第五話 手掛かりは意外
魔王城。
「召喚は成功した。なのに、勇者がいないとはどういうことだ!」
「召喚陣は正常に作動しております。ただ、転移先を示す魔力の流れが途中で途切れているのです」
「途切れた?」
「はい。召喚が失敗したのではなく、こちらが把握できていない場所へ移動した可能性もございます」
魔王は眉間にしわを寄せた。「可能性では困る。勇者の行方を突き止めろ!」
「承知いたしました」
側近が一礼する。魔王は召喚陣を見下ろした。勇者を呼び出すことには成功した。だが、肝心の勇者がいない。いったい、どこへ行ってしまったのか。
カフェ月夜夢では、
「勇者がいない? んー、それはもうわかってるけど?」
蓮華は、律の説明に首をかしげた。
「召喚されたはずの勇者が、まだ見つからないんだよ」と律が答える。
「魔王側は、召喚に成功したと考えているらしい。ただ、勇者の居場所がわからないんだ」
沖田が補足した。
「ちょっと待って。魔王側って、向こうの世界のことだよね? じゃあ、私たちの世界は?」
「向こうから見れば、こっちも異世界だろうね」
律がさらりと言う。蓮華は目をぱちぱちさせた。
「そっか。こっちから見たら向こうが異世界だけど、向こうから見たら、こっちが異世界なんだ……。なんか、ややこしいね」
「自分の世界が普通だと思ってるからじゃない?」
「それを言われると、そうかも」
蓮華は腕を組んで考えた。勇者が召喚されたはずなのに、行方がわからない。魔王側が困っているのはわかった。けれど、手掛かりがなければ、こちらだって何もできない。
「ねえ、勇者がどこにいるのか、調べる方法はないのかな?」
「それがわかれば苦労しないよ。でも、手掛かりが見つかれば話は別だ」
沖田の言葉に、蓮華の顔がぱっと明るくなった。
「だったら、エイトに聞いてみよう!」
「エイト君か。確かに、あの子なら何か気づくかもしれないね」
律もうなずいた。
永倉エイト。試衛館書店のオーナーの孫で、蓮華の同級生だ。
歴史や考古学に詳しく、古い記録や遺物の話になると、同年代とは思えないほどの知識を披露する。
「でも、異世界の召喚に歴史や考古学が役立つのか?」沖田が尋ねる。
「わからないよ。でも、わからないから聞くんでしょ? 昔の記録に似たような話が残ってるかもしれないし!」
蓮華は勢いよく立ち上がった。「それに、エイトに会えるし!」
「……そっちが本音?」
「両方、本音!」
沖田が呆れた顔をする一方、律は楽しそうに笑った。
「そこまで好きなら、いっそ告白したら?」
「こ、告白はまだ早いよ!」
「調査に行くんじゃなかったの?」
「行くよ! 調査もするし、エイトにも会うの!」
蓮華は真っ赤になりながら、店を飛び出していった。
試衛館書店。
「エイトー!」
「声でかっ!」
店の奥から顔を出したエイトが、思わず耳を押さえた。
「何だよ、蓮華。また何かあったのか?」
「うん。ちょっと聞きたいことがあって!」
「その言い方、絶対ちょっとじゃないだろ」
エイトは苦笑しながら、カウンターから出てきた。
蓮華はさっそく本題に入る。
「勇者が召喚されたはずなのに、見つからないんだって!」
「……どこからの情報だよ」
「異世界!」
「情報源が壮大すぎるだろ!」
エイトは笑ったが、蓮華が真剣なのを見ると、すぐに表情を改めた。
「で、召喚された場所には何か残ってないのか?」
「それが、まだわからないみたい」
「なら、まずは召喚の痕跡を調べる必要があるな。歴史的な記録でも、遺跡の調査でも、何かが起きたあとには、何らかの痕跡が残ることがある。もちろん、異世界の魔法が同じとは限らないけど」
「やっぱりエイトに聞いてよかった!」
「まだ何もわかってないって。場所も、召喚の方法もわからないんじゃ、推測にも限界がある」
エイトは少し考え込んだ。
「ただ、召喚した側が成功したと判断してるんだよな? だったら、完全な失敗とは限らない。召喚された人が別の場所に転移したのか、それとも何かだけがこっちに届いたのか。そこを切り分ける必要がある」
蓮華は目を輝かせた。
「何かだけが届く……?」
「可能性の話だよ。証拠がないうちは決めつけられない」
「そっか。じゃあ、何か見つかったら、エイトに知らせるね!」
「頼むよ。実際の痕跡があれば、そこから考えられることもあるから」
「うん! ありがとう!」
蓮華は満面の笑みを浮かべた。エイトはその顔を見て、少しだけ目をそらした。
「……お、おう。何かわかったら連絡してくれ」
「絶対だよ!」
蓮華は弾む足取りで店を出た。エイトはその後ろ姿を見送り、小さく息をつく。
「……ほんと、忙しいやつ」
そう言いながらも、その口元には笑みが浮かんでいた。
魔王城。相変わらず話が平行線。
だが。
召喚陣の調査を続けていた側近が、床の隅に何かを見つけた。
「魔王様。こちらに奇妙な物が」
「今度は何だ?」
側近が拾い上げたのは、片方だけの靴下だった。
魔王は無言でそれを見つめる。
「……靴下?」
「はい」
「勇者ではなく?」
「靴下でございます」
沈黙が落ちた。
「なぜだ!」
「私にもわかりかねます」
魔王は靴下をひったくるように受け取った。よく見れば、布にはかすかな魔力が残っている。あと、ちょっと臭い。
もう1度くんくんする。
「臭ぁぁあー!!おのれ…異臭で罠を…」
魔王は、真剣だったが、
「これは……罠ではないかと思われます。
異臭で何かするなら、もっと強烈な臭いを
発生させると、想定します。」
「それにしても、臭いな。」
魔王は、まだこだわっていたが、
側近が話を続ける。
「転移魔法の残滓と思われます。召喚の際に生じたものか、あるいは別の転移に関係するものかは、まだわかりません」
「つまり、勇者の手掛かりかもしれないということか?」
「はい。少なくとも、召喚陣に無関係な物とは言い切れません」
魔王は靴下を見つめた。勇者は来なかった。だが、臭い物は届いた。そして、その何かには転移魔法の痕跡がある。
「この靴下を徹底的に調べろ!」
「承知いたしました」
側近が靴下を持って下がろうとした、そのとき。
「待て」
魔王が呼び止めた。
「……その布、こちらの世界のものではないな?」
側近は、はっと顔を上げた。
確かに、見慣れない織り方だった。
魔王は召喚陣を見下ろした。
勇者はどこへ行ったのか。なぜ靴下だけが届いたのか。そして、この布はどこの世界で作られたものなのか。
そして、この靴下は転送途中の
うっかりが、招いたものだった。
3足1000円の靴下が、まさか
物語を動かす物になるとは。




