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月夜夢の異世界相談室  作者: コラソン


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第七話 土方と山南



フミは、ここ数日、ずっと悩んでいた。

『魔王のいる異世界へ行け』

突然届いた指示。あまりにも唐突で、あまりにも勝手な話だった。


自分には、やるべきことがある。

お雪の子孫を探し、あるものを渡さなければならない。


それは、土方家に代々受け継がれてきた小刀だった。

土方歳三がつくった小刀。


なぜ、それが受け継がれてきたのか。どんな意味が込められているのか。


フミは、まだ知らない。


ただ、お雪の子孫に渡すこと。それが自分の役目だとわかっていた。


手がかりを追っているところなのだ。


ここで異世界へ行ってしまったら、探すことも、小刀を渡すこともできなくなる。


「……どうすりゃいいんだよ」

フミは小さくつぶやいた。


行きたくない。

少なくとも、今は。仕事も好きだし

迷惑だ。


    

一方、山南敬吾もまた、頭を抱えていた。

『勇者とともに、異世界へ来るように』


「……なんだよ、それ」


勇者って誰だ。


異世界って、どこだ。


説明が足りなすぎる。適当かよ。

誰がそんなんで、「はい、行きます!!」

ってなるかよ。


しかも、山南には次の舞台が待っていた。

今度こそ、準主役を任せてもらえるかもしれない。


役者として、ようやくチャンスが巡ってくるかもしれないのだ。

こんなところで異世界へ行っている場合じゃない。


「困ったなぁ……」

山南は天井を見上げた。


そして、ふとフミの顔が浮かんだ。


土方史。


フミは同じ舞台に立つ主演俳優だ。

いつも輝いている。


だけど

最近、あいつの様子がおかしい。

何かを考え込んでいるし、いつもの調子でもない。


何を悩んでいるのかは知らないが、妙に気になる。


フミを見ていると、時々不思議な懐かしさを覚える。

理由はわからない。


わからないけれど、放っておけない。


     

舞台の千秋楽。

舞台を終えた山南は、フミの姿を目で追っていた。


やはり、様子がおかしい。


周りが千秋楽の余韻に浸る中、フミはどこか落ち着かず、ひとり早々に劇場を出ていった。


「あれ?主役なのに、あいつ何処に行く気なんだよ…」

山南は首をかしげた。


声をかけようとしたが、フミの背中はすでに遠ざかっている。


山南は少し迷った。

自分だって、異世界には行きたくない。


次の舞台があるのだ。


「……よし」

山南は上着をつかんだ。


一緒に帰ればいい。

我ながら名案だ。


山南はフミの後を追った。


     *


フミを追って

たどり着いたのは、古びた本屋だった。


フミは迷わず店の中へ入っていく。


ん?なんか変だぞ。フミは棚にある本に

脇目もくれず、奥の方へむかっている。


一見目立たない。まるで隠しているように

細い扉があった。そこを開けると

幅の狭い階段があった。


「おじゃまします!」

山南も続いて入るために、靴を脱いだ。


急いでいたせいか、靴下の片方がかかとからずれている。


だが、本人はまったく気づいていなかった。


そのまま階段を駆け上がった。

どうやら屋根裏部屋??


目の前に見える背中。


「フミ!」

呼びかけた山南は、目の前の光景に足を止めた。


窓から差し込む光。そもそも、窓じゃない

感じもするし、ただの光ではない。


空間が歪み、何かに引き寄せられるように、フミの身体が窓の向こうへ引っ張られていた。


「……は?」

山南は目を疑った。


フミが消えかけている。


「おい、マジかよ!」

フミは必死に抵抗していた。


何とかこちら側へ戻ろうとしているが、身体は少しずつ光の中へ引き込まれていく。


「よし!」

山南も、窓の光めがけて飛び込んだ。


「……フミー!帰ろーぜ!!」

思いついたことを、そのまま口にした。


名案のつもりだった。


山南はフミへ駆け寄り、その手をつかんだ。


「フミ! 帰ろうぜ!」


「山南!?どうしたんだよ!!」


「迎えに来た!」


「頼んでない!」


「いいから、戻ろうぜ!あそこに窓みたいなの

見えるだろ、そこから俺たちが入ったんだよ!

あそこに戻ればよくね?」


「戻れるわけねぇよ!!今さら!」

フミが怒鳴る


そりゃあ、フミは異世界に行きたくない。


お雪の子孫を探し、小刀を渡さなければならない。

次の主演舞台もある。

こんなところで異世界へ連れていかれるわけにはいかなかった。


山南にも、譲れない事情がある。

次の舞台。準主役。役者としてのチャンス。


二人とも、今はとにかく帰りたい。


「ほら、戻ればいいんだろ!」


「そんな簡単な話じゃ……!」


言い終わる前に、二人の身体が強く引っ張られた。


「マジかよ、これで俺終わったわぁぁ

くそぉー!!」山南がキレる。


足元が浮く。

踏ん張っても、思うように動けない。


「ああくそっ!!」フミも悔しい。


まるで、目に見えない力に引きずられているようだったから。


「うわっ!」

山南が声を上げる。


「何か引っ張られてるな!」

フミにも、何が起きているのかわからない。


そのときだった。

山南の足元で、何かがするりと抜けた。


かかとからずれていた靴下が、ついに脱げたのだ。


片方の靴下は、二人を引き込む光に吸い込まれ、そのまま向こう側へ消えていった。


「うおっ!」

山南はバランスを崩した。


フミの手をつかんだまま、必死に踏ん張る。


次の瞬間。


どこか遠くで、何かが弾けるような気配がした。


そして、二人を引っ張っていた力が、ふっと弱まった。


「今だ!」

フミが声を上げる。


二人は窓のほうへ引き戻されるように、勢いよく転がった。


    

どすん!


屋根裏の床に、二人の身体が落ちた。


「いってぇー」山南がお尻をさする。

「背中やったわこれ。」フミがうずくまる。


しばらく、二人とも動けなかった。


やがて山南が、ゆっくりと顔を上げる。


「……帰ってきた?」

古びた床板。

光っていた窓が、

ただの薄暗い状態になっている。


窓といっても、ただの木枠。


だけど、間違いない。


「帰ってきたな!」

山南はほっとしたように笑った。


「よかったな、フミ!」


フミは返事をせず、深く息を吐いた。


異世界へ行かずに済んだ。

ひとまず、それだけは確かだ。


だが、お雪の子孫はまだ見つかっていない。


小刀も、渡せていない。

自分の役目は終わっていないのだ。


フミは顔を上げ、山南を見た。

「……お前、いったい何しに来たんだ」


「だから、迎えに来たんだって」


「俺は頼んでない」


「でも、帰りたかったんだろ?」


フミは言葉に詰まった。

それは、そうなのだが。


「お前だって、異世界へ行けって言われたんだろ。だったら、自分のことを考えろよ」


「考えたよ?」

山南は、きょとんとした顔をした。


「フミも行きたくなさそうだったから、一緒に帰ろうと思って」


「……なんだよ、それ」

フミは呆れた。


まったく、調子が狂う。


だが、あのとき山南が手をつかんでくれなければ、どうなっていたのかわからない。


「とにかく、ここで起きたことは誰にも話すな」


「えー、なんで?」


「なんでもだ」

もし、自分が勇者だと知れたら今度こそ

異世界に連れていかれそうだった。


「わかったよ」

山南は軽く返事をした。


そして、立ち上がる。


「あーいてぇ。でも、帰ろうぜ。次の舞台の稽古もあるし」


「……お前な」

フミはため息をついた。


お雪の子孫を探すことも、小刀を渡すことも、まだこれからだ。


今は、この世界に戻ってこられただけでよしとするしかない。


「ほら、フミ。早く!」


「わかったから、急かすなよ!」


山南は先に階段へ向かった。


フミも、その後を追う。


山南は気づいていない。


自分の靴下が片方なくなっていることに。


そして、異世界に何を送り込んでしまったのかも。


二人が去った屋根裏には、何事もなかったかのように静けさが戻った。


ただひとつ。


異世界では、勇者を迎えるはずの転送が、思いもよらない結果を迎えていた。

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