049 慟哭
三日後。
喫茶とまりぎにて、青空の葬儀が営まれた。
この日、この場所で。
青空と浩正、そして大地と海が結婚式を挙げるはずだった。
それが青空との別れの儀式に変わり、列席者たちも複雑な表情を浮かべていた。
「僕はここで、青空さんを送りたいんです」
青空が愛したこの場所で見送ることを、浩正は望んだ。
とまりぎの常連たち。そして青空ちゃんとお別れがしたい、そう言った老人ホームの利用者たちの姿もあった。
「なんでこんな……青空ちゃんの花嫁姿、楽しみにしてたのに……」
「お願いだから、順番守ってよ……」
そう声を震わせ、泣いた。
皆、目を真っ赤に腫らし、青空の遺影を見つめる。
海と浩正は、列席者のもてなしに走り回っていた。列席者の中には海の叔父夫妻、裕司の両親の姿もあった。
本当なら今日ここで、海の花嫁姿を見るはずだった。そう思い、唇を噛み。運命はどれだけこの子を弄ぶのだ、そう憤った。
青空との別れに取り乱した海だったが、とまりぎで彼女を見送ると聞いてから、一旦気持ちをリセットしていた。
哀しい。辛い、苦しい、寂しい。負の感情が彼女の心を蝕んだ。しかしその時海の目には、大地の姿が映し出されていた。
この人は今、本当に生きてるの? そう思ってしまうほど、大地は憔悴しきっていた。何を言っても反応がなく、この三日、ほとんど何も口にしていない。
今辛いのは私じゃない、大地なんだ。そんな大地を一生支える、そう誓ったのは自分じゃないか。
今の私に出来ること。それは大地を支えることだ。
それに浩正さんだって、ずっと働いている。
本当は誰よりも辛いはずなのに。涙も見せず、寡黙に働き続けている。
甘える訳にはいかない。そう思い、列席者たちをもてなした。
大地は祭壇の前で一人、ずっと青空の遺影を見つめていた。
何度か椅子から落ちそうになった。その度に海が駆け付け、支えていた。
1月22日。
朝から降り出した雨は、やむことがなかった。
夜。
葬儀、火葬、骨上げを終えた大地が、海に支えられて部屋に戻った。
骨壺は浩正が預かり、49日を終えてから音羽家の墓に納めることになった。
「大地、着いたわよ」
「……」
骨上げの時。青空の骨を見て、大地が膝から崩れた。
それまで心のどこかにまだ、青空は死んでいない、これは何かの間違いなんだ、そんな幻想にしがみついてる自分がいた。しかし彼女の骨を見た瞬間、現実が大地の心を壊した。
――青空姉はもういない。死んだんだ。
海に支えられ、何とか骨を拾い上げ、骨壺に納めていった。しかし彼の目にはもう、光が失われていた。
そんな大地に寄り添い、何とか家に辿り着いた海だったが、疲労感でいっぱいだった。
この数日、ずっと神経が張りつめていた。現実に向き合う暇もないまま、走り回った。
そして何より、大地のことが心配で仕方がなかった。
大丈夫じゃないのは分かる。大地にとって、たった一人の肉親。
青空がいたからこそ、大地はこれまで生きてこれた。その彼女を失ったことは、大地にとって世界の終わりを意味してるんだ、そう思った。
自分は今、やらなければいけないことに集中するべきだ。それが全てに絶望し、心が死んでいた自分に光をくれた、青空に対する恩返しなんだと言い聞かせた。
しかし今。部屋に戻った瞬間に。張りつめていた心の糸が、音を立てて切れたように思えた。
「ほら大地、中に入ろ」
電気をつけ、大地の腕を肩に回してベッドに向かう。
腰を下ろすと、大地はそのままベッドに横たわった。
「大地……」
虚ろな瞳で天井を見つめる大地。海は冷蔵庫から水を取り出し、大地に向けた。
「飲む?」
「……いや……」
驚くほどに沈んだ声で、大地が答える。海は小さく息を吐き、風呂場に向かった。
「お湯、張ってくるから。大地も疲れたでしょ。お湯につかって暖まって、それから一緒に休みましょ?」
「……」
しかし大地はそれ以上何も答えず、静かに目を閉じた。
心配だったので、一緒に風呂に入った。
案の定、大地は何度か転びそうになった。
「ほら大地。ここに座って」
そう言って海が背中を洗う。
考えてみたら私たち、初めて一緒に入るんだよね。そんな思いが巡った。
ベッドの上ではともかく、まだ大地に裸を見せる度胸がなかったからだ。
でもそんな場合じゃない。大地の安全優先だ。
そんなことを思っていたら、ふいに涙が溢れてくるのが分かった。
「……青空……さん……」
振り絞るように青空の名を口にする。しかしその声は、シャワーの音でかき消された。
「……」
ベッドに大地を座らせ、ペットボトルを差し出す。しかし大地は反応せず、うなだれていた。
「駄目だよ大地、少しでも飲まないと。ただでさえあんた、ほとんど何も口にしてないんだから。せめてお風呂の後ぐらい、水分補給しないと」
そう言って口に押し当てる。
「飲んで、大地」
「……」
何の反応も示さない。そんな大地に苛立ち、
「ああもう! 馬鹿大地!」
そう声を上げ、水を口に含んだ。
そしてそのまま大地に口づけし、流し込んだ。
「……」
大地の喉が少し動く。よし、いける。そう思い、海が何度も水を含み、大地に口を押し当てた。
「……」
何とか水を飲ませた海がほっとした表情を浮かべ、大地の髪に指を通した。
「疲れたよね……今日はゆっくり休みなさい」
そう言って頬にキスをした。
「これからのことは、また一緒に考えよ? とまりぎもしばらく休みだし、大地も少しゆっくりするといいよ」
「……すまん……」
「いいよ、これぐらい。だって大地は私の彼氏なんだから」
「……」
「勿論浩正さんも、青空さん……青空さんも……」
そう言った海の目から、涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「……なんで……ちょっと、ちょっと待って……なんでこんな……あはっ、あはははっ……」
青空の笑顔が浮かぶ。
青空の声が聞こえる。
――大地のこと、お願いね――
「なんで、どうして……私まだ、青空さんに何も返せてない……感謝の気持ちだって、全然伝えられてない……」
大地の胸に顔を埋める。
「うわああああああっ」
これまでずっと抑えていた感情が、雪崩の如く溢れてきた。
「うわああああああっ!」
抜け殻のような顔で、生気のない瞳を空に向けたまま。
大地がそんな海の頭をそっと撫でた。
大地の目にも、涙が光っていた。
青空姉はもういない。
その現実が涙となって、頬を伝っていった。




