028 理不尽な世界
自分の中で、何かが変わろうとしている。
その事実に戸惑い、海は首を振った。
「とにかく……私はまだ死なない。矛盾だらけだって分かってる。でも私は、この偶然の出会いを大切にしたい。例えそれが、人生最後に見てる夢だとしても」
「……そうか」
「だから大地、聞かせてくれる?」
「ああ、構わない。じゃあ風呂に入ってから話すか」
「うん」
海の中で、様々な葛藤が蠢いているのが分かる。しかしそれは、決して悪いことではないんだと大地は思った。
こうやって人と出会い、人の人生に触れて。
絶望が希望に変わっていくのも悪くない。
お前ならまだやり直せる。
その一助になると言うなら、もうしばらく付き合ってやるよ。そう思った。
「青空姉の高校卒業と同時に、俺たちは施設を出た」
「その頃の大地って、まだ中学生よね」
「ああ、中二だった。だから働くことも出来ない。青空姉はそんな俺を引き取って、面倒をみてくれた。
と言っても青空姉、あの見てくれだ。正規で雇ってくれるところはなかった。だから色んなバイトを掛け持ちして、生きる為の金を生み出してくれた。そんな青空姉の力になりたくて、俺は青空姉名義でよく内職をやってた。あと家事と」
「……」
「青空姉の作った料理は、正に殺人兵器だった。あれなら食材をそのまま食べた方がマシだった。とにかくなんだ、命の危険を感じた俺は、必死になって料理を覚えた」
「なんか……ふふっ、想像したら笑っちゃうね」
「笑いごとじゃねえよ。ああ、俺はもうすぐ死ぬんだな。でもまあ、青空姉に殺されるなら悪くないか、そこまで覚悟を決めたんだからな」
「……どんな料理だったのか、見てみたい気はするけど」
「見るだけなら問題ない。でも、決して口に入れてはいけない」
「ふふっ」
命の危機を語っているのに。大地の表情から、その時の食卓は幸せに満ちていたんだろうな、そう感じた。
両親の暴力に耐え、施設で身を寄せ合って育った二人にとって、ようやく訪れた穏やかな日常。きっとそれは、私の想像以上に温かいものだったんだろうなと思った。
「高校に入ってからは俺もバイトを始めた。俺はまあ、青空姉と違って普通の見てくれだからな、働き口を探すのに苦労しなかった」
「どんな仕事をしてたの?」
「肉体労働がメインだったな」
「そうなんだ。大地のがっしりした体って、働きながら出来たものなんだね」
「正規になってからは、収入もそれなりになったと思う。青空姉を養えるぐらいには稼いだ」
「どういうこと?」
「青空姉、一時期性格がひん曲がってたんだ」
「……」
「どこで働いてもうまくいかない。見てくれは華奢だし、幼く見えたからな、同僚たちから軽んじられてた。それにあの眼帯だろ? アニメや漫画だと個性になるけど、実際つけてるやつと出くわしたら、違和感を感じるやつも結構いるんだ。で、たまにふざけてそれを取ろうとするやつがいた。『キャラづけなんて、痛すぎるだろ』とか言って」
「そんな人……いるんだね」
「で、取ってみたら大きな傷跡が出て来る訳だ。それを見てみんな、ドン引きしてたらしい」
「酷い……」
「そういうことを繰り返していく内に、青空姉の心はすり減っていった。流石の楽観主義も病んでいった。その頃じゃないかな、酒と煙草を覚えたのも」
「……」
「何をやっても報われないし、誰も自分を認めてくれない。この体だって、この右目だって。好きでこうなった訳じゃない。それなのにどうして、こんな息苦しい思いをしなくちゃいけないんだって」
「青空さんにそんな時期が……」
「そして俺が働けるようになって、青空姉の中で張りつめていた糸が切れた。自分が頑張らなくても、我慢しなくても。これで何とか生活出来る。そう思ったらもう駄目だった。青空姉、人と会うのが怖くなっていったんだ」
「……」
「ずっと無理してたのは分かってた。だから責めなかったし、働いてほしいとも言わなかった。言えなかった。
これまで俺の為、ずっと我慢して頑張ってきたんだ。だからこれからは、俺が青空姉を支えるって。でも青空姉、俺がそんな風に考えてることが辛かったみたいだ」
「そうなんだ……」
「認めてくれない世界を憎んで、無力な自分を呪った。それが怒りに変わっていくのに、そう時間はかからなかった。
そしてその怒りの矛先は、一時期俺にも向けられた」
「大地に?」
「自分と違って、弟は体もがっしりしている。年相応にも見える。働き口に困ってないし、自分よりも稼いでくる。不公平だ、理不尽だ、そう泣きながら言われたことがあった」
「……」
「青空姉、夜になるとよく外に出てた。別に何かしてたって訳じゃないぞ。ただ暗くなった世界が好きなんだって言ってた。でもそこで、ひとつ問題が起きた」
「問題?」
「補導。警察の厄介になることが増えたんだ」
「補導って、その時の青空さん、立派な成人でしょ?」
「あの見てくれだ。分かるだろ」
そう言われて、先日青空が居酒屋で言ってたことを思い出した。
『未成年が酒を飲んで煙草を吸ってる。この容姿だと、色々面倒なのよ。だから私がここに来ると、店の人は個室に通してくれるんだ』
「……」
「で、事あるごとに警察から俺に電話がかかってきた。その度に迎えに行った」
「青空さん、身分を証明するものとか持ってなかったの?」
「嫌がってたんだ、それを持つのを。他の人間は必要ないのに、どうして自分だけがそんな手間をかけないといけないんだって」
「言いたいことは分かるけど……それだと大地、大変だったでしょ」
「ああ、正直大変だった。そのことで喧嘩もした。いちいちムキにならなくてもいいじゃないか、黙って見せて誤解を解けって」
「免許証は……持ってないよね」
「あの目だからな。だからマイカードを作ったんだけど、青空姉、意固地になって携帯しなかった。
そんなある時。青空姉は浩正さんと出会ったんだ」




