029 出会い
その日、青空は繁華街にいた。
大地が高校を卒業してから、何となく家に居辛くなっていた。
どこで働いても長続きしない。華奢な体と眼帯のおかげで、周囲とうまく馴染めなかった。それでも頑張れていたのは、大地がいたからだった。
父親に殴られ、母親に罵倒され。姉である自分だけが頼りで、いつも後をついてきた大地。そんな大地のことが愛おしかった。もし自分が見捨てれば、大地は生きていけないだろう、ずっとそう思っていた。
そう思っていたのに。成長した大地はいつの間にか、自分より社会に順応出来るようになっていた。
頭もよく、家でいつも資格の勉強をしている。そんな弟に対し、青空は強烈な劣等感を持つようになっていった。
「青空姉、今までありがとな。これからは俺が青空姉を守るから」
そう言った大地を直視出来なかった。
悪気がないのは分かってる。心からそう思っていることも理解していた。
しかしその時の青空は、お前の役目は終わったんだよ、そう言われたような気がしていた。
事実、あっさりと自分の稼ぎを越えられてしまい、青空の自尊心は音を立てて崩れていった。
私にはもう価値がないのだろうか。そんな自虐的な思考に苛まれ、いつしか青空は働く意欲をなくしていった。
そんな青空に対し、大地は愚痴のひとつもこぼさなかった。それがまた、青空を苦しめた。
一緒にいると息苦しくなり、大地が帰宅する頃を見計らって、こうして夜の街を徘徊する。そんな日々が続いていた。
その日も適当な場所に座り煙草に火をつけると、家から持ってきた缶ビールを開けて飲みだした。
「お嬢ちゃんお嬢ちゃん、こんな時間に何してるの?」
またか……そう思い顔を上げると、男が二人、自分を見降ろしていた。
茶髪と黒髪。見た感じ、大学生と言ったところか。
「何か用?」
容姿に不似合いな大人びた物言いに、男たちが一瞬固まった。そして顔を見合わせて笑った。
「あはははははっ、お嬢ちゃん、面白いね。そんなに構えなくて大丈夫だよ。僕たち別に、どうこうしようって思ってる訳じゃないから」
「どうこうしないんなら何よ。向こう行きなよ」
「おいこいつ、眼帯なんかしてるぞ」
「そういうお年頃なんだろ。キャラ作りだよ、キャラ作り」
「あんたら、歳いくつよ」
「お兄ちゃんたちは19歳だよ」
「やっぱガキか……」
大地よりひとつ年上なのに、目の前の二人がどうしようもなく子供に見えて、青空が苦笑した。その笑みに、茶髪が不快な表情を浮かべた。
「おいお前、今なんつった」
「おいおい、子供相手にマジになるなって。ええっとね、駄目だよお嬢ちゃん、大人にそんな態度とったりしたら。お兄ちゃんだから許してあげるけど、他の人ならただじゃ済まないよ」
「いいから向こう行けって。ガキに用はないんだよ!」
どこまでも自分を見下げる態度に苛立ち、青空が煙草を投げつけた。
「このガキっ!」
茶髪がそう声を荒げ、青空の腕をつかむ。
「なんだよお前! 気安く触るんじゃねえよ! 離せ、離せよ!」
「うるせえんだよ、甘い顔してたらつけあがりやがって。舐めんじゃねえぞ!」
怒鳴りながら青空を無理矢理立たせる。咄嗟に青空が、手に持つビールを茶髪にぶちまけた。
「……てめえ」
茶髪が顎をつかみ、怒りの形相で青空を見据える。
その表情に。
青空の中で眠っていた、忌まわしき過去が蘇ってきた。
「いやああああっ! 離せ、離せええええっ!」
「騒ぐんじゃねえよクソガキ! お前のビールでズボンが汚れちまったんだ、詫びいれろ詫び!」
「いやあああああっ! 大地、大地いいいいっ!」
「ちょっと失礼。女性相手に男二人、何をされてるんですか」
背後から聞こえた、穏やかな声。
振り向くと、そこには眼鏡をかけた色白の青年が立っていた。
「なんだお前、こいつの知り合いかよ」
「いえ、そういうことじゃなくてですね。こんな場所で女性を恫喝してる人がいるんです。見過ごせないと思いまして」
「関係ないなら向こう行ってろ!」
「そういう訳にはいきませんよ。女性が嫌がってないならともかく、どう見てもあなたのしてることは犯罪の一歩手前です。その辺りでやめておくのが賢明ですよ」
「こいつにビールをかけられたんだ! おかげでズボンがずぶ濡れなんだよ!」
「洗えば……いいと思いますけど」
「……お前、喧嘩売ってんのか」
「そんなつもりはありません。汚れたのなら洗えばいい、そう言ってるだけですけど」
青空の手を離し、茶髪が色白の男に向かっていく。そして胸倉をつかみ、睨みつけた。
「次は僕ですか? でもまあ、女性相手よりは健康的ですね」
「うるせえっ!」
言葉と同時に頬を殴る。色白の男は吹っ飛ばされ、壁に激突した。
「きゃあああああっ!」
青空が叫ぶ。
「陰キャ風情が首突っ込んでんじゃねえぞ!」
茶髪が肩を震わせて怒鳴る。
その声に、青空の叫び声に。通行人たちが何事かと足を止めた。
「……おいおい、やりすぎだって。もういいじゃないか、飲み直そうぜ」
周囲の視線に気付いた黒髪が、そう言って茶髪をなだめる。
「ちっ……クソが」
そう毒づき、男が色白に向けて唾を吐いた。
「おい君たち、そこで何してるんだ」
「やべっ、警察だ。逃げるぞ」
そう言って男たちが足早に去っていく。
姿を見せた警官が見たもの。
それはうずくまった色白の男と、傍で泣きじゃくる少女だった。
それが青空と、浩正の出会いだった。




