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8.『献身の背景美術(サクリファイス・ボード)』

「やめろ、親父! 何をしようとしている!」


俺の叫びが、剥き出しの鉄骨とノイズにまみれた地下議事堂に響き渡った。

親父は、巨大なシュレッダーの操作盤に、そのガタガタの指をかけていた。そこにあるのは、この世界の根幹を成す「マスター・タイムライン」。それをシュレッダーにかければ、この国の全フレームは断裁され、すべてが白紙――**「制作中止フォーマット」**へと追い込まれる。


『無駄だ、息子よ。美しすぎる物語は、いつか必ず破綻する。ならば私が、慈悲を持ってこの世界を「なかったこと」にしてやろう……。さらばだ、最高にクオリティの高いゴミ溜めよ!』


親父の指が、実行ボタンを押し込もうとした。

その時、俺は自分の胸元に浮かび上がる、赤く点滅する「消去デリート」のアイコンを凝視した。

この国の「国家作画監督」として、俺には一つの特権がある。それは、自分自身というキャラクターのデータを変換し、強力な**「パッチ・プログラム」**として世界に流し込むこと。


「俺のデータを、すべて『上書きオーバーライド』に変換しろ!」


俺がコンソールにそう打ち込もうとした瞬間、隣にいた官房長官が、そのラフ画のままの細い腕で俺の手を強く、強く掴んだ。


「……待ちなさい。あなたは、まだ死ぬべき『カット』ではありません」


「何言ってんだ! 今これを通されたら、世界は白紙に戻っちまうんだぞ!」


彼女は静かに首を振った。その瞳には、かつての絶望ではなく、確固たる「監督ディレクター」としての意志が宿っている。


「自分の設定を消して世界を救う……そんな『使い古されたバッドエンド』、私が許しません。この物語の結末ラストは、もっともっと、誰もが納得する『ハッピーエンド』であるべきです」


「官房長官……?」


「作画監督。……いいえ、私の『主人公』。私を見てください」


彼女は、俺の描いた「清書の線」が刻まれた自分の腕を、誇らしげに掲げた。

「不完全な私に、あなたが線を足してくれた。その瞬間に、私の物語は『悲劇』から『希望』にリテイクされたのです。……だから、今度は私が、この不完全な腕で『最後の演出』を行います」


彼女は俺の手を離し、親父とシュレッダーの間へと飛び出した。

その背中には、まるで何千枚ものセル画が重なったような、光り輝く翼が広がっていく。


「全フレーム、固定! 私を『背景』にして、世界を繋ぎ止めなさい!」


彼女は自分自身の存在を、世界の「土台レイヤー」そのものへと変換し始めた。

彼女が背景となることで、親父の放つフォーマット・プログラムを、その圧倒的な「描き込みの密度」で受け止め、無力化していく。


『ば、バカな……! 自分の人格データを捨てて、ただの『静止画(背景)』に成り下がるというのか! 喋ることも、動くこともできなくなるのだぞ!』


親父の悲鳴が響く。

だが、彼女の顔には、今までで一番美しい、人間らしい微笑みが浮かんでいた。


「……それで、いいのです。私が美しい背景になれば、あなたが描く未来のキャラ(国民)たちが、その上で自由に踊れるのですから」


彼女の体が、ゆっくりと透き通っていく。

彼女の肌は青い空に、彼女の髪はたなびく雲に、彼女の涙は世界を潤す川へと、文字通り「背景」へと溶け込んでいく。


「……行けえええええええっ!」


俺は、彼女が作り出した一瞬の「隙」に、黄金のペンを親父の操作盤へと突き立てた。

親父のノイズが、彼女の美しい背景に飲み込まれ、浄化されていく。

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