3-22 余命三カ月の悪役令嬢付のモブ、【笑い上戸解禁】で愛される
――手に負えない程の、笑い上戸。そんな隠れ弱点のある、悪役令嬢の取り巻きモブ・ミシュラ(16)は、ある日結婚前の診察で『余命三カ月』の宣告を受けた。
本来なら嘆いたり足掻いたりするところだけど、彼女は歓喜し、宣告をした医師にお礼を告げる。
「淑女らしくないからって、ずっと笑うのを我慢してきたけど――どうせ短い命だもの。終わりの時を迎えるまで、もう絶対に我慢しない!」
そう決めたミシュラは、笑いを解禁し――。
「私、取り巻きはたくさんいるけど、友達って貴女が初めてかも」
「君は俺の、ありのままを見てくれるんだな」
ただの取り巻きでしかなかった地味な令嬢は、悪役令嬢の断罪現場をぶち壊した事をきっかけに彼女と友人になり、他人に無関心だった婚約者の心を開いていく。
その噂は社交界を駆け巡り、ミシュラは一躍有名に! だけど、余命の終わりは、刻一刻と迫っていて……⁉
「ちょっとエリーゼさん! 貴女一体どこに目を付けていたら、こんな事になるのかしら」
両腕を胸の前で組み、仁王立ちよろしく胸を張った令嬢が、ギンッと鋭い目を相手に向けてそう言い放った。
斜め後ろから見える彼女の表情は自信に満ち溢れていて、難癖をつけているのはこちらだというのに、一切それを感じさせない堂々たる立ち姿。傍から見ればいっそ清々しい程の悪役なのだけど、当事者にはたまったものじゃあないだろう。
公爵令嬢アデリナ・カーストン。この国の筆頭貴族――幾つかある公爵家の中でも最も地位の高い、貴族の頂点。
その家の娘である彼女は、家の金と権力の上に胡坐を掻いて、言いたい放題やりたい放題。気に食わないものすべてにケチをつけ、暴君の道をまっしぐら。
私はその、最近市井で流行している娯楽小説の役どころでいう悪役令嬢である彼女――ではなく、その傍に侍る影の薄い取り巻き令嬢だ。
他の令嬢たちのように、アデリナ様に同調する訳でもなければ、彼女に怯えて付き従っているという訳でもない。
何も喋らず、笑いも、泣きも、怒りもしない。ただ居るだけのモブ令嬢。
特にいい噂もなければ、悪い噂もない。よく言えば淑やかで奥ゆかしいと言われるかもしれない、ただ黙って従順に、アデリナ様に付き従うだけの存在だった。
――少し前までは。
「せっかくのティータイムの視界にわざわざ入って、私を不快にさせるなんて、一体親からどんな教育を受けたら――」
「ぶふぅーっ!!」
緊張感に張りつめた空気のど真ん中を、切り裂くように吹き出した。
こらえきれなかった。吹き出さずにはいられなかった。
「~っ! またなの?! ミシュラ! 邪魔しないで頂戴!」
「いえ、邪魔をする気はないのですが……ふふっ」
「ちょっと、その『必死に笑いを止めようとしているけど、結局止まらない』のやめてくれないかしら! 二重で馬鹿にされているような気になるのよ!!」
「だ、だって、この前アデリナ様が『笑わないようにする努力をしなさい』って言ったから」
「言ったけど!!」
震える声でそう言えば「こんなのを所望した覚えはない!」と、アデリナ様はプリプリと怒りだす。
何故悪役令嬢の彼女とただのモブ令嬢な私が、このような関係になっているのか。原因は、二週間ほど前に遡る。
◆ ◆ ◆
「余命、三か月です」
「え……」
十八歳の誕生日まで、あと三か月。結婚話もそろそろ進められようという頃合いに告げられた結果に、思わず呆けて声が出た。
我が国では、貴族の婚姻前検診は必須である。それは貴族は後世に血を繋ぐ事が半ば義務であるからで、魔力量があまりにかけ離れていると子を成す事ができないからだ。
つまり、この検査は時期が来れば男女共にするものだ。年齢と共に魔力量が変わる人間もいるので、不幸な結婚を防ぐという意味もあって、大抵婚姻の一年くらい前にされるのが通例になっていた。
検査の内容は主に魔力量の測定だけど、「どうせなら」と普通は体の不調――病気や怪我、不摂生なども共に見て指導を受ける。
基本的には「最近忙しいようですが、きちんと寝てください」だとか「好き嫌いをなさっているせいで、一部栄養が足りていませんよ」と言われる。そんな時に余命宣告をされるなんて、まさか誰も思わないじゃない。
「それは、どのような不調が原因なのでしょうか」
「残念ながら、ご病気です」
「それは、治るような事は」
「早期発見されていれば、あるいは助かったのでしょうが……」
それは暗に「もう手遅れだ」と言っていた。
この世には魔法やポーションや魔道具なんていうものがある。万能とまではいかなくても、中にはこの目の前の医師のようにけがや病気の治療に長けていたり、そういう物に効く薬が存在する。
それなのに、ここまで断言するのだ。もう答えは一つだった。
――私は、死ぬのだ。三か月後に。
そう思った瞬間、なんだかとても不思議なんだけど、私はフッと肩の荷が下りたような気分になった。
私が育った伯爵家は、かなり厳格な家だった。
元々母が公爵家から嫁いできた人で、生家のプライドがあったのだろう。『最上級貴族の血を受け継ぐ者として、常に正しい立ち居振る舞いをなさい』。そう言われて、育てられてきた。
私の生まれた伯爵家の上には、侯爵家、公爵家という二つの爵位があるけれど、お母様は私にそのどの家をも凌ぐ品格を、お母様の生家である公爵家よりも高い品格を私に求めていた。
もしかしたらそこには彼女が経験した、『ギリギリで破談になった王族との婚約』が関係していたのかもしれない。
勿論そんな事、あの山どころか雲よりもプライドの高いお母様に直接聞くような事はできなかったけど、大人になるにつれてあらゆる事情を知り「そうなのかな」と思うようになった。
私は、厳格に育てられた。弟にはそのような事はなかったから、きっと『同じ女である私にだけ』だったのだろうと思う。
人前で、歯を見せて笑ってはいけません。
走ってはなりません。
泣いてはなりません。
逆らってはなりません。
発言してはなりません。
淑やかに、上位の者に付き従いながらも、優雅でなければなりません。
そう教えられ、あらゆる常識と所作を叩き込まれた。
その結果出来上がったのが、私ミシュラ・ミラーである。
私はその事に、今まで大した不満を抱いて来なかった。こんなものなのだろう、という、漠然とした納得だけがあった。
だけど余命宣告をされた今、抑圧されていた欲が沸き起こる。
――どうせ死ぬのなら、私はもう笑うのを我慢しなくていいんじゃない?
お母様から特に注意された事の一つに、「笑ってはいけない」というのがあった。
曰く、「貴女は笑い出すと止まらないのだから」。「貴女のよく分からない唐突な笑いは、周りを混乱させ我が家の品位を落とすから」。
たしかに私はまるで発作のように、一度笑い出したら当分の間笑いの波が引かない事が多い。笑いの起点も、メイドたちから苦笑交じりに首を傾げられる事が多かった。
だから我慢すべきものなのだろうと思っていた。以降、この世に存在するあらゆる時や場所に仕掛けられた『罠』に、私はこれまで堪え、耐えてきた。
他の事と同様に、それを不満には思っていなかった……筈なのだけど。
初めて自分の本当の気持ちに向き合ったような気分になる。
――本当は私、笑うのを我慢したくなかったんだわ。
「ありがとうございます! お医者様!!」
「え」
「私、これからは自由に生きていきます! 笑いたい時に、笑いたいだけ笑う事にします!!」
まさか余命を宣告して、お礼を言われるとは思ってもみなかったのだろう。お医者様は目をしきりにパチクリとさせていた。
そんな彼を部屋に置いて、私は部屋の外に出た。
「お嬢様、終わりましたか」
「えぇ! 私、余命三カ月なんですって!」
「は?!」
外で待っていたお付きのメイド・レスティの表情が固まる。微笑みが引きつったような中途半端で、少しばかり驚きも混じっている表情だった。
――今までに見た事のない顔だわ。そう思ったら、長年一緒にいてくれた人の新たな一面を今更見つけた事が嬉しくて、段々可笑しくなってきて。
「ふっ」
思わず笑ってしまった。
そして。
「ふっ、ふふふっ、ふふふふふっ、ふふふふふふふふ!!」
笑い出すと止まらない。
レスティは、子どもからのメイドで、私の笑い上戸も知っている。なのにこれで更に驚いた顔が、どうしても面白くて。
止まらない自身の笑いがまた面白くて、私はついに「あははははははっ!」と爆笑した。当分の間それは止まらない。私は体をくの字にして更に笑った。
そして、その翌日。
「ちょぉーっと? エリーゼさん、貴女何でそこにいるのかしら」
「え?」
エリーゼさん。最近アデリナ様が目を付けているその令嬢に、その日も言いがかりをつけていた。
いつもなら私は彼女の後ろで、無表情で立っているだけ。だけど私は昨日『笑い』を解禁し、自由の身になったので――。
「ふっ、ふふふっ、ふふふふふっ!!」
この現状を前にして、思わず笑ってしまったのだ。
これが初めて、アデリナ様曰く『アデリナ様の邪魔』をした日である。そして。
「……ちょっとミシュラ、どういうつもり?」
片眉を上げて苛立った彼女の顔を私が真正面から見た、初めての日でもあった。
◆ ◆ ◆
「そもそも貴女、何故そんなに笑ってるのよ!」
話は戻って、エリーゼさんが怒られている今日という日。
こう言うと「最初の日と何も変わらないじゃない」と思うかもしれないけど、本当にそうだ。アデリナ様は今日も元気に、飽きもせずに悪役をやっている、のだけど。
「いやだって、その木が」
「は? 木?」
「アデリナ様の向こう側にある木の幹に、まるで大口を開けている人のようなウロがあって。私の位置からだとちょうど、アデリナ様のその見事な巻き髪を今にも食べようとしているように見えて……って思ってたら、巻き髪が段々クロワッサンに見えてきて! ふふっ!」
「クロワッサン?」
「んなっ!!」
誰かが呟くように復唱したのと、アデリナ様が顔をカッと赤くしたのが同時だった。
「貴女、私の事を馬鹿にして!」
「い、いえ、……ふふっ、私、アデリナ様の事は尊敬しています。ふふふっ!」
「嘘おっしゃい!」





