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3-09 地獄の一丁目で、俺は天使と出会った

とある病院で母の見舞いに向かった18歳の青年。

篠森光太はそこで18歳の女の子、桐生奏に出会う。


普通の女の子の様に振る舞う彼女だったが、普通では無かった。

それでも少しづつ心を惹かれていく青年。


ある日、デートをする事になるが、トラブルが起こる。

謝ろうとしても彼女にはもう会えない。


悔やみ続ける彼の目の前に現れた天使は、本当の天使なのか嘘の天使なのか?

この先も二人で問い続けていくのだろう。

壁も床も天井も真っ白、手すりだけは木目調の廊下、窓からは陽光が差し込む。

「扉から離れててくださいね」

案内の看護師が重たい鋼板製の扉を開く、開錠と共に中から無数の音。

「うわぁぁぁ!虫!身体にぃぃぃ!」

ギリッ、ガリッ、爪で何かを引っ掻く音。

「あへ……うへへぇ……」

それぞれの病室の引き戸は開いている。

中は見えない、いや、直視したくないから下を向いて歩く。

看護師さんの白い靴を目印に歩く。

「あっ、光太!」

元気そうな声と共に手を振ってくる。

茶色のロングヘアーが揺れると共に、革のリストバンドとベッドに繋がれる銀の鎖も揺れる。

「いや、来たくなかったけど……」

「そんなこと言わないでよ、愛しの母でしょ?」

飛び降り、オーバードーズ、洗剤飲み。

自殺未遂の回数片手で数えきれず。

(何が愛しの母だよ……)

内心舌打ちだけど、顔には出さない。

「はい、これ着替えと日用品、あんまりバカなことするなよ?」

「もうしないって、それに私普通なのにおかしいよね?こんな鎖、邪魔なんだけどさ」

もうしないを何回聞いただろうか、この人の普通は普通ではない。

「じゃあ帰るから、俺」

「あんたと同じくらいの歳の子で、仲良くなった子が居るのよ。可愛いわよ」

そう言って、隣の病室だからと言って俺を送り出してきた。

こんな所にいる子?ヤバいやつしかいないだろ……

「失礼します……」

そうは思っても、18歳の男子高校生。

可愛い子が居ると言われて引き下がる訳はない。

恐る恐る入ると、中には長い黒髪が床につきそうな、細身の女の子が、静かに外を見つめていた。

「……」

俺はその姿に見惚れる。

真っ白で、雪の様な肌、溶けて無くなりそうな淡さ。

少女はこちらを向いて静かに、優しく微笑む。

「だれ……?」

整ったまつ毛が揺れる、それでも目は優しく微笑んだまま。

クラスの中のどんな女子よりも儚げで、綺麗だった。

「ぁ、隣の……」

「幸子さんの息子さん?」

なるほど、と納得する様に話す。

「そ、そう……その、紹介されてというか」

「わぁー、同年代の普通に話せる男の子だ。嬉しいなぁ!」

そう言って、座ったまま近くの丸椅子を指差す、細くて白くて綺麗な指だった。

でもそこにも革のリストバンドと銀の鎖。

「こっちこっち!」

俺が固まっていると、女の子は一言、いや?と涙目で聞いてくる。

こんなの反則だ……、俺は椅子を引いて距離を取りつつ、椅子に座った。

「なんか距離を感じる……」

「君子危に近寄らず」

「あはは、なにそれ?」

手を口元に当てながら笑う。

病院着とこの子のアンバランスさが、余計に不信感を募らせる。

「君みたいな子に近寄るなって事」

「でも君は来ちゃった、私可愛いからね」

ない胸を張る女の子、ベッドには桐生奏と書かれていた。

「自分で言うか?普通」

それでも親しみやすさが奏にはあった。

精神科の隔離病棟で、周りからは不気味な声、それでもここだけは普通の空間だった。

「ふふっ、いいの。それより君の名前教えてよ。私の名前チラッと見たの分かってるよ?」

「篠森光太、勝手に見てすまない」

「ううん、ここにあるからね。それよりもさっき私の胸見ながら小さいと思ったでしょう?可愛い子は視線にも敏感なんだから気をつけないとダメだよ?」

さっき胸をはる瞬間の視線に気付いていたらしい。

この手の子は正直やりにくい。

「帰っていいか?」

つまり導き出された答えはこれだった。

「待って待って!からかってごめんってば!」

目の前で手を合わせて、目を瞑って頭を下げる。

一瞬見えた袖からのリストカットの跡、俺は唾を飲む。

「ぁ……」

奏はパッと腕を後ろに隠した。

バツの悪そうな顔をしながら続ける。

「引いた、よね?」

「いや、まだ可愛い方」

母に比べればリストカットくらい児戯に等しい。

「プッ、あはは!待って、涙出る」

そう言いながら奏は大笑いして、涙をティッシュで拭く。

「そんなに笑う事か?」

「じゃあこの跡にキスしてって言ったら?」

腕を出して俺の顔の前に出してくる。

ふわりと石鹸の匂いと、アルコールの匂い。

当然するわけもなく、俺は続ける。

「バカなのか?どこのお姫様と騎士だよ」

「ひどーい、女の子はそう言うのに憧れるんだよ?」

「可愛いんだから彼氏にでもしてもらえよ」

「居ると思う?」

「悪い、ごめん」

「わかればよろしい」

こんな所にいたら、親族くらいしか見舞いに来る人なんていない。

ウチもそうだし、きっと周りもそうだろう。

こんな地獄の一丁目にわざわざ来たがる他人なんていない。

「あなた、隣の病室の……」

見回りの看護師さんと目が合う。

「他の患者さんへの接触は禁止と言ってありましたよね?」

「いや、うちの母が友達だと言うので、友達の友達は……ダメ……ですよね?」

俺は看護師に首根っこ掴まれて、引き摺られていく。

奏はと言うと、いたずらっ子の様に、ニコニコ笑いながら手を振っていた。

口元を見るとゆっくりとしたテンポで、ま・た・ね。

そう言っている様に見えた。


次の日、授業中にスマホが震えた。

チラッと見ると桐生奏、アイコンはキモ可愛いぬいぐるみ、謎の趣味だ。

『お母さんから教えてもらった!今何してるの?』

勝手に個人情報教えやがってと思いながら、返事を打つ。

『普通の18歳は授業中ですよ』

『むぅー、私普通だもん』

スマホの向こうできっと可愛らしく頬を膨らませているのだろう。

『普通じゃないから授業を受けてないんでしょうが……』

そこから時間が少し流れた。

次に通知音が鳴って画面を開くと写真が一枚。

肌色に割れ目、どっからどう見ても胸にしか見えなかった。

「ぶふっ!」

「煩いぞ!篠森!」

先生の怒りの声、俺は謝って机に伏せながらもう一度開く。

もう一個画像が来ていた。

『正解は腕でしたー、何かと思った?なんだと思った?』

左腕をくの字にして、頭の上でピースしながら、右手で自撮りしている。

『変なもん送るな!』

『ぇー、変じゃないよー美少女の腕だよー?それで何と勘違いしたの?』

『うるさい!先生に怒られただろ!』

『ふむふむ、つまり、吹き出してしまった。健全な18歳が考えることはあれだね!おっ……』

俺はスマホを閉じた。

こんなバカに付き合ってる場合ではない。

でも心臓の早い鼓動は、しばらく止まる事はなかった。


「何見てるんだ?」

休憩時間に男友達が話しかけてくる。

「いや、絡まれてる」

そいつは、俺の母の事も知ってて、大体の事は知ってるやつだった。

「ふーん、またメンヘラかヤンデレ?」

「お前は俺をなんだと……」

スマホを取られる、画像を見て一言。

「今回の子も可愛いじゃん、でも病院?」

「母親の病院にいる子だよ」

「お前、いくら可愛くても、もう少し選んだ方がいいと思うぞ……」

「余計なお世話だっつうの」

友人は授業の予鈴と共に席を離れる。

そんなの俺が一番分かってる。

奏は今まで付き合ってきた子達と同じ、きっとろくな事にならない。

それでも惹かれてしまう、心が動いてしまう、彼女を知りたい。

『デートしたいな』

そんな中、ポップアップに現れた文章に目を引かれた。

『いつ?』

『今日、学校終わったら来て欲しい』

『バイトあるんだけど』

『終わったら来て』

『分かった』

俺はスマホを閉じる。

結局こうして束縛してくる、誰かに依存しないと生きられない。

奏達はそんな生き物なんだ。

それなら俺の答えは決まってる。


1週間後、また病院で日用品と着替えを母に渡す。

奏の部屋の前を通ると、面会謝絶になって扉が閉まっていた。

あれから連絡は一回も来ない。

「奏ちゃん、病状急に進んじゃったわね」

ナースステーションから声がする。

「まぁ、仕方ないわよね。進行性の記憶喪失、最後に自分が完全に分からなくなるんだもの」

俺は聞き耳を立ててしまう。

「でも何かきっかけがあったんじゃないの?いきなりだもの」

そんな訳はない、そう思いたかった。

俺は外の公園に歩みを進める。

ベンチは一つ、そこの足元には木の枝と落書き。

相合傘に奏と光多の文字。

「名前間違ってるだろ……バカ……」

スマホを開く、二、三日前までおはようとおやすみの文字。

相合傘の天辺に雨が降る。

晴れてるのに、そこだけは雨だった。


1ヶ月後、俺は変わらず週一でベンチに来ている。

既に落書きは消えていた。

「奏……」

その呟きは風と共に消えていく。

俺は間違っていたのだろうか?彼女達に深入りしてもろくな事は無い。

そんな事は分かりきっている、それでも……

「君は……」

目の前に黒髪の地面につきそうなくらい長い髪の少女、消えそうな存在感のなさ、目は虚、なんでここに?

「奏?」

「奏って誰?」

奏は自分の名前も覚えていない。

「隣、座る?」

俺は何を言ってるんだ?

「うん、座る」

奏は座ると、近くにある枝を取る。

何をするのかと思った、次の瞬間。

「なんかこうしないといけない気がしたの」

奏は地面に相合傘を書いていく。

地面が硬いのか何度も枝先を擦り付ける。

次に名前を彫っていく、叶と光多。

「っ……」

思わず涙が出る。

「どうしたの?」

優しい声、包み込むような、全てを許すような。

俺は思わず抱き締めていた。

石鹸とアルコールの匂い、柔らかい、生きてる。

「ごめん……っ、ごめんっ!」

それしか出てこないのに、奏は俺の頭に手を乗せる。

「こうたは……わるくない……よ」

「かなで!?」

「なにもわからない……でも……大切」

少女はまるで天使のような微笑みを浮かべながら、目からは雨を降らせる。

ここは地獄の一丁目、でも天使は目の前にいるのかもしれない。

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