048 非情な運命
病院に着いた大地が案内された場所。それは地下の霊安室だった。
「どういうこと……ねえ大地、どういうこと?」
海が声を震わせる。大地はゆっくり歩を進め、部屋の扉を開けた。
「……」
薄暗い室内にはベッドが設置されており、線香が焚かれていた。
ベッドの上には、白い布をかけられた人の姿。そしてその傍らに、浩正が立っていた。
「大地くん、海さん。間に合ってよかったです。さ、青空さんに会ってあげてください」
浩正が静かにそう告げる。海は大地の腕をつかみ、肩を震わせた。
「さあ、大地くん」
もう一度浩正が促す。大地は弱々しくうなずき、ベッドに近付いた。
「……」
ベッドの上に横たわる人。
間違いであってほしい。そんな願いが粉々に砕け散る。
「青空姉……」
まるで眠っているような、穏やかな表情だった。
声をかければ起きるんじゃないか、そう思えた。
しかし。
布から出ている手を見て、息が止まった。
血まみれで、歪に折れ曲がった小さな指。
大地が震える手でそれに触れた。
「……なんだよこれ……なんでこんなに冷たいんだよ……」
「うわああああああっ!」
海が遺体に顔を埋める。
「青空さん、青空さん……うわああああああっ!」
何度も何度も青空の名を叫ぶ。
大地は青空の手を握ったまま、その場に膝から崩れた。
何も考えられなかった。頭が真っ白になっていた。
俺、今何をしてるんだ? ここ、どこだっけ。
今握ってるこの手は、誰のだっけ。
息が出来なかった。震えが収まらなかった。
涙で視界が歪んだ。
浩正が大地の肩に手をやり、静かに語り掛ける。
「こういうことを言うのは辛いですが、大地くん。今はとにかく、青空さんの顔をしっかり見てあげてください。そして語り掛けてください、触れてあげてください」
「……」
「哀しいですが、そんなに時間はありません。もうすぐ青空さんの遺体は、検死の為解剖されます。次に会う時、青空さんは棺の中です。もう二度と、手を握ることも出来ません。今しか、今しかないんです」
「浩正……さん……」
「混乱してると思います。僕もそうでした。ですが大地くん、これは現実なんです。後悔しない為に今、青空さんとの別れに集中してください」
「……浩正さんは」
「君たちがここに来るまで、たくさん青空さんと話せました。だから気にしないでください」
「そう……なんですね」
大地がうなずき、静かに立ち上がる。
「……」
大地の中を、様々な感情が蠢く。しかしそれらを押し殺し、青空の手を握りしめた。
「全く……何やってんだよ、青空姉……さっきまであんなに元気だったのに……これからもずっと、一緒だって言ってたのに……
俺たち四人で一緒に暮らす、そう言ったのは青空姉じゃねえか……言い出しっぺがいなくなるって、どういうことなんだよ……」
大地は青空の頬に口づけし、顔を埋めた。
「……俺、どうしたらいいんだよ……青空姉の為に生きてきたのに……やっと青空姉、幸せになれるって喜んでたのに……
今までずっと、俺の為に自分を犠牲にして……もっと違う最後、あったんじゃねえのかよ……結婚式の三日前、誕生日に死ぬなんて、どれだけ馬鹿なんだよ……」
どれだけ言葉を投げかけても。青空は何も答えてくれない。
その事実が現実として、大地に突きつけられる。
隣では海が、ずっと泣いていた。
何度も何度も、青空の名前を叫んでいる。
大地は海の肩を抱き、「ありがとう……ありがとう……」そう囁いた。
涙が止まらなかった。
突きつけられた現実を。
受け止められなかった。
「青空さん、子供を助けようとしたみたいです」
青空の遺体が搬送された後、大地と海は浩正の運転する車でとまりぎに向かっていた。
海は後部座席で眠っていた。感情が暴発した海は、一人で歩けないほどになっていた。
そんな海に気遣いながら、浩正が助手席の大地に語り掛ける。
「見通しの悪い二車線で、反対側を歩いていた子供が車道に飛び出したそうです。そこにバイクが走って来て、咄嗟に助けようとしたようです。
その時、反対側から車が来て」
「右目がないから気付けなかった。そういうことですか」
「……子供さんは無事でした。直前でバイクが止まったようですので」
「そうですか……」
大地がそう呟き、力なくうなだれた。
「結局……俺の呪いは最後まで、青空姉を苦しめたんですね……」
「……」
「青空姉、俺のせいで右目を失って……そのせいで命まで……」
「僕が何を言ったところで、今の大地くんは納得しないでしょう。どんな正論も響かない」
「正論なんかないですよ……青空姉の幸せ全部、俺が奪ってしまったんです……」
「……」
「浩正さんにも俺、酷いことをしてしまいました……大切な伴侶、殺してしまいました……」
「僕のことは構いません。謝る必要もありません」
「でも」
「いえ、これだけは僕も譲りませんよ。大地くんにあるように、僕にだって感情があります。捉え方は違うんです」
「……」
「青空さんを失ってしまった。でも僕は、歩みを止めたくありません。これからも生きて、青空さんの分まで頑張っていくつもりです」
「……」
「今は哀しいです。寂しいですし辛いです。後悔だって勿論あります。あの時青空さんを待つのではなく、迎えに行くべきだったと」
「俺だって。青空姉が何言っても無視して、浩正さんのところまで送ればよかった」
「でも、それが後悔というものなんです。いくら悔やんでも何も変わらない。そしてそれが、青空さんの運命だったんです」
「……そんなんじゃ納得出来ません」
「今はそれでも構いません。でも覚えていてください。大地くんが納得してもしなくても、こうして世界は動いていくんです。そして僕たちはまだ、生きている。青空さんが願ってやまなかった今という時を、僕たちは生きてるんです」
そう言って浩正が煙草をくわえた。
「……煙草、吸ってたんですか」
「僕は子供の頃喘息持ちでしたので、煙草とは無縁の人生でした」
「じゃあそれは」
「これは青空さんの煙草です」
「……」
「青空さんと同じ感覚を味わいたい、そう思いまして」
そう言って、大地にも煙草を向けた。
「大地くんもどうですか」
「……いただきます」
頭を下げて受け取り、火をつける。
「ごほっ、ごほっ……」
「大丈夫ですか。何なら運転、変わりますよ」
「いえ、ごほっ……大丈夫です……青空さん、こんな感覚を味わっていたんですね」
そう言って小さく笑った。
そして。その目が光っていることに大地は気付いた。
しかし気付かない素振りで顔を背け、窓の外を見つめた。




