047 世界一の姉、世界一の弟
下品な笑みだな。
男たちを見つめ、大地がため息をついた。
こういう輩、絶滅しないもんだな。
何も言わなくていいよ。次に出て来る言葉、全部分かるから。そう思った。
「おっさんおっさん、こんなところで何いちゃついてんだよ」
「しかも相手はガキじゃねえか。ほんと、ロリコンはクズばっかだな」
青空は大地の胸に顔を埋め、震えていた。
寒さのせいじゃない。男たちの雰囲気から、あの忌まわしき過去が蘇ってるようだった。
「大丈夫だ青空姉。安心しろ」
耳元で囁き、頭を撫でる。
「おいおっさん、無視してんじゃねえよ」
「格好つけてんじゃねえぞ」
これまで、何度もぶつけられてきた感情。
父から、母から。同級生から。
そのどれよりも軽い、薄っぺらいものだと思った。
自然と口元が歪む。
「おいお前、何笑ってんだよ」
そっと青空を離し、立ち上がる。
大地の態度に苛立つ男が、大股で近寄り胸倉をつかんだ。
「何笑ってんだって言って」
男の言葉が終わらない内に。大地は胸倉をつかむ男の腕に自分の腕を振り下ろした。
何が起こったのか理解出来ない男がバランスを崩す。その男の顎に向け、大地が重い掌底を食らわした。
「なっ……」
吹っ飛ばされた仲間を見つめ、男たちが声を漏らす。
「……いつも思うんだけどな。なんでお前らってこう、無防備に相手の間合いに入るんだ? 胸倉をつかむ暇があるなら、まず殴れよ。あれほんと、隙だらけだからやめた方がいいぞ」
「お前……」
「今ので実力差は分かったろ? さっさと消えろ」
「ふざけんな!」
やみくもに男が突進してくる。そして大ぶりの拳を大地に放つ。
大地がすっと体を沈めると、標的をなくした男の拳が空を切った。
バランスを失いよろついた足を大地が軽く払うと、男は無様に尻餅をついた。
「こいつ……」
「もういいだろ? お前らじゃ相手にならないから、諦めてとっとと消えろ」
大地が頭を掻き、あからさまに退屈そうに息を吐いた。
「ふ……ふざけんな!」
言葉だけは勇ましいが、確かに男たちは実力差を感じていた。
これは関わってはいけないタイプの男だ。そう実感し、慌てて大地の前から走り去っていった。
「覚えてろ! このロリコン!」
「覚えてろってお前……どこまでテンプレなんだよ。と言うかそのセリフ、完全敗北の象徴だぞ」
そう呟いてもう一度息を吐き、青空に声をかけた。
「大丈夫か、青空姉」
青空は青ざめた顔を大地に向けていた。しかし大地がそう言って微笑むと、安堵の表情を浮かべてうなずいた。
「……ありがとう、大地」
「怖い思いさせちまったな。悪かった」
「ううん、ここでアイスを食べたいって言ったのは私だし。私の方こそごめん」
「顔、まだ青いな。少し休むか」
「大丈夫。そろそろ浩正くんとの約束の時間だし」
「そうか」
そう言って隣に座り、青空を抱きしめた。
「……大地?」
「本当に大丈夫か?」
「うん……」
「青空姉のこと、今回は守れたな」
「あんた、こういう時の為に格闘技、習ったんだもんね」
「護身術だ」
「ふふっ、そうだった……怪我してない?」
「大丈夫だ。掌底を打ったのは初めてだったけど、そんなに痛んでもない」
「掌底?」
「ああ、こういうやつだ」
そう言って掌を前に押し出して見せた。
「俺は暴力が嫌いだ。親父や同級生から散々やられたから、どれだけ痛いか誰よりも分かってる」
「……うん」
「でも、向こうから来るのは避けようがない。今みたいなのがそうだな。そんな時、僕は暴力は嫌いです、そう言ったところで伝わる訳もない。だからせめて、自分の大事な人を守れるようになりたい、そう思って始めたんだ」
「……だよね」
「力のないやつの言葉は薄っぺらい。どんな正論だとしても、そこに力が伴っていなければただの空論だ。現に俺は昔、力がなかったせいで青空姉を傷つけた」
「……」
「だから今……青空姉を守ることが出来て、少しだけ嬉しい」
青空がもう一度大地を抱きしめ、囁いた。
「ありがとう、大地……大好きだよ……」
「じゃあここで」
「ここでいいのか? 待ち合わせ場所までついていくぞ」
「いいの。それとも何? もう少しお姉ちゃんと一緒にいたい?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「あはははははっ、冗談冗談。大地だって、そろそろ帰らないといけないでしょ? 海ちゃん待ってるよ」
「別に時間は決めてない。それに晩飯を食いに行くだけだ」
「その後は?」
「……いいだろそれは!」
「あはははははっ、ごめんごめん。でもほんと、ここでいいよ。ちょっと顔が火照ってるし、歩きながら冷やしたいから」
「暗くなってるんだから、気を付けて歩くんだぞ」
「分かりましたお母さん!」
「なんで母親なんだよ……って、このやり取りいつまで続くんだ」
「じゃあ大地、海ちゃんによろしくね」
「ああ、ありがとう」
「それじゃ」
「青空姉」
手を振り背を向けた青空に、大地が声をかける。
「何?」
振り返った青空を見つめ、大地が微笑む。
「本当にありがとな。俺、幸せだ」
「私もだよ。これからもっと、幸せになろうね」
「ああ!」
「大地、大好きだよ!」
「俺もだ。青空姉、大好きだ!」
「愛してるー!」
「……それはちょっと恥ずかしい」
「あはははははっ」
「誕生日おめでとう、青空姉!」
「ありがとう! また明日!」
鼻唄を歌いながらドアに手をかける。
そして思った。
俺が鼻唄って、神と天使が腹抱えて笑ってるぞと。
こんな風になれたのは、海と出会えたからだ。
最悪な出会いをした俺たち。でも今、こうして共に、前を見て歩いている。
「晩飯、少し奮発するか」
笑みを浮かべドアを開ける。
「ただいま。遅くなって悪かった」
「大地!」
ドアが開くと同時に、海が走ってきた。
目に涙を浮かべて。
「……なん、だ……どうした海……」
「スマホ! スマホはどうしたの!」
「スマホ……ああすまん、青空姉と一緒に映画観ててな、電源切ったままにしてた」
「何回電話したと思ってるのよ! 馬鹿!」
そう言って大地の胸元をつかみ、肩を震わせた。
「お、おいおい……なんだ、そんなに遅かったか? 悪かった、謝るから」
「そうじゃなくて……そうじゃなくて!」
明らかに様子がおかしい。胸がざわついた。
「……何があった」
「青空さんが……青空さんが……」
海の様子。そして彼女が口にした名前に目を見開く。
全身の血が逆流する様な感覚を覚えた。
「どうした! 青空姉に何があった!」
「車に轢かれたって!」




