誓いの飴
総合部門10歳以下が終わり、次は11歳から18歳の総合部門の大会が始まる。人数は少なく15人ほど。各部門は同時に別会場で行われる。試合のない訓練生のほとんどが総合部門のレオナルドとジオルドの試合を一目見ようと集まっていた。
ルミアは完全に孤立していたため、端っこの方で観戦していた。嫌われていたのか、誰も近寄ろうとしない。けれど、実際は近寄りがたい雰囲気を出していたのは、ルミアの方だった。ムスッとした顔のまま、父ボルトを睨んでいたから。
「ルミア、すごかったね」
背後から声をかけてきたのはアディ。温室であった前のことがあり、少し気まずいルミアは振り返りもせず、目を合わせない。
「見てたんだ?」
「大会の手伝いで来てたからね。ちゃんと見てたよ」
「そう」
ルミアはまたしつこく魔法について聞いてくるんじゃないかと素っ気ない態度を取る。
それに気づいたのか、アディはため息を吐いてルミアの手を握った。
「ルミア、ちょっとついてきてよ」
「え?どこに?」
「こっち、面白い物があるんだ」
アディが無言でルミアの手を引き、連れてきたのは訓練場の備品が置いてある倉庫だった。会場から遠く離れた一通りのない暗い狭い備品置き場だった。
「ここだよ、入って奥に銀の箱があるから開けてみて」
「…灯りつかないの?暗いし狭いよ」
窓から差し込む光りは訓練用の人型の的で遮られて薄暗い。灯りがあるはずなのにアディは灯りをつけない。
窓際に大きな箱が積み重ねられてあり、その上に銀の装飾がされた小さな箱が置いてあった。ルミアは手に取ると蓋を開けて中をみた。
「ねぇ、空っぽだよ?それにこの箱……封魔の印が書かれてる」
振り返ってアディを見た。彼は入り口の鍵をガチャリと音を立てて内側から閉めていた。
「…アディ?なんで鍵なんて閉めるの?」
アディはルミアの方を向くと、暗い銀髪の前髪揺らし、奇妙に首を傾げて見せる。その表情は見えない。
「その箱、貸して」
彼はルミアから箱を受け取ると、身につけていたアクセサリーを全てその中に入れた。左耳につけていたカフ。ネックレスに腕輪。その全てを外して静かに箱に収め、蓋をした。
「アディ?何してるの?」
「ルミア、今この箱に入れたのはジャベリン家が使ってる通信と記録ができる魔道具だよ。封魔の箱に入れたから今の俺とルミアの会話は誰にも聞かれないし記録にも残らない」
「…」
(だったら何!?こわいんだけど…)
アディは一歩ずつ、ゆっくりルミアに近寄る。ルミアは反対に下がった。
「それに燃えやすい火薬も置いてあるから、この部屋は魔法が使えない特別な結界がされてるんだ」
「!?」
(はっ!ほんとだ…魔法が使えない)
ルミアは両手に魔力を込めようとしたができなかった。魔法の使えないルミアはただの9歳の少女。それを自覚した途端、アディに恐怖心を抱き始めた。
「なんなの!?アディ怖いよ!この前のこと、怒ってるの?だったら謝るから…」
「違うよ。ルミア。俺は謝って欲しいんじゃない。お前に信頼してもらいたいんだ」
薄暗い倉庫でアディの顔がよく見えない。灯りが少ないせいで彼の銀髪がいつもの輝きを失い、不気味な暗い灰色の髪に見える。前髪に隠れて見え隠れする瞳にはもっと光がない。
窓際にゆっくり近づいてルミアの前に立った時、はっきりと寂しそうな表情のアディが見えた。
「信頼?」
「確かに俺はジャベリン家の息子で、お前のことを監視してきた。父上に逐一報告するのが俺の仕事で、家族すら相手にしないお前の話を聞き、合わせ、会話したきた」
「…」
(え…?)
「ユナから聞いたよ。今回の魔術の特訓も、ユナの正体を見抜いたことも…。けど今まで俺が父上に報告すればするだけお前は孤立していった。孤立していくたびにお前は前みたいに話さなくなったし、笑わなくなった」
「…当たり前だよ。ジャベリン家に嘘なんてつけない。筒抜けなんだから」
「そうだ。だからお前に信頼してもらうために、俺はお前に協力することにした」
「…きょうりょく?」
アディはルミアの手を握り、ルミアの額に自分の額を押し付けた。
「外には俺につけられたジャベリンの使いがいる。この距離なら声も届かない」
アディの息が顔にかかり、ルミアの抱いていた恐怖心は増し、感じたことのない緊張感で体に力が入った。
「ルミア、俺は今後、お前の嫌がることは報告しない。だから俺に隠し事は無しだ。それに俺はお前を守りたい」
「ちょっと…近すぎるんじゃ…」
(なんか甘い匂いがする…飴?飴でも食べてるの!?)
「俺はお前に忠誠を誓うって言ってるんだ。三公爵とか関係なく、俺とお前だけの誓いだ」
「うぅ……忠誠って騎士がお姫様にするやつ?」
(集中できない…なに言ってるの!?お腹空いてきた…)
「そうだ。俺はお前に無限の可能性を感じる。お前はこの国に収まるような小さな器じゃない。大陸に名を轟かせるほどの可能性を持ってる」
アディの話はルミアを激しく混乱させた。加えて飴の匂いでお腹が空くルミア。正常な判断ができなくなっていた。無意識に早口で持っている知識を口に出した。
「じゃあ迷宮にも行ける?魔物の肉って美味しいらしいの。メェメェブタっていって…ん!?」
アディは突然、ルミアの顎に手を添えて上に向けた。ルミアより身長の高いアディの唇に、ルミアの口が当たる。避けようにもアディの力が強く、長い口づけを食らった。アディの口から硬い何かが押し付けられ、甘い味がルミアの口に広がった。
「むん〜!?」
(ミルク味!?)
必死の抵抗で首を振り、アディの拘束を解いたルミアだったが、腰が抜けてペタンとその場にへたり込んだ。
「何すんの!?」
(びっくりした…力が入らない!?)
アディはニヤリと意地悪そうに笑うと、勝ち誇ったようにしゃがんでルミアの顔に近づき言った。
「誓いの儀式だよ。もう俺たちに秘密は無しだ。今夜また会いにいくからな」
「ぬぁ!?」
(なんだこいつ!?ほんとにアディ!?)
アディはへたり込んだままのルミアを放置して、銀の箱を手にそそくさと倉庫から出ていった。
ルミアは今起こったこと全てが頭の中を巡り、心臓が痛くなって呼吸が乱れた。怒りと混乱とが入り混じった感情が収まらず、ジオルドたちの試合が終わるまで倉庫から出なかった。
(なんなの!?アディってあんな意地悪な顔するの!?本性隠してた!?なんてやつだ…)
(思い出すだけでもむかつく!!なにが誓いの…)
ルミアは顔が熱くなり、倉庫から出なかったのではなく出られなかった。
「おーい、ルミアー?」
「ん?」
(その声は…)
「あ、ほんとだ、居た」
アズールが倉庫の扉を開け、顔だけで覗き込みルミアを迎えにきた。大会は終わったようで、帰る時間になったのに見当たらない妹を、また母に言われて探しにきたのだった。倉庫の端っこでしゃがみ込んで、ぼーっとしている妹に呆れた顔の半目で睨みつけてくる。
「どうしてここがわかったの?」
「え?あぁ訓練所の先輩に教えてもらったんだ」
「あぁ…なるほど先輩ね」
(アディめ、最初から仕組んでたな…あいつは根っからの策士ジャベリンだったわけだ)
「お前大会中ずっとここに居たのか?昼飯もいなかったから母様が心配してたぞ?」
「…お腹空いた」
「あ、おれ飴持ってるよ。いるか?」
「なに味?」
(まさか…)
「ミルク味だ」
「いらない」
「なんだよ、可愛くないな。お前これ好きだったろ?」
「嫌いになりました」
「…そうか。もう反抗期か?おい、いくぞ」
「…」
(兄よ、その飴はあいつからもらったものだろう?)
ルミアは終始仏頂面。アズールに手を引かれて家族が乗っている馬車まで向かった。




