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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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33/93

亡霊

ルミアが家に着いて馬車から降りると、乗っていた馬車の前にもう一台不審な馬車があった。


(紋章がない…誰が来てるんだろう…)


玄関に向かうと慌ただしくユナが走ってきてルミアを出迎えた。


「おかえりなさいませお嬢様!!すぐに温室へ!!お急ぎください!!」


「え?ちょっとまって…」


ユナはルミアの手を掴むと温室へと急かされた。


「アディウス様とレオナルド殿下とジオルド様がお待ちです!!旦那様と奥様はまだお戻りではないですし、スフィラ様とアズール様は外出でご不在です!!」


「はい?殿下!?表の馬車に紋章はなかったよ?」


「お忍びなんですよ!!ルミア様をお待ちになると言って聞かないので、アディウス様をお呼びしたんです!!」


「なんで…」

(なんで殿下が来たの?会いたくないんだけど…)


ルミアは温室の入り口まで着いて胸に痛みが走った。加えてお腹が痛くなり、体調不良を理由に会わないでいい方法を考えたが、自室が温室なので逃げようがなかった。


(行くしかないか…アディ…助けて…)


ルミアは深呼吸して温室に入場した。


温室の奥に行くと、お茶を飲みながら不機嫌に頬杖をついたアディウス、腕を組んで仰け反って座っているジオルドが見えた。その間に挟まれて、大人しくお茶を飲んでいる一際美しいレオナルドが見えた。ルミアはレオナルドの瞳を見てすぐに逸らした。


ビクッ


ルミアは反射的に心臓を抑えて目を逸らし、アディに助けを求めるようにを見つめる。そんなルミアの態度に王子は寂しく俯いた。


「やっと帰ってきた。ルミア、ここに座れ」


ジオルドは父が威厳たっぷりに言うように妹に命令した。ルミアは無言で言われた通り、レオナルドと向かい合う席に座った。


「お久しぶりです…レオナルド殿下、とアディ」

(おい、こっち見てよアディ!!)


アディは王子の前だというのに、頬杖をついて失礼な態度をとったまま、ズズズ、と音を立てて紅茶を飲んでいた。ルミアはレオナルドと目を合わせないで済むように目を閉じて笑顔を貼り付けた。


「突然きてごめんね。でもどうしても会いたくて来ちゃったんだ。ルドは護衛だからって離れないし、アディはなんでここにいるのかわからないよ」


「俺はルミアに用があって、たまたま来たって言いましたよ」


(最悪の空気なんだけど…研究塔に帰りたい…)


「絶対違うよね?アディはルミアのこととなると僕に冷たくなるし、ルドは最近一緒に軍部に行かないし…そんなに僕って嫌われてる?」


わざとらしく悲しい顔をするレオナルド。美しい顔なだけに人一倍威力が発揮され、ジオルドは感情を刺激された。


「そんな…嫌うなんてありえません。殿下を護衛するのが俺なんです。軍部に行かないのは、家で特訓してただけです」


ジオルドはアディが習得した雷撃魔法を自室で練習していた。まだアディほど強力な雷は出せないものの、着実に使えるようになっていた。


「そうなんだね、特訓か。今度教えてね?」


「…いや、それはまだちょっと」


ジオルドは答えに困りながらチラチラとルミアを見る。ルミアはユナの用意してくれた紅茶をいつも以上に嗅いで落ち着こうと努力していた。


(なんでもいいから話進めてよ…何の用なの?)


アディが吐くようにため息をついて、不機嫌なまま喋る。


「あの、殿下。ルミアに何の用ですか?」


「僕はルミアに会いたかったから来たって言わなかった?それにできれば二人きりで会いたかったんだ。アディはまた明日にでも会えばどうかな?今日は帰ってよ」


「ルミアは俺がいないとダメなんですよ。殿下はルミアを睨んだから二人きりは嫌がると思いますよ?」


「この前は怯えさせて悪かったと思ってるよ。でもそんなのルミアに聞けば嫌かどうかわかるんじゃないかな?さっきも聞いたけど、アディはルミアのなんなの?それにアディこそルミアになんの用?」


アディとレオナルドの間にバチバチと火花が散っていた。ジオルドはレオナルドの護衛を徹して何も言わない。ルミアは深呼吸して紅茶を飲む。それを繰り返して紅茶が無くなった。


(うあー…なんなの?…どうしてお父様もお母様も遅いの?姉様もアズール兄さんも…)


「ルミア、大丈夫か?」


そう心配してくれたのは、意外にもジオルドだった。ルミアの顔を覗き込み、険悪な空気を少しだけ変えた。兄が優しい言葉をかけてくれるなんて信じられなかったルミアは、驚きつつも答える。


「大丈夫です」

(そうよ…落ち着かなきゃ。前みたいに隣に姉様はいないし、目を合わせなければいいだけよ。私はルミア!レオナルド殿下は銀髪!)


「痛いのか?」


アディが立ち上がってルミアの側に立った。ルミアは深呼吸して、アディの手を握った。


(大丈夫。きっと対処法が見つかれば…きっと…)


そして王子の眼と、まっすぐ合わせた。


「ルミア?…体調が悪いの?」


「あ、あの殿下。今日はどうされたんでしょうか?」

(私はルミア、私はルミア、私はルミア…)


「そんなに警戒しないでほしいな。僕はただ遊びに来ただけだよ」


「遊び?」

(私はルミア、殿下は銀髪!…遊び?なんの?)


「そうだよ。お茶を一緒に飲んで、お話ししたり…そういえばルドから聞いたよ。最近、学園の研究所に通ってるんだって?」


「え?…えぇそうですね。面白い本を読ませてもらったりしてます」

(殿下は銀髪、殿下は銀髪、殿下は…銀ぱ…!?)


瞬時にまたあの菫色の髪を持つ男性がレオナルドの後ろに現れた。


ルミアは咄嗟に握っていたアディの手にギュッと力を入れた。


以前よりはっきりと菫色の髪の男性の顔が見え、心臓に痛みを感じた。


その男性はルミアを深い憎しみを込めた目で睨みつけていた。


「殿下!ちょっと待ってください!ルミア、落ち着け。俺を見ろ」


アディはルミアの顔をぐいっと自分の方へ向けた。ルミアはそのおかげで視線を外すことができ、痛みから解放された。


顔を突き合わせる二人の行動に、訝しむレオナルドとジオルド。互いに眼を合わせて眉間に皺を寄せた。


「アディ、ルミアはどうしたんだ?流石に殿下に対して無礼だろ」


ジオルドが妹の態度をみて静かに聞いた。レオナルドもそれに続けた。首を傾げ、悲しげにルミアの横顔を見つめ、アディに視線を移した。


「僕はそんなにルミアを怯えさせちゃった?今日は睨んでないと思うんだけど…」


アディはため息をついてルミアの顔から手を離さず、見つめあったままレオナルドとジオルドの言葉を無視した。


「ルミア、どうしたい?」


「…どうしよう…わかんないよ…」

(どうしたいって、逃げたいよ!でもこのままじゃずっと殿下を直視できないし…殿下になんていうの?)


「逃げるか?」


「おい」


ジオルドが無視するルミアたちにブリザード並みの視線を向ける。けれど二人は動じない。


「逃げれない…よね…」

(この状況から逃げたい、けどそれはアディに悪い。何より後がこわい…)


「いっそ克服するのに協力してもらうってのはどうだ?」


「殿下に?言っちゃうの?」

(それはまずいんじゃないの?だってあなたの瞳を見て心臓痛くなるんですって?…しかも自分の記憶じゃないのに!?無理だよ…)


ルミアは瞼をギュッと閉じてアディから顔を離した。そしてゆっくり、恐る恐るレオナルド越しに彼の後ろをみた。


「…いない…はぁ…」

(やっぱり幻覚なんだ…)


「ルミア、俺が殿下に言おうか?」


「…ううん、自分で頑張ってみる」


ルミアは椅子に座り直し、チラチラとレオナルドを見た。王子は悲しそうな表情で黙ってルミアを見守った。彼のその顔はひどく困っていた。やがてルミアの言葉を待つように、小さく口だけで微笑んだ。


「殿下の…蒼紫の瞳を見ていると…その…心臓が痛くなるんです…」


「ん?」


「息ができなくなる…というか…苦しくなるんです…」


「それって…」


兄と王子は同じ勘違いをした。ルミアはレオナルドに恋しているのでは、と。


「…ルミア、その説明だと勘違いされる。ちゃんと伝わってない」


アディがすぐに訂正した。


「じゃあ、なんて言えばいいの!?あんなのどう説明すればいいのかわかんないよ!」


「だから俺が説明しようかって言ったんだろ?もういい、俺がする。殿下、ルミアはどうも亡霊が見えるみたいなんです」


「亡霊?」


(亡霊!?なにそれ!?)


アディはスラスラと嘘と真実を交えてレオナルドとジオルドに説明した。二人は終始頭を抱え、眉間に皺を寄せた。


「つまり、ルミアは僕の瞳をみると、その恐ろしい亡霊が出て来て心臓を握りつぶそうとしてくるってこと?だから眼を合わせると怯えて苦しくなる…亡霊?どんな亡霊?」


「オレンジ色の髪の人々らしいですよ。俺には見えませんが、ルミアはそいつらに囲まれていじめられるそうです。怖かったって言ってました」


「それじゃ僕が嫌いなわけじゃないんだね?よかったぁ。だったらルミアと会う時はこうすれば怖くないかな?」


レオナルドは両手で眼を隠して見せた。ルミアは王子の提案に罪悪感しか湧かない。


(ほんとにこれでいいの?オレンジ色ってよく思いついたね…菫色もなかなかいないけど…アディ、すごいな)


兄ジオルドが無言でルミアを睨む。妹も察して、焦りながら他の提案をした。


「あ、あの殿下。流石にそれは申し訳ないですし、眼を合わせなければ大丈夫ですから」

(それに王子が目隠しなんて…ダメだよ)


「そう?僕は構わないけど…でもそうだね、僕がルミアを見たいし、目は合わせなくてもいいからもっと話したいな」


ルミアはレオナルドの優しさに申し訳なく笑った。ジオルドはアディの説明に理解できず、ルミアをずっと睨んだまま。


「ルミア、殿下はお優しいからこう言ってるけど、今後同じ瞳の王妃様に会う時はどうするんだ?眼を合わせられないとなるとまずいだろ。母様の立場も考えろ」


「ルド!母上には僕からうまく話しておくし、大丈夫だよ。僕だってルミアを怯えさせたくない——」


レオナルドはジオルドを言いくるめようとしたが、ジオルドは彼の言葉を遮って妹を叱責し始めた。


「お前のわがままに殿下が合わせるなんておかしいだろ。アディがお前を甘やかすからそんな甘ったれた精神になるんだ。それより眼を見て話せるように殿下と訓練したらどうだ?亡霊なんか実態がないんだろ?お前に触れずに心臓を握ってくるなんて不可能だし、それはお前の妄想だ。いい加減にしろ」


ルミアは兄の言葉に衝撃を受けた。今まで敬愛する大賢者の言葉にしか感銘を受けてこなかった少女の心に、兄の言葉が不意に刺さった。


「あ…」

(…確かにそうだ…『実態』がない。記憶に現れるだけで痛いのは私の心臓じゃない…)


「甘やかしてるんじゃない、誰もルミアを褒めないから俺が褒めて伸ばしてんの。それにルミアが考案した魔法もうまく使えないのによくそんな強い言葉を妹に吐けるな。今のルミアと戦ってもルド、負けるんじゃない?」


ルミアが傷ついたと勘違いしてアディがジオルドに言い返した。


「お前…ルミアの前では性格が変わるのか!?いいか、アディ。お前が雷撃を習得できたのは俺より先にルミアから詳しく伝授されたからだろ!」


「教えてもらった情報は同じタイミングだし、俺の方がルドより器用なだけだ。それに俺はルミアの実の兄弟より昔から仲がいい。ルドは妹が今一番何に興味を持ってるかなんて知らないだろ?」


「それくらい知ってる!植物だろ!だから温室を賭けて大会で優勝したんだ」


「はっはー、違うね。植物?はぁ?全然違うね。でも教えない。ルドは兄貴なのに全然ルミアのことわかってないな。それでもルミアの兄なの?」


「な!?わかるわけないだろ!!俺たちと違って最近まで引きこもって顔も合わせないし会話もできない大賢者好きの変人なんだぞ!?どうやって理解しろって…」


ガタン!


突然レオナルドが立ち上がり、ジオルドを冷ややかな目で睨んだ。


「二人とも、出てってくれない?僕はルミアと二人で穏やかに話したいんだ。あ、これお願いじゃなくて命令だから。早くどっか消えて?」


「…で、殿下…すみません。俺は護衛ですから…」


「僕より弱い護衛なんていらないよ。それにアディ、ルミアに何かあったらすぐ呼ぶから、温室の外で待機しててよ」


本当に怒らせてはいけない人を怒らせてしまったアディとジオルド。レオナルドは静かに淡々とした口調で二人に命令した。それに逆らえない二人は、言われた通り温室の入り口で待機。


命令口調のレオナルドは、王子の一面をはっきりアディたちに示した。冷ややかな言葉遣いで静かに怒りを見せたのだった。



一方のルミアは、また思考の中に閉じこもって、周りがどんな状況になっているのか全く気づいていなかった。


「ルミア?ルドが言ったことなら気にしなくていいからね?変人なのはルドだし、ルミアは何も間違ってない。それにルミアはもっと評価されるべきだと思ってるんだよ」


「…」

(つまり実態のない亡霊ってことにアディはしたわけね。記憶にあったのはあの菫色の…)


「あれ?目が合ってる?ルミア?もしかして今亡霊が見えてるの?ほら、眼、隠したから見えないんじゃないかな?どう?」


レオナルドはルミアに近づいて眼を隠して見せた。無反応のルミアの眼を覗き込む王子。


「…」

(胸を刺されて殺された誰かの記憶が私に宿ってるってこと?亡霊だったら、蒼紫の瞳に反応して思考が持っていかれるのは、その亡霊が私にイタズラしてるとか?インプみたいなこと?だったら浄化とか効くかもしれない?今夜試してみよう)


「ルミア…僕と話すの嫌?」


「わっ!!殿下!何?」


レオナルドはルミアの横にピッタリと体をつけて座っていた。わざわざ椅子をくっつけて隣に座り、ルミアの肩に頭を乗っけていじけていた。


「…僕がそんなに嫌い?」


「へ?いえ、嫌いじゃないです!…あれ、アディたちはどこに行ったんですか?兄様もいない…」


ルミアはキョロキョロと周りを見渡す。


「…ルミア、もしかして…アディが言ってた没頭して周りが見えなくなるってやつ?」


「…考え事をしてました。二人はどこに行ったんですか?」


「ルミアに酷いこと言ってたから追い出した。それより痛くない?亡霊見える?」


「いえ、殿下の目を見てませんし、対処法を思いつきましたので正面に座ってもらってもいいですか?」

(実態がないんだから私の心臓はどうもならない。そのことを意識してみればきっと…)


「ねぇ、敬語やめない?それにレオ兄様って呼んでたのに…スフィラもルドもいつの間にか殿下殿下って…僕は寂しい」


「…小さい頃はそれで良かったかもしれませんが…もうちゃんとしなきゃですし…周りの目がありますから…」

(何を言ってるんだ?殿下は殿下で、殿下でしょ?)


「今は二人なんだから、誰も気にしないよ?敬語で話されると嫌われてるみたいで…嫌だ」


「…殿下は王子様です。いくら二人だからって失礼な言葉遣いは許されません」

(えー…なんで拗ねてるの!?どうすればいいの!?アディはどこ!?)


「アディにはなんでも話すのに…年上のアディとは敬語なんて使わないほど仲良いんだね」


「アディは…アディですから。それに殿下は殿下です」


「答えになってないよ?ルミアは僕と仲良くしたくないってこと?」


「そんなこと言ってないですよ。ただ立場的に殿下は…」


「次殿下って言ったら僕、何するかわかんないよ?」


「…」

(怖いよ!!誰か!!助けて!!)


レオナルドはルミアの肩からゆっくり頭を上げると、机に頬杖をついてルミアの顔を横から傾げて見つめる。ルミアは亡霊の記憶への恐怖より、何をするかわからないレオナルドへの恐怖の方が怖くなった。彼の顔を見れず、ただ必死に正面の誰も座っていない椅子を見つめつづけるルミア。


「ねぇ、ルミア。レオって呼んでみて?」


「…」

(なんで?なんで王族に愛称で呼ぶことを求められてるの!?怖い怖い怖い)


「お願い」


「…れ…お…さま」


「様はいらないし、呼ばれた気がしない。もう一回」


「…レ、レオ」


「レレオじゃない、もう一回」


「…レオ」

(私は一体何をさせられてるの?)


「もう一回」


「レオ」


「うーん…まだ呼ばれた感じしないよ。もう一回」


「…」

(なんなの?何が正解なの?呼べば満足じゃないの?)


「ルミア?」


「レオ」


「なに?」


「…なに?」

(なにってなに?)


「ははは、困ってる」


「…」

(困らせてるのは殿下、あなたですよ?なんで笑ってるの?こわいよ…)


レオナルドは指でルミアの長い黒い髪に触れ、唇を当てた。それを目の端で見たルミアは理解不能すぎて鳥肌がたった。


「何してるんですか…」

(やめてよ…)


「さっき言ってた対処法、試してみる?」


「で…もしよろしければ協力してください」

(あっぶな、殿下っていったら何されるかわかんない)


「今殿下って言いそうになったでしょ?」


「レオがよろしければ協力をお願いしたいです」


レオナルドはわかりやすくため息を吐いた。諦めるような深いため息を吐かれ、ルミアは自分がため息を吐きたくなった。


「敬語もやめてくれたら協力するよ」


「レオ、キョウリョクシテホシイ」

(アディ、ハヤクカエッテキテ)


レオナルドは気に食わなかったようでムスッと口を尖らせた。


「わかった。で、協力って何するの?」


「ちょっとだけ眼を見て、見比べてみます…る」

(瞳の色は同じだけど、亡霊の眼じゃない。私が見てるのは殿下で、殺されてるのは私じゃない。対処できるはず…それに亡霊なんだ。実態がない)


「じゃぁ、もっと近くで見る?」


「いえ、正面に座ってくだ…され」


「ふふ、語尾がおかしいよ。アディに話す時みたいにできない?」


「…がんばる」

(殿下はアディじゃないじゃん!)


レオナルドはルミアの言葉を無視して、彼女の座る椅子を手で掴んだ。そして椅子ごとずらして無理に向かい合った。


ガガガガガガ…


驚いたルミアは咄嗟に俯いて眼を閉じ、心の準備をする。心で思っていることを無意識に口に出していた。


「やー…殿下は銀髪、殿下は銀髪、殿下は銀髪…」


「僕は銀髪…ふふ」


ルミアはゆっくりと瞼を開け、呆れた顔のレオナルドの瞳を見た。予想以上に顔が近く、ルミアとレオナルドの顔はティーカップ一個分しか離れていなかった。加えて王子はルミアの両肩に手を乗せて動けないように固定した。


「殿下って言った?」


「言ってません」


「敬語」


「使ってない!」


「ルミア、眼、見れてるよ?」


「う!?…おぉ…」

(ほんとだ…見れてる…痛くないし菫色の亡霊もいない)


「どう?大丈夫?」


「大丈夫」

(てか近すぎ…蒼紫だけど、よく見たら…あの人と違う?)


何分が経過したのか、ルミアとレオナルドはお互い見つめ合ったまま動かない。ルミアは王子の蒼紫色の瞳をよく観察した。綺麗な透き通った瞳の中にうっすら金色の輪が光を反射して見えた。


その瞳に吸い込まれるように、ルミアはよく観察していた。


「でん…レオ…の瞳に金色の輪が見えます…る」


「うん?もう一回ちゃんと言って」


「レオの目の中、金色キラキラキレイ」

(面倒になってきたな…)


「それ、やめれる?…めんどくさくなってきてるのわかるからね?頑張って慣れて」


「ぅ…」

(心読めるの?この人…こんな人だったっけ?さっきからすごい怖い…)


完璧すぎる位置に顔のパーツがあり、まつ毛の一本一本が髪と同じ透き通った銀色をしている。肌は透明感のある陶器のようで、頬はほんのりピンク色。動かなければ作り物の人形のような美貌の顔。彼の顔をまじまじと見て、ルミアにはわかったことがあった。


(整いすぎて人間味がない…人外の美しさ…ちょっと不気味なくらい…怖い)


ルミアは王子の顔の全体を無意識に見て眉間を寄せた。レオナルドは何かを感じ取ったのか、半目になり、ルミアを睨みつけてみた。その表情は前回、学園長室でルミアが怯えたあの顔とは違う冷たさがあった。


「ルミア?今何考えてるの?」


「ト、トテモキレイ」

(逆に怒ると怖すぎ…あの人たちよりも怖いかも…)


レオナルドはムッと剥れてルミアの額に額をぶつけてきた。


ゴン


「いたい…」

(近い怖い近い怖い)


「あのね、ルミア。僕が美しいのは母上に似たからだよ。周りは女神だの精霊だの言って僕を同じ人間として扱わない。でも僕はルミアと同じであの黒いのが見えた。加護はないから浄化はできないんだ」


「…黒いのが見えた?加護がないって…どうしてわかるんですか?」


「ルミアのように浄化の光は出せないからだよ。僕もルミアの瞳の中に金の輪が見える。お揃いだね」


「浄化も見えるのはなぜですか?それに黒いモヤの正体を知っていたんですか?」

(わかってて姉様にあんなこと言ったの?)


「わからなかった。ルミアが学園で浄化した時に初めて見えたよ。加護の浄化のことは王族だから知ってただけ」


「じゃぁ、操られてたのは本当なんですか?金の輪ってなんなんですか?」


「敬語」


「ぅ…金の輪って何?」

(怖っ)


「これ以上知りたいならルミアが僕のお嫁さんになるしかないけど、聞く?」


「…聞かない」

(ダメだ…色んな意味で怖い。これじゃオルグ様の弟子のことなんて聞けない)


「ルミアの浄化、黄金に輝いてて綺麗だった。ルミアの黒い瞳がくっきりと金に縁取られて…もう一度見せてよ」


「殿下は本当に…」

(女神と精霊王の…)


ガチャ


突然、温室の入り口の方からジオルドの大声が響いた。


「殿下!王宮から迎えがきました!時間です!!」


レオナルドはルミアの目から視線を落とし、ため息をついて心底がっかりした。そこへアディとジオルドが早歩きで入ってくる。


アディはなんの躊躇もなくルミアの両脇を後ろから抱え上げてレオナルドと引き離し、自分の横に立たせた。


「もう時間ですよ?ルミア、大丈夫だったか?」


「アディ…君ってやつはほんと…」


「…」

(もうみんな帰って欲しい)



ルミアは斜め下の遠くを見つめた。レオナルドは諦めたように立ち上がると、わざとアディとの間に入ってルミアの耳付近で告げた。


「さっきのはアディにも言っちゃダメだからね?またね、ルミア」


そう言って王子とその護衛はすっかり夜になった温室の外へと静かに出ていった。


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