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連環の樹 —憂い令嬢、周りから囲まれてた—  作者: ダッキー


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精霊と両親

陽も暮れ、空が赤く染まっていた。学園は夏季休暇が明けて、まだ一週目の9月。アヴァロフ家の最強を決める大々的な大会が行われた翌日。両親は休明けの仕事から屋敷に戻ると、ルミアの侍女から温室へ行くように声をかけられた。


『皆様がお待ちです』——と。


ボルトもエミリスも、屋敷の前に馬車などが見当たらなかったため、温室の中に入って目を疑った。


大きな楕円の机を囲んで座っているのは、三公爵の二人。ダニエルとゼノヴィス。それだけではなく、王族のレオナルドまでも——。


ヘイレスト家からエリックとエリーまで皆、勢揃い。ジャベリン家からはシドヴィスが腕を組んで、眠そうにしていた。


皆、ルミアの温室で食事を囲んでいた。ジオルドとスフィラは並んで座り、楕円の机のすぐ奥に置かれたソファに、エリーとアズールが並んで座っていた。


ルミアはどこだ、とボルトもエミリスも見渡す。けれど——見当たらない。


だが、すぐに温室の天幕から現れたルミア。両親と目を合わせ、深呼吸し、緊張している様子。


その目は、まだ、泣き腫らした痕がわかる。


ルミアは——エデンたちと打ち合わせした通りに、両親の前まで、ゆっくりと歩みを進めた。


一歩ずつ。覚悟を決めて、ゆっくりと歩いた。


(もう……後には引けない…)


スフィラの横を通って、姉と目を合わせた。姉は妹を応援するように頷いて、背中をそっと触れる。それだけで、胸の痛みが覚悟に変わる。


ルミアは両親の前につくまで、顔を上げられなかった。視界に映る、二人の足元。そして、ゆっくり、勇気を出して、顔を上げる。


二人はひどく混乱した様子で、眉間に皺が寄っていた。怪訝な顔は、説明を求め、ただ事ではないことを察している。これだけの人物が集まるということは、反旗を翻しているとも取れるから。


「…ルミア…これは一体…」


父はルミアとその奥の客人とを見比べながら、娘に問いかけた。白銀の髪の少女は、大きく息をして、一生懸命に、声を出した。


「…父様…母様…お見せしたいことがあります」


「…?」「…ん?」


「ノックス……」


天幕の中から黒猫がヒョイと現れ、とことこと歩いて、ルミアの肩に飛び乗った。ノックスはルミアの頬に小さな頭を擦り付け、金色の瞳をボルトたちに向けた。


「猫——…飼ってるのは聞いたわ…随分と懐いてるわね…」


母は困惑しながらも苦笑いで、ルミアの肩に乗った黒猫の視線に怯え、父の腕を掴む。


ルミアは温室の奥へと視線をやり、そっと彼の名前を口にした。


「ノア…」


名前を呼ばれ、黒い翼をはためかせてルミアの肩に止まったのは、カラスでもないふわふわの羽根をした黒い鳥。ノアもルミアの反対側の頬に体をピッタリと寄せて、蒼い瞳でボルトたちを見つめた。


「鳥?うさぎは聞いていたが…見たことない鳥だな」


ボルトは娘が見せたいのはペットのことか、と考えて腕を組み、顎に手を当て、苦笑い。


「エデン…」


ルミアは視線を落とし、両親の足元からピョン、と現れた白ウサギに目を向けた。そして、その白ウサギは、少女の差し出す両手の上に収まった。真っ白でふわふわのウサギは、ルミアの胸に背伸びをして倒れ込む。その瞳は水晶玉のようで、白く透き通っていた。


ただの黒猫と黒鳥と白ウサギを見せられた両親は、お互いに顔を見合った。そしてルミアに視線を戻し、ボルトが話すよりも先に、ルミアが声を絞り出した。


「…お父様…お母様…彼らはただの動物ではありません。みんな——人型になって…」


ルミアの言葉を聞いたエデンたちは、薄く光って姿を変えた。ノックスはルミアの左肩に顎を乗せて気だるげに立ち、ノアはルミアの右肩に頭を傾け、抱きついて立つ。エデンは両親の前で純白のドレスをひらり、と見せつけてルミアの後ろに浮かんだ。


エデンたちは皆、両親に向けて鋭い視線を向けていた。


彼らはルミアの敵か、味方かを見定めるかのように。


「な……ゆ…ゆめ?」


「……まさか…女神様!?」


ボルトは自分の見ていることが信じられず、エミリスはエデンを女神と勘違いした。それは一番やってはいけないことだったのを、急いでルミアが訂正した。


「彼らは精霊なの!!後ろにいるのはエデン。闇の精霊で、左右にいるのが…風と…機械?」


『雷だって!!』


ノックスが怒鳴った。その怒鳴り声にびくつく、怯えた母は、見たことないルミア。ノックスが雷の精霊であることを今、主は初めて知った。


(あ…そうだったんだ…知らなかった…ごめん)


『ったく、主だろ?それくらい察してくれよ』


「ごめんね…」


ルミアは次にどうしていいかわからなくなり、驚く両親を恐る恐るチラリと見て、話した。


「彼らのことを話すから…席についてください…」


そう言ってルミアは楕円形の机に、両親を案内した。両親は、案内されたはいいが、ルミアの後ろで振り返り、微笑むエデンにビク付いて声が出せなくなっていた。母は父の腕にしがみつき、視線が落ち着かなかった。


父は——ゼノヴィスを睨んでいた。お前は知っていたのか、というように。


ルミアは両親と向かい合うように、レオの隣に座った。左にレオ、右にゼノヴィスが座っており、レオはルミアの手をそっと握った。右手の甲からは薄く緑色に光が漏れていたのがルミアにわかった。


婚約者を勇気づけるように、微笑み、ぎゅっと手を握りしめた。そして、総勢12名の話し合いが始まった。


「ボルト、ここでは敬語や継承は省く。ルミアの加護についてなど、力や精霊についての話だ」


ゼノヴィスは淡々と言いながら、親指でルミアを指差す。ルミアは刺された指に反応せず、ただ不安げに両親を見つめていた。両親が強張っているのが見てとれた。ボルトの握った拳は机の上で少し震える。


次にシドヴィスが立ち上がり、父の隣で用意した報告書を堂々と読み上げた。淡々と、ただ、言葉にされるルミアの13年間の成長記録が読み上げられる。


それはまるで——断罪のようだった。


「ルミア・アヴァロフ、現在13歳。6歳の誕生日に一般人には見えない黒いモヤをみれることから、女神の加護を授かったとされた。アヴァロフ家禁書庫にて、謎の魔法陣を試し、1ヶ月の昏睡状態に。目覚めた後から『女神の神眼』で物や人、植物に至るまで鑑定することができる力を授かる。そしてもう一つ、『精霊王の息吹』という加護で魔力を無限に使用でき……」


淡々と述べられていく中、最初の精霊、ノックスとの出会いと、魔力欠乏症のエリーの話へ。


補足として、ダニエルが立ち上がり、エリーの病気の原因と、精霊の関係性について述べられた。その後、エリックが立ち上がり、ルミアが治癒魔法を授かった経緯を話した。


再びシドが立ち上がり、ヘイレスト家で話し合われた内容について、レオに話を振った。レオは堂々とボルトたちに臆することなく、発言した。王のように、堂々とした姿は皆の耳を刺激した。


精霊が結界のせいで生まれないこと。


結界があるせいで迷宮が生まれること。


魔力の穢れを吸いすぎて、暴走しそうだったこと。


そして——自分たちが迷宮を正常化したこと。


「ここで僕はルミア以外に話してないことを伝える。覚悟のないものは耳を塞ぐか、退出願おう」


レオの計画にない発言で、一気に空気が変わった。王子としての覇気が込められた声に、エリーとアズールが顔を見合わせた。けれど、彼らはレオに視線を戻し、耳を傾ける。


「よし…ではこれから陛下も知らないことを言うね。王宮の宮殿。女神様が祀られている大教会の地下に、精霊王が縛られ、封印されている。彼の力でこの国の蒼の森の結界が張られている。でも精霊王の樹体は、今にも枯れ果てようとしてる」


レオは手の甲から淡い光を出し、精霊王の印を皆に見せる。この場にいたものが、精霊王の印を見ることができなかった。ただ、淡く、緑に光るだけ。けれど、第一王子は続ける。


「僕はその精霊王の眷属として、種をこの手に託されている」


『ちょっといいかしら。王子』


エデンがふわりと楕円の机の上に浮かんで、レオとルミアを見下ろす。微笑みを浮かべたその表情は、自信に満ちたように見えた。


『せっかく集まったんだもの、精霊王のこと、言わなきゃでしょ?』


エデンはルミアにウィンクをして、エミリスの横に立った。母の頬に手を当て、そっと上に上げる。


『ルミアも成長したらあなたのように美しくなるのね…楽しみだわ…』


母はエデンの手を拒むことなく、恐怖で固まっていた。隣のボルトも、エデンを驚愕の顔で見ているだけだった。


二人とも恐怖心を抱いていたが、必死に顔に出さないように抑えていても、伝わる。


「エデン…母様を困らせないで…」


『王子、精霊王はね、命の精霊なの。彼が枯れ果てる前に、新しい樹体がないと、この国だけじゃなく、大陸中の精霊は生まれなくなるの』


「は!?それじゃ商売にならねぇじゃねぇか!!殿下!精霊王はあとどれくらい保つんだ!?結界が緩み始めてるんだ!」


エデンの発言でゼノヴィスが慌てふためく。レオに掴み掛かる勢いで、机を叩いた。


「おそらく…後1年くらいだと思う。僕が18になるまで……」


ルミアはレオが『少年ラウルから聞いた』と、皆に言わなかったことが引っかかった。


オルグ・メイデンかもしれない存在をここで言わなかった横のレオを、ルミアは見た。彼は手の甲に視線を落とし、思い出すように話す声は、先ほどとは違って自信がない小声。


契約の婚約者となり、二人だけの密談を重ね、ラウルは大賢者かもしれない、と結論づけてルミアは喜んだことを思い出した。


けれども、今は前のように喜べる状況ではなかった。


「あと1年!?そんな…ならボルト!今すぐ警備を配置して結界周辺を守ってくれ!」


「な、何を言ってるのかわからない!!結界は国民にとって大事なものだ!緩むなんてそんな——」


バンッ!!


大きな音を立てて立ち上がったのは———スフィラだった。


「落ち着いて!!まず、父様、母様、ルミアがすごいのがわかったでしょ?精霊と繋がってこの国の異変に気づけた。国内の迷宮は全部正常化したから今は大丈夫。そうよね?」


すごい剣幕でジオルドを睨みつけるスフィラ。睨まれた兄は、大きく頷いた。姉は兄から視線をスッと、両親に向ける。家族で最強は、母の次に姉だと、アズールは思った。


「これまでゼノヴィス様たちやダニエル様たちの協力があって、私たちは動いてた。そしてこの目で、迷宮の異常な反応を見てきた。正常化には必ずルミアの力と、殿下の力が必要だった。それに、結界に守られてきたこの国に、迷宮ができるなんておかしいと気づけたの」


「だ、だが…なぜ陛下は…ご存知ないのですか!?なぜ殿下が!?」


ボルトは混乱しながらレオに問いかけた。悲壮感に顔を歪めながら、陛下の息子である王子の言葉を懇願するように求めた。


「アヴァロフ公、陛下が知らないのは1000年近く隠されてきたからだよ。僕は偶然見つけてしまっただけだ。結界は、確かに、この国に平和を与えた。だけど、今は循環ができない檻となってしまっている。結界の中で穢れが溜まり、澱み、集まって迷宮ができるんだ」


ボルトはゆっくり視線を落とした。彼は迷宮の犠牲にあった家族のことを思い出しているのか、それ以上言葉が出なかった。レオはそんな彼に語りかける。


「遅かったかもしれない。でも、今なら間に合う。ルミアは精霊王の加護で穢れを正常化できる。精霊が生きていくための”マナ”へと変換できる。そのマナが精霊王の種に必要なんだ。だから……協力してくれないか…」


——ぐぅ〜〜〜…


ルミアの背後から大きなお腹の鳴る音が聞こえた。ルミアは振り返り、ソファに座る赤面のエリーと、頭を掻いて苦笑いのアズールを見た。


「え?」


「ごめん。俺です。お腹すいた…」


『ふふふ、さすがルミアの兄ね。せっかく食事を用意したんでしょ?ルミア、ノックスも私も食べたいわ』


『やっと食えるのか!?』


「ちょっと!今まだ話してるからっ!」


ノックスは人型のままルミアの背後から抱きつき、ルミアの頬をペロペロと舐め始めた。


「ノックス!やめてったら…」


「ルミア!?あなたなんて端ないことを!!」


母が立ち上がって怒りを露わにした。信じられないと言った表情で引いていた。けれど、エデンが追い討ちをかけるように余計な一言を放った。


『あら、私たちは精霊よ?ルミアを愛してるの。それに、こんなのいつものこと』


「エデン!!」


「ルミア!!」


「……殿下!?」


その後はぐっちゃぐちゃな話し合いとなった。ルミアは自己主張の激しい、気まぐれな精霊たちに弄ばれ、母はルミアを叱りつけ、レオは俯いて何も見ないようにした。ゼノヴィスは食事を口に運び、何やらメモ用紙に何か書いて、シドに渡し、それを見た息子は静かに退室。


アズールとエリーはいつの間にか退室していた。ダニエルとエリックは、初めて見る精霊の容姿を歴史に収めようと、必死にペンを動かし、スケッチしていた。



ボルトは——俯いて、一人、考えていた。


そして、スフィラとジオルドを温室の外へと連れ出し、力無く聞いた。


「お前たちは…俺のせいで言えなかったのか?」


スフィラは父を抱きしめた。なぜなら今にも泣き出しそうな顔をしていたから。


ジオルドはゆっくり、首を振った。


「最初は…父上を思って、言えませんでした。でも、第2迷宮を正常化した後からは違います」


「そうよ、父様。父様は陛下に一番近くに立つ人だから…余計に言えなくなったの…」


「それでも魔物に対して立ち向かえたのは、無念を晴らすためでもあったんです」


ボルトは息子たちの思いに、寄り添ってやれない気持ちに苛まれた。


「俺が…弱く…頼りなかったから…」


だからジャベリンとヘイレストに協力を求めたのか、と。


ボルトには——癒えない心の傷があった。祖父と祖母、父と母、兄と姉がいたボルト。彼はまだ5歳だったため、彼らと一緒に迷宮に行けなかった。それは仕方のないことだと割り切っていた。


けれど、彼らの墓跡に花を持って行く度に、彼らの顔が鮮明に浮かんだ。結婚して子を授かった後、家族で墓跡に行くことはなかった。


ボルトは一人で墓跡に向かっているのは、情けない姿を子供に見せたくなかった。


今でも尚、歪む顔を——


「違います!!」


スフィラは父を強く抱きしめた。ジオルドはキッパリと否定した。父に分かってもらえるように、思いを込めながら話した。


「父上は強いです。でも父上に言えば俺たちを行かせてくれましたか?事後報告になってしまったのは———父上を守りたかったからです」


「父様は弱くなんかないわ!誰よりも優しい父様だからこそ…言えなかった…私たちも…ルミアも…父様が大好きだから言えなかったのよ!!」


父は膝を降り、ゆっくりと俯いた。その目をギュッと閉じて、流れる涙を地面に落とした。また、守られるのか、とボルトは胸が苦しくなった。今度は子供に——と。


ボルトは大きく息を吐き、これではダメだと自分を奮い立たせた。このままではいけない、と。


「俺は……なんと情けない…」


そう言って父はまた、ゆっくりと顔を上げた。微笑みを浮かべ、ジオルドとスフィラに力強く、静かに、言った。


「俺もお前たちを守らせてくれ。今度は一緒に——」



こうして地獄のような話し合いは終わった。ルミアは母に過剰なスキンシップを人前でしないことを約束させられたが、エデンたちには通用しなかった。レオはシドが寄越した馬車で帰り、ゼノヴィスはいつの間にか居なくなっていた。エリックとダニエルはいい絵が描けた、と自慢げにルミアに見せてきたが、温室の外から戻ってきた父に”早く帰れ”との一言で帰った。


そして、残ったアヴァロフ家で談話室に集まり、寝る前のお茶会を行った。母は自分の勘に間違いがなかったことを不機嫌に誇り、父はずっと悲しそうに微笑んでいた。父は穏やかな微笑みで、ルミアたちに協力を約束した。


アズールは結界の緩みについて話を戻し、学園を休学し、軍部で対策会議に参加する、と申し出た。


両親は護衛任務から離れられないため、できる限りの協力をすることを誓った。


ここから、この国のために、今度は一緒に戦おう、と皆で誓った日となった。

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