046 大切な日、あなたと一緒に
1月19日。
この日は青空の、38回目の誕生日だった。
昼前、待ち合わせ場所で合流した大地と青空は、肩を並べて歩いていた。
「でもよかったのかよ。折角の誕生日、相手が俺で」
「ただの誕生日じゃなくて、独身最後の誕生日ね」
「尚更だろ。俺じゃなくて浩正さんと」
「浩正くんとは夜だから。その後は、むふふふっ……想像しただけで昇天しそうだよ」
「昇天って……まあでも、楽しそうで何よりだ」
「今日だけは、あんたとこうしたかったんだよ」
そう言って曇天の空を見つめる。
「考えてみたらこういうデート、一度もしてなかったからね」
「姉弟だからな」
「そうなんだけどさ。でもほら、仲のいい姉弟なら、こうしてデートの一度や二度、してると思うんだ」
「どこ情報の話だよ。聞いたことねえぞ」
「あんな馬鹿親のところに生まれてなかったら、もう少し早くこういうことも出来てたのかなって思う」
「……」
「施設に入ってからは、周りに打ち解けることに必死だったし。一緒に住むようになってからも、生きることが目標になってたし」
「青空姉、必死に働いてたもんな」
「夢にまで見たあんたとの生活、何が何でも守りたかったんだよ」
「俺もだよ。中学の内は働けない、そんな訳の分からん法律をどれだけ憎んだことか」
「だからね、あんたとこうしてデートするの、ずっと夢だったんだ」
そう言って幸せそうに微笑んだ。
「私にとって、今までで一番幸せだった思い出。それは子供の時、アイスを買ってあんたと二人、夕焼けの公園で一緒に食べたこと。あれ、またしてみたいな」
「アイスって、真冬だぞ? 無茶苦茶寒いと思うんだけど」
「それぐらい我慢してよ。誕生日のお姉ちゃんの願い、叶えてよ」
「せめて肉まんとかにしないか」
「だーめ、これは決定事項なの」
「……分かった、付き合うよ」
「やたーっ」
「それにまあ、確かにあの時は楽しかったし」
「なになに、ひょっとしてあんたも覚えてたの?」
「まあ、ぼんやりとだけどな。それでもあのことは、何かあるたびによく思い出してた。数少ない幸せな思い出だからな」
青空が微笑み、大地の腰元に抱き着いた。
「おいおい青空姉、人前だ人前」
「別にいいじゃない。姉弟なんだし」
「そうなんだけど、間違ってないんだけどさ。周りから見たらこれ、幼女に抱き着かれてる怪しいおっさんだから」
「幼女って言うなー」
「幼女だろうが」
そう言って笑い合う。
「で? どこに行きたい?」
「デートなのに準備もしてないの?」
「あ、いや……ある程度の下準備はしてきたけど」
「マジか」
「うん、マジ」
「さっすが自慢の弟。お姉ちゃん嬉しい」
「でも今日は青空姉が主役なんだ。青空姉が行きたいところ、したいことを優先したいと思ってる」
その言葉に赤面し、大地の手を強く握った。
「じゃあ……まずは映画が観たい」
「あの恋愛物か?」
「うん、そう。あれ、すっごく気になってたから」
「了解。じゃあとりあえず向かうか。あの映画なら次は1時間後だし、時間的にぴったりだ」
時間まで頭に入ってるんだ。そう思い、青空は満足そうに微笑んだ。
「でね、でね、その後は……」
「久し振りに歩きまくったよ。いい疲労感だわ」
「大丈夫かよ。これから浩正さんと会うんだろ?」
「大丈夫大丈夫。この疲れは幸せなものだから、どうってことないよ」
「ならいいんだけどな。あんまり無茶すんなよ」
「大地?」
「青空姉とはこれからも、こうして過ごしていきたいんだからな」
人気のない公園のベンチに座り、アイスの蓋を震えながら開ける。
「にしてもやっぱ、寒いな」
「まあ、冬だからね」
「でも……心はあったかいな」
アイスをすくい、青空に向ける。
青空が嬉しそうに口を開けた。
「……おいしい! これ、病みつきになるかも!」
「カップの写真、撮っとくか?」
「撮る撮る」
写真を撮り、幸せそうに微笑む。
「にしても大地、珍しい失態だったね」
「ああ、映画館でのあれな」
「ああいうこと、一番気をつけてるのが大地なのに。スマホの電源入れっぱなしで、映画のクライマックスでいきなり着信が入って」
「周りに迷惑かけちまった。悪いことしたな」
「怒鳴られてたし」
「いや、あれは全面的に俺が悪い。あの人に非はないよ」
「ふふっ」
「なんでかなって俺も考えたんだけどな。やっぱ今日、こうして青空姉とデート出来て、舞い上がってたからなんだと思った」
大地の言葉にまた赤面し、青空がアイスを慌てて頬張る。
「おいおい大丈夫か。いくらうまいからって、そんな食べ方したら」
「ううっ、寒くなってきた……大地これ、残り食べて」
「ったく……分かったよ」
そう言ってアイスを受け取った大地を、青空が強く抱きしめた。
「青空姉……食べにくい」
「寒いから、ちょっと体温分けて」
「……」
「いつも海ちゃんに分けてるんでしょ? 誕生日ぐらい、お姉ちゃんにも分けてよ」
「分かったよ。でも海の分、残しておいてくれよ」
「ふふっ」
「青空姉?」
「私のことしか考えてなかったあんたが、私を前にしてそんなことを言うだなんて。ほんと大地、変わったね」
「そうかな」
「そうだよ。そしてそれは最高にいいことだ。お姉ちゃん嬉しいよ」
「……そうか」
「うん、そう」
「でも、体温ぐらいならこれからだって分けてやるよ。海の分さえ確保出来れば、いつだって青空姉に」
「大地……」
強く強く抱きしめる。
姉の抱擁。
これまでも何度となくあったことだ。
しかし今、この時の抱擁は。
これからの二人にとって、特別な意味を持つ抱擁とも言えた。
大地も青空を抱きしめ、囁いた。
「青空姉……俺の姉になってくれてありがとう。青空姉の弟になれて俺、本当に幸せだ」
「私も、私もだよ……弟になってくれてありがとう」
「これからも、いつまでも……俺の姉でいてくれよな」
「いつまでも可愛い弟でいてね」
抱きしめ合い、温もりを確かめ合う。
この幸せがずっと続いて欲しい、そう願いながら。
しかし。
そんなささやかな願いは、長く続いてはくれなかった。
「いちゃついてるとこ悪いな、おっさん」
声に顔を上げる。
二人の前に、三人の男が立っていた。
品のない笑みを浮かべて。




