アディ、そしてルミア。
両親に手を振られて返すのは、殿下とアズールのみ。今日も天気がよくて空気が悪い。
「ヘイレスト公がね、せっかくだからお茶会にしようって。内輪だけの小さなパーティーを開いてくれたんだ。それにエリーのためにお邪魔するだけだと、エリーが気負いするからってアズールが提案してくれたんだよ」
(なるほど。アズールだけ服装がいつも通りなのはエリーを気遣ってのことだったんだ)
「殿下が来るって言ったらエリーがびっくりしてました。殿下ってこの国の王子だって自覚ありますか?」
「アズール!なんてこと言うの!?」
「スフィラ、いいんだよ。アズールの言う通りだ。わざわざエリーに会いに殿下が赴くなんて、病人にすることじゃない」
誰もが理解していることを改めて叱責するアディ。王族の婚約者候補にエリーが入っていたのは、病に倒れる前のこと。ただの病弱ではなく、先の見えない不治の病は、貴族の間では有名な話。その後、ダニエル・ヘイレストは社交界に現れなくなった。ルミアは興味のないことは知らなかったので、アディが不機嫌に言ったことの意味がわかっていなかった。
アディは今日も一段と不機嫌にレオナルドに突っかかる。きっとここに三公爵のお偉方がいたらアズールもアディも不敬罪で訴えられるだろう、とルミアは思った。ジオルドは殿下の性格に振り回されすぎて、何も言う気が無くなったのか、護衛に徹して黙って座っていた。
「ルミアは今日軍服なんだね。初めて見たよ」
「…そうですね。初めて着ました」
(こんな息苦しい空間で話振らないで!!)
「そういえば俺たちも初めて見たよ。ずっと訓練着しか見てなかったし」
アズールがいつもと変わらない様子で話した。空気を変えるチャンスだ、とルミアは姉に話を投げた。
「そんなの、姉様の魔術師用の軍服だって同じだよ。初めて見ました」
(背が高いし、ローブから見える長い足がかっこいいでしょ!?)
「ははは、ずっと部屋にこもってたもんな」
(うん、さすがアズール兄さん、台無しだよ…)
再び重苦しい空気に戻ると思っていたルミアは、向かいに座るアディに助けを求めるように視線を向けた。アディに気持ちが通じたのか、彼は話し始めた。
「学園に通う生徒には、別の噂を流したから大丈夫だよ。アリア嬢が他国で禁じられた魔術を使って生徒を惑わせたってね。それに、アリア嬢は親族と一緒に宮仕になってもらった。彼らには、昇進って形で落ち着いたから、スフィラは何も気にしないでいいよ」
窓際に座っているアディは、窓の外を見ながらスラスラと話した。
「そうなんだ。僕も罪滅ぼしのつもりで頑張ったんだよ、スフィラ。本当にごめんね」
「いえ…殿下。ありがとうございます」
スフィラは苦笑いで向かいに座るレオナルドに頭を下げた。ルミアは向かいに座っていたアディに向かってニヤッと自慢げに微笑んだ。
(さすがアディ。頼りになる!)
「ルドはスフィラにちゃんと謝ったの?」
「…謝りましたよ」
レオナルドの問いかけに仏頂面で答えたジオルドは、腕を組んで視線を窓の外へ逸らした。
「殿下、いいんです。あれは仕方ないことだったんです。それにもう終わったことですし、私が部屋に篭りきりだったのは…読書をしていたからですし」
「…」
(あ、あれか)
ルミアは察して会話に踏み込まず、アディと同じく窓の外に顔を向けた。ちょうど王都周辺に差し掛かった通りで、朝から人で賑わっていた。社交シーズンのせいか着飾ったご婦人方が多い。
「姉さんもルミアみたいに本の虫になるの?」
アズールが中心となって空気をかき乱す。彼に悪気はないし、今はむしろ沈黙よりも断然良かった。
「違うわよ。私のは物語」
「ルミアも物語読むんだろ?大賢者の物語」
「…物語っていうより伝記だよ」
(私に話振らないで…)
「それって何が違うんだ?」
「アズール兄さん本読まないの?」
(そっちで勝手に話してよ!)
「読むよ。エリーに読んで聞かせてたから。でも物語って創作だろ?伝記ってのはちょっと事実が混じった物語って読んでて思ったから。それに確かめようのない大昔の話なんて創作物語と変わらないと思ってる」
「…伝記は史実や記録がちゃんと残ってるから創り物とはまったく違うよ」
(またわけのわからないことを…確かに間違いはあるけど…)
「でもそれって自分で見たもんじゃないだろ?大賢者の伝記なんて何百年も前のこと、文字にしただけで事実かどうかわかる人なんてもういないし。どうしてそんなのを信じられる?」
「…信じるも何も…それが事実だし…当時の資料は少ないけど、証拠として多くの魔道具や魔法が今もあるからだよ」
(そのおかげで私たちの生活が便利になってるんでしょ?そんなこともわからないの?)
「ふーん…それ全部本当に大賢者が残した物なのか?実は別の誰かが——」
「それはない!絶対にない!!だって術式を見ればわかるもの!同じ組み方で文字の羅列も順序も、美しい魔力設計も全てにおいて一人の人が造ったって、見る人が見ればわかる!理解できないからってオルグ様を悪く言わないで!」
ルミアは興奮して馬車の中で立ち上がった。アズールもこれほど感情を剥き出しにして怒る妹を初めて見たようで、目を丸くして驚いていた。今まで馬鹿にされようが何も言い返してこなかった妹に、兄弟たちは驚いた。
「ルミア、落ち着けよ」
アディがルミアの手を引っ張って座らせた。握った手は離さず、そのまま窓の枠に持っていかれた。体ごと窓の外に向けて苛立ちを抑えて深呼吸するルミア。アディも一緒に窓の外を眺めて小声で話しはじめる。
「ルミア、ヘイレスト家に行く途中に迷宮付近通るから見えるぞ」
「そうなの?じゃぁギルドもある!?」
「うん。白い建物がギルドで迷宮はその奥にあるんだ」
そのうちアズールはジオルドと一緒に反対の窓の外を見て黙った。スフィラは大人しく持ってきていた本を読み始めた。そんな中、アディとルミアは二人だけの世界に浸って楽しく会話していた。その世界に興味をもつレオナルド。
「ルミアは迷宮に興味があるの?」
レオナルドは斜め向かいのルミアに声をかけた。無視するわけにもいかず、座り直してチラッとアディを見るも、彼の目は窓の外のまま。
「…そうですね。迷宮って…不思議ですよね」
(ただでさえ眼を見ないようにしてるってのに…)
「行ってみたいの?」
「そうですね…殿下は行ったことありますか?」
(行く予定です、なんて言わない)
「あるよ」
「え!?」
(あるの!?王子が!?)
「殿下、昔の話は勘弁してください。ルド、お前もなんか言えよ」
殿下の発言にぐったりと答えたのはアディ。一段とため息を吐き、悪態をついた。
「…3人で?」
スフィラは何か勘付いて半目でジオルドを睨んだ。
「王宮を抜け出して3人で迷宮に行ったんだよ」
王子は楽しそうに思い出を語るように話し、ジオルドは苦い経験だったのか頭を抱えた。アディは座り方が雑になって、とうとう足を組んで一層態度を悪くした。
「いつですか?」
(何それ…初めて聞いた…)
「ルミア」
ルミアは前のめりに聞く姿勢を正した。アディはいつの間にか離したルミアの手をまた掴み、少女の興味を遮ろうと動いた。けれど、彼女はそれをスルッと離して膝に手を戻した。
「ふふふ…2年前だね。僕が12歳でルミアが8歳の時かな。あれも夏季休暇だったよね?」
そうしてレオナルドは楽しそうに話し始めた。
王子は護衛のジオルドに迷宮に行きたいと突然言い出し、困った護衛は両親に相談した。けれど王子が迷宮どころか、非公式で外に行くことは許されないことだった。陛下も人伝に聞いて王子は陛下から怒られた。
それでも行きたかった王子は、強硬手段に出ようとジオルドを無理に黙らせて王宮を抜け出した。ジャベリン家の諜報員からジャベリン公爵に伝わり、ジャベリン家暗部総出で、王子に気づかれないように護衛することになった。アディは監視が甘かったとして、責任を取るよう父に言われて王子に付き合った。
「その時のジオルドったら情けないのなんのって…」
「殿下だって女の子に変装してたじゃないですか」
(殿下の女装か…違和感なさそう…普通に男って気づかれないんじゃない?)
「それはアディに言われて仕方なくだよ。それにその方が顔を隠せるからだったし、ルドなんてボロボロの変な格好して…くくく」
一段と楽しそうに笑いを堪えるレオナルド。馬車の中の空気がふんわりと変わった。
「アディは?何に変装したの?」
ルミアは興味津々にアディに聞いた。
「俺は…そのままだ」
「っくくく、アディはね、当時流行ってた異国の忍者の格好だよ」
「あれはジャベリンの子供用の正装なんだよ!」
ふふ、とジオルドも思い出して笑った。スフィラもアズールもレオナルド達に釣られて笑った。
「どんなのか今度着てきてよ!」
(忍者って何!?気になる!!)
「…」
馬車がヘイレスト家の屋敷に着くまで、アディはずっと外を見たまま喋らなくなった。




