喧嘩
「お嬢様!起きてください?朝ですよ!」
「んみゃ?あと5分…」
「アディウス様が来られてます。早くお支度しましょう?お待ちですよ」
「…え?アディ?」
(え?アディは昨日夜に来て横で喋って…)
ガバっと布団を引っぺがして起き上がったルミア。横を見ると誰もいなかった。
「アディは?」
「アディウス様なら朝早くに来られて温室でお茶を飲んでおられますよ?」
「ん?」
ルミアは自室から持ってきてもらった普段着の地味なワンピースに着替えて髪を整えてもらった。天幕を出ると優雅にお茶を楽しむアディが居た。ルミアはその隣に座り、ユナに聞こえない小さな声で聞いた。
「…もしかして一回家に帰ったの?」
「いや、お前の隣で気づいたら寝てた。ユナが来る前に屋敷を出て玄関からまた入った」
なんと器用なことをするんだ、とルミアはアディの行動に若干引いてみせた。
「ルミア様、昨日は大変お疲れでしたからね。今朝は食堂に来なくてもいいそうですよ」
「ユナ、これからはそういうのいいんだよ。実は昨日の大会のことで、一部の貴族どもがルミアに会いたいって屋敷に来てるんだ。お前の両親は疲れたから休んでいるといって面会させないつもり」
一部の貴族とは、ハルビニオン伯爵とバイセル男爵だった。ルミアの魔法を会場の教官として目撃した二人は、自分たちの娘、息子が受けたルミアの使った魔法について詳しく教えて欲しいと、前振れもなしに朝っぱらから屋敷にやってきたのだった。それも18名の貴族の嘆願書を用意し、三公爵である両親に対して無礼覚悟で門を叩いた。
アディは詳しく話してくれたが、終始得意げにニヤニヤしてルミアのむかつく顔をしていた。ルミアの知っているアディは、一度もそんな顔で笑ったことのない好印象の少年だったから。ルミアは半目でお茶を飲みながらふんわりパンを一口。
「ルミア、お前はどうする?あの魔法の術を公表すればお前も偉大な魔法使い100選の仲間入りだな」
「なんで笑ってるの…別に公表してもいいけど、使うのは無理だと思うよ」
ニヤニヤ顔が急に真顔に戻ったアディ。目を細めて何かを考えながら言葉を選ぶ。
「加護の関係か?」
「感性の問題だよ」
アディはユナに視線を飛ばし、退出を促した。ユナは察して退出しようとするが、ルミアに止められた。
「ユナ!出なくていいよ。それにユナは私の侍女なの。アディがいくら上司だろうがここでは私の指示に従ってもらう。それにユナが一番あの魔法を見てた。ユナから聞いた方がいいと思う」
アディの左目がぴくりと痙攣したのをルミアは見逃さなかった。アディはユナを睨んで問い詰めるように質問した。
「詳しい報告はなかったけど?」
ユナは13歳の少年相手に怯え始めた。目が泳いで握った拳は震えていた。
「私が口止めしてたの。責める相手が違う、ユナは悪くない」
「…じゃあお前が説明すればいいだろ」
「アディ怖いよ!いつも通りに話せないの?」
「これがいつもの俺だよ。お前に合わせるのはやめたんだ」
「…」
(別人じゃん…昨日の夜はちょっと戻ったと思ったのに…)
ルミアが唇に力を込めてムッとしていると、アディが苛立ちを表すように頭を掻きむしり始めた。
「あー!!なんだよ、普通に話してるって。ユナ、別に解雇なんてしないから話してくれ。こいつのこの顔見るとイライラするんだ!」
「あたしだってアディのニヤニヤする顔ムカつくんだからね!!」
「はぁ!?俺のはただ笑ってるだけだろうが!お前は頭の中で喋って、目で訴えてくるだけ!引きこもりの根暗野郎の変人だ!!」
「ねくら…!?ひ…ひどい!!…そんなふうに思ってたなんて…アディなんて嫌い!だいっきらい!!」
ルミアは過去の優しかったはずのアディに、今まで騙されていたことにショックを隠せなかった。短い人生で一番ひどいことを言われて更にショックを受けた。体をプルプルと振るわせ、今にも泣き出しそうな顔をして目がうるうるとしていた。
「あ!?ごめん!!ルミア、言い過ぎた!俺が悪かったよ!!冗談だよ、冗談!!ほら売り言葉に買い言葉ってあるだろ?」
(やばい!!どうにかしないと!!)
アディは立ち上がり、ルミアを抱きしめて大人が子供をあやすように背中をポンポンと優しく叩き始めた。けれど、怒りが収まらないルミアは、アディを払いのけユナの胸に飛び込んだ。
「あぁ、おかわいそうに、お嬢様…アディウス様はお父君に似て口が悪いんです。悪いのは全部アディウス様です。お嬢様はちょっと本が好きなだけ。明るく活発な可愛い女の子なんですから。さっきの悪口は非常に良くないお言葉ですからね、気にしないでいいです。忘れましょうね〜」
ユナはアディに仕返しするように小声でルミアを宥めた。
「えぇ…」
(そっちの味方すんの?)
ルミアがアディを跳ね除けたあたりから見ていたジオルドとアズール。ルミアが屋敷に来ないように両親に言われて様子を見にきていたのだった。
「おい、何したんだ?アディ」
「こんなに泣いてるの久しぶりに見たな…何したのアディ兄…」
ルミアの兄たちはアディを責め立て睨みつける。そんなアディはルミアにいつも見せていた善人アディで乗り切ろうとした。
「…いや、その、ちょっとした誤解だよ。言い間違えというか、ちょっと意見の食い違いというか…はぁ…」
この状況でジオルドたちを欺くには無理があった。泣きじゃくる妹とやっちゃった感のアディ。そしてルミアを守るように抱きしめる侍女。
「お前がルミアを泣かすなんて、何したんだ?」
普段は温厚な性格だが怒ると怖いのがジオルド。アディをどこまでも追い詰める目は鋭く温度を感じさせない恐ろしさ。
「…ルミアに暴言を吐きました。引きこもりの根暗野郎の変人って…」
「え?」
「ごめんなさい…」
アディは自分が何をしてしまったのか、自分で言って罪悪感に押しつぶされた。ルミアの泣き声も落ち着いて、ユナが天幕に連れてったとわかったジオルドは、妹の様子を見てくるようにとアズールに顎で促した。
「それでルミアが泣き出した?」
「はい…泣かせました…」
うーん、とジオルドは眉間に皺を寄せて頭を掻く。アディは魂が抜けたように地面の何かを見つめたまま動かなくなった。
「そんなことで泣くか?他に何かしたんじゃないのか?」
(あいつはそんなことじゃ泣かないだろ…そういえばルミアも泣くんだな…)
学園でのアディは誰にでも愛想がいいし、基本、感情的に暴言など吐かない。けれどルミアを前にすると、どうにも感情が揺さぶられて言わなくてもいいことまで言ってしまう。だからこそ自分でも制御ができなくなって、前回父に相談していたのだった。
一方ジオルドは、アディの言った暴言だけで妹が泣くだなんて、到底思えなかった。昔からスフィラやアズールがもっとひどい悪口を普段からルミアに吐いていた。それに対して本以外に関心がないルミアは、反応が薄かったし泣くことはなかった。今までジオルド自身もルミアに対して変人だと思っていたし、特に関わりを持とうとも思わなかった。
「だぶん、大きな声で怖がらせちゃったんだ。ちゃんと謝るよ…」
「大声で怖がる?父上の大声にびっくりはしてたが泣かなかったぞ」
アズールがルミアのところから戻ってきた。アズールはアディとジオルドの二人を見て、珍しく怒りをぶつけてきた。
「アディも兄さんもルミアがなんで泣いたかわかんないんだろ?」
「怒鳴ってひどいこと言ったから…」
「お前はわかるのかよ」
アズールは人差し指を立てて左右に揺らしチッチッチ、と言ってため息をついた。
「はぁ〜兄さんたち、乙女心がわからないなんて、まだまだお子ちゃまだな」
「…」
(おまえもだろ…)
「想像してみてよ?俺たちが何を言っても泣かなかったあのルミアがアディに言われて泣いたんだよ?」
アディもジオルドも想像したところで何もわからない。
「それくらいルミアはアディが大嫌いなんだよ」
「だ…い…きらい……」
(それって…信頼もなにもなくなったってことか…?)
アディは地面にへたり込んで、ぶつぶつと言いながら項垂れていった。ジオルドはアズールの言葉を聞いて両親の喧嘩を思い出した。母がよく父に向かって『大嫌いよ』と言った次の日は、仲良くなっている不思議な光景。
(大嫌いってことは……え?…ん?)




