第六話 痺れを切らした魔王、動く。
魔王は、とうとう我慢の限界に達していた。
気持ちはわかる。展開がグズグズだからだ。
イライラしながら
「わかりません、だと?」
「はっ。召喚の痕跡は残っておりますが、勇者の所在は依然として不明でございます」
「不明、不明、不明! おまえたちの口からは、それしか出てこないのか!」
魔王の怒声が、謁見の間に響き渡った。
並んでいた部下たちが、いっせいに頭を下げる。
勇者を召喚したはずだった。
ところが、現れたのは片方の靴下。
しかも、妙に臭い。疲れきった臭いがする。
魔王は報告書を床に叩きつけた。
「もういい! 火でも吹いて暴れてやろうか!」
「お、お鎮まりください、魔王様!」
「鎮まっていられるか! 勇者は来ない、理由もわからない、挙げ句の果てに靴下だけだぞ!」
魔王は玉座から立ち上がった。
「私が行く!」
「はっ?」
「その靴下が来た場所へだ! 自分の目で確かめてやる!」
「し、しかし魔王様。異世界への移動は危険が伴います。行き先も正確には――」
「うるさい!俺は魔王だ!」
魔王の頭から、二本の角がぴんと立った。
「行き先がわからないなら、わかるところまで行けばいい!」
部下たちは顔を見合わせた。
誰も止められなかった。
このまま魔王がいても、本当に火を吹いて
自分達も丸焦げになるし…
魔王は靴下をひったくるように受け取ると、召喚陣の中央へ歩いていった。
「魔王様! せめて護衛を!」
「いらん!」
「では、せめて行き先の確認を!」
「着けばわかる!」
靴下を片手に、床に描かれた魔法陣を見下ろす。
「さて。こいつが来た場所へ、私を送れ」
魔法陣が光った。
「魔王様、どうかお気をつけて!」
「俺は魔王だ!気を付けるほどやわじゃない!」
光が一気に膨らんだ。
次の瞬間、魔王の姿は謁見の間から消えていた。
残された部下たちは、しばらく沈黙した。
「……魔王様、行ってしまわれましたな」
「そうだな。丸焦げにならなくてよかったよ」
「ところで、魔王様は帰り道をご存じなのでしょうか」
「……」
「まぁーあの方、ゴリ押しで帰ってくるんじゃないかな?」
その頃、古びた書店の屋根裏では。
「だから、何も進んでないじゃん!」
蓮華が叫んでいた。
「勇者が来ない。靴下だけ届いた。魔王は何してんの? ずっとあっちで待ってるわけ?」
「蓮華、少し落ち着いて」
律が穏やかに声をかけた。
「落ち着けるわけないでしょ! こっちは手掛かりを探してるのに、向こうから何の連絡もないんだよ!」
「僕が魔王なら、とうに痺れを切らしているけどね」
「でしょ!?」
蓮華は勢いよく振り返った。
「魔王って、もっとこう、ドーン! ってやるもんじゃないの?」
「魔王にも、いろいろいるんじゃないかな」
「そんな悠長な魔王、いる!?」
そのときだった。
屋根裏の窓が、ガタガタと音を立てた。
「え?」
風は吹いていない。
なのに、窓から差し込む光が、ぐにゃりと歪んだ。
空気が揺れる。
床が鳴る。
律の表情から、笑みが消えた。
「……蓮華。下がって」
「え、なに? 何なの?」
光の中から、何かが飛び出してきた。
ドンッ!!
床板が大きく揺れた。
もうもうと舞い上がる埃。
蓮華は悲鳴を上げ、尻もちをついた。
「ひゃああああっ!!」
律も思わず体勢を崩し、よろけたが
秀が、サッと律の腰を抱いて支えた。
「ああ、秀ありがとう。」
微笑む律。
秀は、ドキッとする。
ん?ん?
いやまて。律は男だしっかりしろ俺。
そんな、ごちゃごちゃな状況の中
現れたのは見たこともない男だった。
人間離れした威圧感。
頭には、立派な角。
身にまとった衣装は、どう見ても普通ではない。
そして男は、床に片膝をついたまま、手に持った靴下を見ていた。
「……ここか」
低い声が、屋根裏に響いた。
「ようやく着いたぞ」
男は立ち上がり、周囲を見回した。
そして、尻もちをついたまま固まっている蓮華に目を留めた。
「おい」
「ひっ!」
「ここはどこだ?」
「えっ?」
「知らんのか!?」
「ややや、屋根裏ぁぁー」
言いながら
蓮華は床を這うようにして後ずさった。
男は眉をひそめた。
「何をそんなに怯えている。私は道を尋ねているだけだぞ」
「角! 角が生えてるぅぅぅ!」
「角くらい生えるだろうが!」
「生えないよぉぉぉ!えっ?何?
コスプレ?まって。ちょっとまって?
レイヤーさん?えっ?」
蓮華は、混乱した。
律は蓮華をかばうように一歩前へ出た。
「失礼ですが、あなたはどなたでしょうか」
男は律を見た。
そして、なぜか少しだけ姿勢を正した。
「私は魔王だ」と言ってキメ顔をした。
屋根裏から、音が消えた。
蓮華の口が、ぽかんと開く。
「……まおう?」
「そうだ」
「……魔王って、あの?」
「ほかに何がある」
蓮華は律を見た。
律は魔王を見ていた。
秀は、こんな状況なのに
律の華奢な体に、まだドキドキしていた。
律は男
律は男
蓮華はもう一度、魔王を見た。
「……って、まさか。」
次の瞬間。ハッとした蓮華
「うそうそうそぉー!!ヤバいって!!」
蓮華は腰を抜かしたまま、両手で頭を抱えた。
「魔王が来たぁぁぁぁ!!」
「さっきからそう言っているだろう!」
魔王の怒声が、屋根裏に炸裂した。
蓮華はスマホをポケットから出した。
「魔王さぁーん!!記念に撮ろう!」
律は額に手を当てた。
どうやら、面倒な客が来たらしい。
そんな事もお構いなしに
「魔王さんってば!!早く早く!!撮るよー」
蓮華も面倒なアホになっている。
魔王は手にした靴下を掲げた。
「それより、聞きたいことがある!」
蓮華は
「いいよ!何?」
「この靴下は、誰のものだ!」
「知りませんよ!!なんなの?その急な質問~」
魔王の怒声と蓮華の訳のわからないテンションが、古びた書店の屋根裏に響き渡った。
こうして。
異世界の魔王と、令和の人間たちの、とんでもない出会いが始まった。




