3-08 賽の河原は今日も元気に学級崩壊☆
川原サイノは今日から賽の河原の監視員として働くことになった。子供たちがきちんと石を積んでいるかを監視するのが仕事だが、子供は誰一人石を積んでおらず、監視員の言うことも聞かない学級崩壊状態。このような状態で果たしてサイノは監視員としてきちんと仕事ができるのか?
「それでは川原さん、今日からよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします!」
仕事内容の説明を終えると、私の教育係だという鬼山さんの車に乗り、現場に向かうことになった。
「そういえば鬼山さん、賽の河原ってどんなところなんですか? 私、あまり詳しいことを知らなくて……」
「あら、名前の割に知らないのね」
私、川原サイノは今日から賽の河原の監視員をすることになった。いろいろ事情はあるが、私は今ここでお金を稼がなければならないのだ。
「賽の河原。人はみんな、死後に『死出の旅』に出かけるの。いわゆる『冥途の旅』というやつね」
鬼山さんによると、この旅では「死出の山路」と呼ばれる長い道のりを、49日かけて歩くのだという。その途中にあるのが「賽の河原」であり、その向こうには三途の川がある。死者はこの川を渡らなければならないのだ。ちなみに三途の川へ辿り着くのが、ちょうど初七日の頃だとか。というか車があるならせめて善人だけでも車で送ってやれよ。
「でも子供はそこで石を積むんですよね。何故ですか?」
「両親を悲しませたから、その罪を償うためね。昔は仏像を作らせていたんだけど、子供には時間がかかりすぎるからね」
「でも、鬼が来て壊してしまいますよね?」
「ええ、両親が悲しんでいるうちは、罪を償う必要がある、という考えからね。でも最近コンプライアンスが厳しくて、気軽にに壊すこともできなくなったらしいわ」
賽の河原のコンプラ意識って何?
そんなことを思っていると、やがて山道を抜け、川が見えた。これが三途の川というものか。そして、誰もいない河原が見えてきた。
「……石が積まれている様子がありませんが?」
「まあ……今は石を積む時間ではないから」
子供たちが石を積む時間は朝6時間、昼6時間と決まっているらしい。……今って昼じゃなかった?明るいし。
河原の近くには大きな宿舎があり、子供たちはそこで休んでいるらしい。
宿舎に入ると、子供の声がしてくる。というかめちゃくちゃうるさい。
「はいはーい、皆さん、今日は新しい監視員さんが来ましたから、紹介しますね~」
鬼山さんがパンパン、と手を叩くと、子供たちの声が静かになり、一斉にこちらを向く。見たところ100人ほどだろうか。年齢は……5歳から10歳といったところ。ちなみに似たような宿舎が、この川の河原には無数にあるらしい。年齢もまちまちだとか。
「えっと……川原サイノです。皆さん、今日からお願いします」
軽く挨拶すると、無数の拍手の嵐……の前に、子供たちの興味の声の嵐が飛び交った。
「うおおお、姉ちゃんちっちぇぇ!」
「平たい胸族だ!」
「おねえさん、彼氏いるの?」
……確かに身長は150cm程度だし、胸はAだし、彼氏などできたことはない。
だが、相手は子供。ムキになってはいけない。セクハラなどという言葉もピンと来てないようなお年頃だろう。これから少しずつ心を開かせればいい。
「さてみなさん、休憩はこの辺にして、そろそろ石を積みに行きますよ」
あ、今休憩時間だったんだ。
「えー、やだー」
「めんどくさーい」
「せんせーが積んでおいてよー」
えっ、今の賽の河原の子供ってこんな感じ? もっとこう、悲壮感漂う感じじゃないの?
そんな感じで鬼山さんが苦労して子供たちを賽の河原に連れ出し、ようやく私の初仕事が始まるのだった。というか、鬼山さんって先生だったんだ。一体何の?
「それでは川原さん、子供たちがしっかり石を積んでいるか、監督お願いします」
「はぁ……えっと……」
賽の河原に向かった私は、その光景にあきれていた。
「……誰も石を積んでいませんが?」
石を積まなければいけない子供たちは、誰一人石を積む様子が無かった。
平らな石を探して三途の川で水切りをしている子、石で絵を描く子、石を投げて遊ぶ子、釣りをする子、中にはスマートフォンで動画を見ている子もいる。……ただの賽の河原キャンプ場である。というかゲーム機器とかスマホとか持ち込み有りなの?
「はい、ですから、その子たちに石を積ませるのが、あなたの仕事なのです」
「この状態をどうしろと?」
「マニュアルなら渡したと思いますので、わからないことは聞いてください」
「わからないことしかないのですが?」
確かにマニュアル(全1000ページ、巻頭特集はダンディな賽の河原の鬼特集)はもらったが、まだ特集ページしか読んでいない。
「まあ、まずは子供たちと心を通わせることからですね。いろんな子供と話してみてください」
「……」
「あと、3時間ほどしたら乳幼児の世話もお願いします。石を積むのは4歳以上にならないと無理ですから」
そりゃまあ乳幼児に石を積ませるのは無理だから……ってここ育児もするの?
「ああそうだ、私、これから買い出しがありますので、後はお願いしますね。何かあっても監視カメラで確認していますから、すぐに助けは来ると思います」
「えぇ、ちょっと……」
そういうと、鬼山さんはそそくさと出かけてしまった。
「……これ、どうするの?」
おとなしい子は何人かいるものの、どう考えても学級崩壊しているとしか思えない状況で、どうやって1人で100人の子供の面倒を見ればよいのか。
「こんにちは、君たち石を積まないと……」
「えー、やだー、めんどくさーい」
悩んでいても仕方ない、とりあえず子供たちに話をしてみることにした。
「ここでは両親のために石を積まないといけないの、知っているでしょ?」
「でも積んでもタイゴ君が壊しちゃうもん」
「タイゴ君?」
積んだ石を倒す鬼の名前だろうか? などと思っていたら、遠くから木の棒を持った男の子が現れた。
「おらぁぁ! 両親への祈りがこもってないだろうがぁ!」
男の子はおもむろに石を積み始めたかと思えば、積んだ石を木の棒で崩し始めた。
「えっ……君は何で自分で積んだ石を自分で崩してるの?」
「はっはっは、俺は将来、かっこいい鬼になるんだ。そしてみんなが頑張って積んだ石を崩してやるんだ!」
やべぇ奴だ、と思った。みんなが石を積まないのはこいつのせいか。
「君は……タイゴ君だっけ? それは鬼がやる仕事でしょ? 石を崩すのもちゃんと理由があるのよ」
鬼が積んだ石を崩すのは、子供の積んだ石が祈りとして両親の下へ届いたいないからだという説がある。むやみに崩しているわけではないのだ。
「知ってるよ。でもみんな、石を積む意味がないことも知っている。だから、みんな石を積まない」
「それは……」
どれだけ積んでも鬼がすべて崩してしまう。それゆえに報われない努力の例えで挙がるほどだ。
「大体今の子は一度失敗したらもう意味がないって諦めるんだよ。タイパやコスパが重要だしな」
あー、今の子はほとんど令和産まれだったわ。このショート動画で育ったドパガキどもめ、もう少し努力しろ。
「それに、親だって大して心配してないさ。両方とも働いてるし、小さいころは保育園、今は学校と塾、顔を合わせる時間なんてほとんどないんだから」
「……」
確かに、昔は家には必ずどちらかの親がいて、家族と一緒に過ごす時間が長かった。今では両親共働きが当たり前、下手をすれば学校や塾から帰ってもどちらの親も家にいない、という家庭も珍しくないだろう。それにしたって、親の愛情は今も昔も変わらないはずだが。小学校低学年から塾で忙しいなんて、時代だなぁ。
「というわけで、おねえさんももう諦めたら? 一緒に遊ぼうよ」
「いや、私は仕事で……」
待てよ、いいことを思いついた。子供たちと一緒に遊んで、ついでに……。
「わぁ、お姉さん水切り上手!」
「フフフ、これでも私は日本水切り選手権で地区5位をもぎ取った実力を持っているの」
「えぇ、微妙」
私は今、子供たちと遊んでいる。まずは遊びを通じて心を通わせようという作戦だ。
「じゃあ次はもっと面白い遊びをしましょう!」
「えっ、何するの?」
よしよし、子供たちが食いついてきた。
「まず大きい石を置くでしょ?」
「うん」
「その上にそれより少し小さい石を置く」
「うん」
「さらにその上にもう少し小さい石を……」
「何それ面白くなさそう」
「えぇ……」
何三段積み重ねただけで飽きてるんだよ! こっちの算段もぼろぼろだよ!
その後一向に石を積まずに遊んでいる子供たちを見ながらため息をついた。開始30分でおうちに帰りたい。
「はぁ……三途の川の渡り賃もインフレしてるし、いつになったら終えられるのかしら……」





