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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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エリック・マジェ

ルミアは学園の限られた者しか入ることのできない研究棟に今日も朝から入り浸っていた。オルグ・メイデン直筆の本の一冊を5回も読み返していた。


「オルグ様、何回みても字の癖まで素敵…」


うっとりとして夢見心地のルミア。学園長に『認められ、限られた者』と一緒に研究塔で過ごし始めて1ヶ月が過ぎていた。5月のことである。


姉スフィラの騒動の後、ルミアとヘイレスト公爵はアディの仲介の元、魔術契約を交わしたのだった。内容はルミアの加護について他言しないこと。けれど立場的に難しいヘイレスト公爵は、王族に聞かれれば答えなければならない。その辺の詳しい内容はアディが細かく事項を追加した。その代わり、ルミアはヘイレスト公爵に協力する、というものだった。


インプが出現した理由については、ジャベリン家が捜査中。王への報告はルミアにどんな加護があるかに触れず、彼女が考案した雷撃で撃ち倒した、と無理を通した。いずれ知られることだとダニエル・ヘイレストは苦笑いしていたが、時間稼ぎが必要だとアディは言っていた。けれど、なぜか王宮にルミアが呼ばれることはなかった。


屋敷に帰った後は、家族に詰め寄られたが、アディが間に入って説明した。

インプという魔物の存在を隠し、黒いモヤとして話し始めたアディの説明。彼の説明は曖昧で確証がない話し方。結局のところまだ捜査中だと結論づけた。


その際、ルミアの作った新たな魔法を、アヴァロフ家全員が使えるようになるには、ルミアにもっとオルグ・メイデンについて研究をさせた方がいい、と提案したのだった。今後のアヴァロフ家として転換期を迎えるのでは、と両親を焚き付けた。その上アディはルミアの考案した雷撃の球の魔法を使って見せた。それにはルミアも驚いたが、それきりまたアディとは会えてない。


(話したいこといっぱいあったのに…)


と、しばらくルミアはアディの訪問を待っていた。だが、ルミアは学園の研究塔に通うことが両親から許されたため、アディのことなど忘れて研究塔に通い始めた。



「ルミア、昼食の時間だ」


「…」

(うーん…治癒ってのは祈りのようなものかな?女神の浄化も術式がない感覚的なモノだし…)


「あー…またか」


焦茶色の髪の少年はため息をつきながら研究塔の中央にある螺旋階段を登る。


「…」

(”強い思いを持つだけでは女神の加護のようにはいかない”って加護を持っていた人が当時いたってこと?…仮に物語の王女が存在したとして、蒼の森を創ったのはオルグ様が産まれる前の話…この手記だって700年以上前の物らしいし…それ以降にも加護者がいた?)


少年は塔の中腹まで登って、無駄だと分かっていながらも塔の最上階に向けてまた声を掛ける。


「ルミアー。昼食の時間ー…おひるごはんですよー」


「…」

(ヘイレスト家の人もオルグ様も治癒魔法を最初から使えたらしいし、もし加護を持っている人が治癒魔法を使えてたとしたら、どうして私の鑑定で見えないんだろう…)


(インプの情報も『精霊』なんて書いてなかったし、そもそも情報が変わったりするのってなんなんだろう…”ex”の後は女神様か精霊王の伝言みたいだし…インプを直接鑑定すればよかったのかな?)


「はぁ、はぁ…ルミア…食事…」


少年は息を切らしながら長い階段を必死に登り、やっとルミアのいる最上階までたどり着いた。本棚の前で立ち読みするルミアに、声を掛けるも気づかない。


「…」

(そう言えばユナの時だって見直さなきゃ諜報員だってわからなかったし…ん?)


「もう…俺だめだ、ちょっと休憩…」


「エリック?ちょっと!何してんの!!本の上に座らないで!!貴重な書物なんだから!!」

(信じらんない!!)


焦茶の長髪を後ろで結んだ15歳の少年。緑がかった青の瞳で怒り狂うルミアを睨みつけたのは、『研究塔に入れる限られた者』のエリック・マルジェ。


「ルミアのせい」


「どうしてそうなるの!?座るならこっちに座ってよ!ほら!」


ルミアは何もないところから椅子を出現させ、エリックの腕を掴んで引っ張り移動させた。


「昼食の時間だって伝えたのに…呼んでもルミアが気づかないから」


「…それはごめんなさい。でも本の上に座っちゃダメ」


「そうしなきゃ気づかなかったくせに」


「…」

(たしかに)


「ていうか、俺も一緒に降ろしてね。もう足疲れた」


「これくらいでへばるなんて。エリックはもっと運動した方がいいんだよ」


「ルミアはもっと耳掃除した方がいい」


「聞こえないわけじゃないし綺麗です!ちょっと考え事して気づかないだけって知ってるでしょ?エリックの意地悪」


「意地悪なのはルミア…」


ルミアはエリックを椅子ごと魔法で浮かせて、自分も一緒に研究棟の一番したまで降りた。昼食を摂るため、二人で研究塔の横に併設された調合室へと入った。昼食を持ってきていたダニエル・ヘイレストがサンドイッチを口に入れたまま薬品を混ぜ合わせていた。


調合するための机に、パンが盛られた大皿が、薬品と同じように雑に置かれていた。ルミアとエリックは、皿の前に飲み物を慣れた手つきで用意した。ルミアが空中にお湯を作り出し、エリックが茶葉をその中に入れ、ザルを片手にコップを並べた。ルミアが3つのコップにザルを通してお茶を漉す。


「ルミアちゃん、これ、見てくれる?」


ダニエルは青い薬液が入ったガラス菅を持ってルミアに向かって見せた。


『A・解毒剤:服用すると体内の毒を無毒化し、傷にかければ消毒する薬』


「解毒剤になってますね」


「だめかぁ…」


ルミアの回答を聞いて笑いながら肩を落として落ち込んだのは、この学園の学園長。研究塔に通い始めてからこのやり取りの繰り返しだった。


ルミアは魔力欠乏症を治すための薬を自力でダニエルに作らせようとした。


すぐに作れればよかったが、魔力水からつまづいて1週間が経った時、ルミアはダニエルにエリクシルを渡したのだった。けれど万能薬のエリクシルがエリーに効かなかった。


『万能薬』と神眼に現れていたのに、万能じゃない薬にルミアは女神の神眼を疑った。


その日からルミアもダニエルたちと一緒になって本格的に研究を始めたのだった。


「やっぱり魔力水の質がカギだと思うんだよ。僕が作る魔力水は色が水色。でもルミアちゃんのは透明なんだ」


「父さんの魔力水は水色だけどさ、俺のは透明だった。でもルミアより劣ってるんだ。色じゃないんでしょ?」


「うーん…たしかにエリックのは透明だけどCだった。僕のはAだったよね?ルミアちゃんどう思う?」


「…」

(ほんとこの二人、よく似てる)


ダニエルとエリックが二人してルミアに向けた顔を見比べた。髪色は違うが、誰が見ても親子だとわかるほどに似ている二人だが、戸籍は別だった。


その理由は、婚外子のエリック。


ダニエル・ヘイレストはエリックの父。エリック・マルジェは父によく似て女性が群がるような美男子だった。きっとダニエルが若い頃はエリックのような顔だったんだろうな、と思えるほどにそっくり。


(初めて会って名前が違うって知ってびっくりしたけど…)


ダニエルには、3人の妻がいる。


ルミアはエリックに聞いた時には意味がわからなかったが、エリックは2人目の妻との子供で、ヘイレストと名乗らないのは、母の姓を名乗っているから。ダニエルが以前、『ヘイレスト家は子沢山』と言っていた意味がよくわかった。


ダニエルの妻は、今も同時に3人いるのだった。


そのことを知って、ルミアは両親がヘイレスト家に対して過剰に拒絶していた理由が少しだけわかった。この国の治癒士が減るのを避けたい末にヘイレスト家の先祖が考えた解決策らしい。


「込める魔力の量が違うのがダニーおじ様の方で、質が違うのがエリックだと思います」

(魔力を過剰に入れすぎると濁ってたし、量はあっても込めた魔力が氷にうまく定着してないと品質が下がってた気がする)


ルミアは研究塔に来てから、何度が魔力水を作ってみた。初めて作った時の魔力水はSと書いてあったが、その後作ったものはAだった。AとかSとかの文字が品質を表していることに気づいたのはダニエルのおかげ。順位は薬品の専門識別順位と同じ記号だったから。


「だったら魔力の量も質もピッタリじゃないとダメってこと?」


口に食べかすをつけたまま話すエリック。ルミアは6歳年上のエリックに、半目でハンカチを渡した。


「うん、たぶん。私も感覚的にしかわからないから、どうやって伝えたらいいか難しいよ」

(実際あれから何度も試してるけど10回に1回しかSの魔力水が作れなかったし)


「Sの魔力水が作れなきゃポーションが変化?しないんだっけ。それがつくれないんだよね」


「うーん…魔力欠乏症を治せる効果の薬草が見つかれば早いんだけどね」


読むことが得意なルミアは、1ヶ月で研究塔に貯蔵されていた本を最速で読破していた。治癒魔法についてはダニエルとエリックから直接何度も話しを聞いてた。


最初は年上のエリックに対して敬語で話していたが、エリックはダニエルに似て砕けた口調で礼儀なんて最初からなかった。自然とルミアも敬語を使わなくなった。


「今回は治癒魔法も試しに込めてみたんだけど、変化なかったね」


「ダニーおじ様、そう言えば治癒魔法って私にも使えるようになりますか?」


「それはうちに嫁に来てくれるってこと?」


「…えぇ…それはちょっと…」

(一夫多妻はちょっと…)


ルミアは眉間に皺を寄せて半目でダニエルを軽蔑した。


「あはは、冗談だよ、はははー」


「…」

(絶対冗談じゃなかったよね?)


「冗談はさておき、使えるようになるにはうちに来なきゃだね。でも使えるかどうかはルミアちゃん次第かな」


「前に言ってた女神の聖典ですか?」


「そう。ヘイレスト家の者でも反応しない子もいるし、反応すれば治癒魔法を授かる。これ、極秘だからね」



ヘイレスト家には、先祖が残し守ってきた『女神の聖典』と呼ばれるものがあるそうだ。ルミアが彼らから聞いた話によると、その聖典の前で跪き、女神に祈りを捧げると治癒魔法が使えるようになるという不可思議な話。


オルグの直筆の研究資料を一通り読んだルミアは、疑問に思っていたことをダニエルに投げかけた。期待する答えは戻ってこないだろう、と思っていたルミアは、少女らしく首を傾げてみせた。


「治癒魔法って傷とか治せたり、体力を戻したり、痛みを抑えたりできるそうですけど…どうして魔物の毒や欠損を治せないんでしょうか?」


「そうだね、治癒魔法って言うくらいだから、奇跡のような魔法だと思う人がほどんどだよ。けど、僕たちが使う治癒魔法は万能じゃないんだ」


ダニエルはそう言ってサンドイッチを手に取り、口に運んだ。エリックは父の言葉に納得しないルミアの前に、手を差し出した。その手をナイフで傷つける。


「うわ、何してんの」


「これが治癒魔法だよ」


エリックは傷口に緑色の光を覆わせ、傷はゆっくりと塞がっていった。


「治した…傷を閉じた?」

(緑の光が治癒魔法…神眼は反応しない…)


「これはね、エリックが治癒魔法で傷の治りを助けてるんだ。修復だね」


ダニエルはもぐもぐとしながら説明する。ルミアはそのだらしなさが気にならないほど、集中して聞いていた。すぐにエリックがもっとわかりやすく補足した。


「欠損を治すのは再生だ。俺たちは治りを早めて治癒を促す」


「………だから万能じゃないってことね。治癒魔法を使う時って祈るの?」


「「…………」」


ルミアの質問にエリックとダニエルは顔を見合わせた。2人とも何も言わず、眉を上に上げてルミアにはわからない無言の意思疎通をした。そしてエリックがダニエルと話し始める。


「そうなると…ルミアがうちに来るのはいいけどさ、ルミアの両親はどう説得するの?ただでさえ父さん嫌われてるんだよ?」


「エリック、僕ってただ誰よりも頑張ってるだけなんだけど…」


「子作りにね」


「大変だったんだよ?それにルミアちゃんの前であけすけに言うもんじゃないよ」


(なんの会話よ…親子の会話としては変じゃない?……よかった、うちが一夫多妻じゃなくて…)


「別に変な意味じゃないよ。そのおかげで僕は生まれたんだし。これでも感謝してるんだから」


「エ、エリック…お前…」


「…あ、だから精力剤が開発されたんだ!」

(オルグ様、ヘイレスト家のために作ったのか!なるほど!)


ルミアの一言で感動していたダニエルの目から涙が引っ込んだ。エリックは自分よりも幼いルミアの率直さに笑った。


「さすがルミアちゃん、オルグ様の禁書まで把握してるなんてすごいよ。うーん……治癒魔法については、明日から学園は夏季休暇に入るから、その間にどうにか我が家に招待するよ」


「あ、そっか。学園お休みになるんですね…じゃぁここにも来れない!?」

(しばらくオルグ様(の本)とはお別れか…)


「学園はお休みだけど、研究塔やその他の研究施設は使えるよ。ただ職員も休暇に入って社交シーズンになるから、僕かエリックと一緒じゃないと研究施設に入れないんだ」


「関係者以外立ち入り禁止ってことだよ。俺がルミアを迎えに行こうか?」


エリックは汚れたハンカチをルミアに返しながら提案した。ルミアはそれを嫌々受け取りながらダニエルの言葉を求めるように見る。


「ルミアちゃんは立派な関係者だけどね。ただ休暇まで出入りしてるとなると、変な噂が立つでしょ?ただでさえご両親から嫌われてる我が家なんだ。それに僕にそっくりなエリックがアヴァロフ家に迎えに行ったら…ね?」


「父さん、アヴァロフ家に一体何したの?」


「あはは…若気の至りだよ…」


「…」

(誘惑って…まさか母様に薬でも盛った?)


ルミアとエリックはそれ以上追求しなかった。その後はまた研究塔にある薬草の組み合わせを考えたり、魔力水生成の試行錯誤をしたりと研究に没頭した。


日が暮れ始め、ルミアはいつものように馬車に乗って家に帰った。


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