3-21 『見誤り』ばかりを告げるカード ~恋占い師は騎士様の依頼を占えない~
週に一度、リラ公園の六番テントで『恋占い師』をしている十七歳のアデル。
ある日、占い師を信用していないという風変わりな騎士クレマンがやって来た。
彼の依頼は、病弱な妹と旅芸人『ギュスターヴ』との相性占い、らしい。
しかしアデルが何度カードを混ぜても、選ばれるのは「齟齬」「見誤り」を示す同じ一枚ばかり。
これでは占えないと断ったはずなのに、その日の夕方、クレマンは本業の酒場までアデルを探し当ててきた。
「君は『このテントでは無理』と言ったな。ならば、テントでなければ平気なわけだ」
妙な理屈に押され、アデルはクレマンと共にギュスターヴを探すことになる。
――しかしアデルはまだ知らなかった。この依頼そのものが、最初から盛大な見誤りの上に成り立っていたことを。
『恋の相談、承ります!』の看板を抱えてアデルがテントを出ると、朝日に照らされて青年の彫像が立っていた。
いや、彫像ではない。
肌はわずかに日焼けしているし、灰がかった緑の目は瞬いている。金の髪だって風に揺れて輝いていた。あまりに整った容姿なので彫像と見間違えただけだ。
そして彼の服装は豪華で、腰には輝く剣があった。これは、きっと。
「……騎士様があたしのテントへ何の用ですか?」
王都で一番大きなリラ公園は平民たちの憩いの場だ。
騎士の姿は珍しいため注目の的になっているが、彼は平然としている。
「若草の曜日にリラ公園へ来る用事は、散歩以外だと占いしかないだろう? 『六番テントの恋占い師アデル』」
ただ、威圧的な物言いをされてアデルの言葉に棘がこもった。
「あら失礼。入口の真ん前に突っ立ってるから、散歩の途中で休憩してるんだと思ったの。だってお客様ならあちらで並んでるはずだもの」
「なに?」
アデルが示した方に八人の女性が並んでいるのを見て、青年の顔が無表情から唖然としたものへと変わった。
「……向こうだったのか」
「そう。札も掛けてあるでしょ」
「気づかなかった……」
「残念だったわね。ということで、占いを希望するなら列へ並んで」
青年はむっつりした表情で背を向ける。
騎士のような高貴な人物が平民にまざって並ぶはずがないからそれも当然だと思ったが、看板を設置し終えたアデルが振り返ったとき、行列の九番目には彼の姿があった。
(本気?)
思いながらアデルが先頭の客を呼ぶと、馴染みの彼女は顔を寄せてそっと囁く。
「あの男の人、私より前にここにいたの。良かったら順番を代わろうか?」
「素直に並んだし、このままでいいわ。嫌になったら帰るでしょ」
そう言ったものの、九番目の客としてテントに入って来たのは彼だった。
テント内に物は少ない。黒い布を被せた机と向かい合う二脚の椅子、隅の木箱があるだけ。
しかし厚い灰色地のテントは良い具合に光を通さず薄暗いから、たまに目が慣れるまで時間がかかる客もいる。
「足元に気を付けて歩いてね。椅子は正面にあるから、座ったらお代の小銀貨一枚を置いてちょうだい」
そう声を掛けたところでアデルは木箱の上にエプロンが置きっぱなしだったことに気が付いた。さりげなくそちらへ向かうと、彼がぼそりと言う。
「君は、どんな人物のことでも占えると聞いた。詳細な情報がなくても平気だとも。……本当だろうか」
「条件次第のところはあるけど、大体は大丈夫よ」
「そうか」
足音はしない。まだ見えないのだろうかと思いながらエプロンを手にしたところで、彼の低い声がした。
「……私は占い師を信用していない」
三度瞬きをしてエプロンを木箱の後ろに放り投げ、振り返ってアデルは答えた。
「リラ公園の占い師に対する苦情は、十二番テントでどうぞ」
「いや。苦情ではない。私は占いを希望している」
言って彼はようやく椅子へ移動した。
よく分からないが、アデルも自分の席へ戻って顔の前にそっとベールを下ろした。カードを除けば“占い師っぽいアイテム”はこれしか持ってないのだ。アデルは置かれた小銀貨を脇へ置き、
「さて。まずは誕生日を教えて」
「薫風の月十七日」
「ありがとう。次に、占いたい相手について聞かせてくれる?」
「綺麗な声で歌う人物で、旅芸人の一座にいる」
「なるほど」
「それから、おそらく年上だ」
「おそらく?」
「妹は十四歳だからな」
「はい? ……ちょっと待って」
青年を押しとどめ、アデルはこめかみを数度叩く。
「占ってほしい人物って妹さん? さっきの誕生日も?」
「そうだ。私はクレマン、涼風の月一日の生まれで年齢は十九」
「いや、あなたの情報はいらないけど、その……なんで妹さん本人が来ないの?」
「妹は身体が弱く、遠方で静養している」
クレマンと名乗った青年は視線を下に落とす。
「外へ出られない妹のために父は多くの旅芸人を招いた。ところがある芸人の一団が屋敷を去ったあと、妹がふさぎこむようになったらしい」
慌てて会いに行った妹は確かに元気がなかった。侍女に話を聞くと、「ギュスターヴに会えなくなって寂しい」と言っているらしい。
「それが『綺麗な声で歌う人物』?」
「ああ。だから私は妹とギュスターヴのことを占ってほしい。相性が良く、その上で相愛であるのなら、どんなに身分違いであろうとも添い遂げさせてやるつもりだ」
「……そ、そう……」
思わず腰が引けてしまったアデルは姿勢を正し、小さく咳ばらいをひとつ。
「『それではこれより“六番テントの魔女”アデルが』――」
「またか」
クレマンの瞳が剣を含んだものに変わる。
「どうして占い師はいつも『魔女』と言うんだ? 本当の魔女でもないくせに」
「お決まりの演出ってやつよ」
「だが、嘘だ」
「あー……はいはい」
面倒になったアデルは口上を切り上げて占いに入ることにした。
使いこまれたカードたちを机の上に置き、円を描くようにしてゆっくりまぜ始める。
しかしアデルはすぐ違和感に気付いた。
いつもと違って今日はカードが『語らない』。
(……どういうこと?)
更にまぜ続け、ようやくカードが遠慮がちに「これ」と告げてくる。
取り出したのは“鹿の角を抱えたウサギ”。
――意味は「齟齬」「見誤り」。
一枚目のカードを脇に置き、アデルは占いを続ける。
だが、カードは静かなまま。
ふと思いついて脇に置いた“鹿の角を抱えたウサギ”に触れると、正解だと囁かれる気がした。
(一度出したカードがまた選ばれるなんて、普通はないのに?)
その後の状況も同じだった。
カードをいくら混ぜても何も見つからず、“鹿の角を抱えたウサギ”だけは反応する。
四回連続で同じカードになったとき、ついにアデルは手を止めた。
「どうした?」
「……占えないの」
「なぜ」
「分からない」
情報が足りないのか、アデルの技量が足らないのかは不明だが、占えないという事実に変わりはない。
アデルは先ほど受け取ったばかりの小銀貨を差し出す。
「ごめんなさい、お金は返すわ。十二番テントでは占い師の選定もしてくれるから、どのテントが合うかそっちで相談してみて。ただし『六番テント以外で』って条件をつけてね」
「このテントでの占いは無理なのか」
「ええ」
「どうしても?」
「どうしても」
アデルが言い切るとクレマンは小銀貨を受け取り、
「仕方ないが……残念だ」
と言い残して去って行った。
出入りの一瞬だけ明るくなったテントは再び薄暗くなる。
残されたのはアデルと、崩れたままのカード。
「……おばあちゃん。あたし、どうすればよかったのかな……」
耳奥に残る「残念だ」を聞きながら、アデルはぽつりと呟いた。
~ ◇ ~
夕方までの占いを終え、十二番テントで場所代を払い、アデルは喧騒に満ちた通りを急ぐ。
目的地は一軒の酒場だ。
賑やかな入口を横目で見ながら路地ともいえない細い道を通り、芳しい料理の匂いと残飯の饐えた臭いの中で裏扉を開けると、むわっとした熱気があふれだした。
「待ってたぞアデル! 今日は特に忙しいんだ、早いとこ頼む!」
鉄鍋を振りつつ叫ぶ初老の料理人に、
「分かりました!」
と大声で返し、アデルは長い黒髪を手早く結んでエプロンを着ける。
アデルの本業は酒場の店員だ。静かなテントの中の占い師というのは週に一度だけの姿に過ぎない。
「どれから運びますか!」
「端からでいい!」
「ん、アデルじゃないか」
客席側から姿を見せたのは、でっぷりとした酒場のオーナーだ。
「料理はいい。お前は六番テーブルへ酒を持って行ってくれ。おっと、いつもの安酒じゃないぞ。取っておきのあの酒だからな」
「え? ええ、はい……」
「頼んだぞ」
アデルの困惑をよそに、オーナーは鼻歌を歌いながら料理を持ってまた客席へ去って行く。
「すっごい上客でもいたの?」
アデルは首をかしげながらキャビネットの奥から瓶を取り出し、木製のゴブレットに芳醇な香りの酒を注いだ。いつもの安い樽酒はこっそり水を混ぜる決まりだが、この高級酒はそのままだ。
トレーに載せて酒を六番の方面へ持って行くと、酒場の煙の中に煌めく黄金の髪が見える。
背後から近寄ってゴブレットを持ち、「お待たせしました」と言いながら机に置こうとしてアデルの動きは止まった。
「やあ」
こちらを見上げてくるのは、もう二度と会わないだろうと思っていたクレマンだった。
「……なんでここにいるの」
「君を探したからだ」
「探し……ど、どうやって?」
「六番テントにエプロンが置いてあった。占いの時間は夕方まで。――この二つから考えると、君は酒場で働いているのだろうと思った」
「……この王都にどれだけの酒場があるか知ってるの?」
「知らない。しかし探せばいつかは見つかる。実際にこうして見つかった」
確かにアデルを見つけた以上、彼の言葉には妙な説得力がある。
「私はあのあと十二番テントで相談した。だが、駄目だった。そこでもう一度君に占いを頼もうと思った」
「でも、あたしは」
「君は『このテントでは無理』と言ったな。ならば、テントでなければ平気なわけだ」
妙な理屈を、とアデルは言おうと思った。しかしクレマンの目はとても真剣だった。
「さて、改めて依頼をしたい。『恋占い師アデル』」





