3-20 男四人で食うバームクーヘンは意外と美味い
バームクーヘンエンドとは、一見結ばれそうに見える二人が、色々あって別の人同士と結ばれる物語のエンディング。その一種である。
が、この物語とバームクーヘンエンドは一切関係がない。
何故かって?
だってこいつら、どう見ても結ばれそうじゃなかったから。
元オタサーの姫の結婚式に出席した元騎士四人。
全然知らん男と姫の式を見届け、バームクーヘン片手に騎士たちだけの二次会へ挑む。
そこで始まるは醜い争い。
BSS(僕の方が先に好きだったのに)ならぬ、
BST(僕の方が先に付き合ってたんだが???)開幕!
結婚式に出席したのは、二度目だった。
白いタキシードに身を包んだ新郎。
ウエディングドレスの裾を揺らす新婦。
話によると感動できたりするらしい、一連の式。
実際、このテーブル以外からは、時々嗚咽や鼻をすするような音が聞こえる。
こっそり見渡せば、ハンカチで目元を抑える人間は少なくない。
ただ、感動ムードに包まれた周囲に対し、この席は砂漠だった。
ナイル川も驚くくらい、湿気など欠片もない。
しかし、別に感情が枯れているわけでもなければ、新郎新婦と他人というわけでもない。
初めての結婚式では感動したし、今回の主催ともそれなりに関わりはある。
「まさか、『姫』の結婚式に呼ばれるとは……」
幸せそうに微笑む新婦の顔が、そこはかとなく癪に障った。
◆
「普通にさあ、どんな面の皮だよって思うよな」
あまりにも気まずい結婚式の会場を後にした、同じテーブルを囲んだ面々との二次会にて。
ひょろりとした体型の『ノッポ』、斉藤は引き出物のバームクーヘンをもそもそと齧っていた。
「まあ……それでこそって感じじゃないですか?」
ペリペリとバームクーヘンの層を剥がすのは、似合いもしない『アカブチ』のメガネを掛けた島田という男だ。
「まさか、映研の同窓会がコレになるとは思わなかったよ」
大学時代に所属していた映画研究部。その『部長』であった吉岡がそう苦笑する。
「流石にまた別の機会で集まりたいけどな。バームクーヘンエンドが同窓会なの、ちょっと微妙すぎるぜ」
既にバームクーヘンを食べ終えた『ロン毛』、伊沢は空箱をゴミ箱にポイと投げ捨てた。
行儀が悪いなと他三名は思ったが、この二次会会場はロン毛の自宅だ。
今更行儀やマナーなんてものを気にする間柄でもないし、マナー的にはアカブチの方が問題がある。
お互いストレスが溜まっていたことも相まって、そんな野暮な指摘は誰一人しなかった。
「姫が映研入ったの、二年の時だっけ」
二年。
そう、大学二年生の頃だ。
今日ハレの日を迎えた『姫』――姫木織姫が映画研究部に入って来たのは。
姫は大学時代、彼らの一つ下の後輩だった。
ある日、映画研究部にやって来た彼女は、紅一点として大変に可愛がられた。
それは単に女性だったから、というだけでなく、彼女には凄まじいまでの愛嬌があったのだ。
男所帯だった映研にとって、彼女は劇薬。
レンタルしてきた映画を見ながら菓子を貪り、三次元の女性と関わることがなかった映研は、瞬く間に彼女の虜になった。
そこからは地獄の始まりである。
いや、地獄と喩えるべきではないかもしれない。
側から見た光景はともかく、少なくとも当人たちは幸せだったのだから。
さておき、女性を好きになった男がすることとは、一体なんだろう。
勿論、人や相手によるだろうが、彼らが思い至ったアプローチはたった一つのシンプルなものだけ。
そう、モノを貢いだのだ。
ほんの些細な、少しばかり値の張る菓子から始まり、最終的にはブランド物のバックを競うように――いや、文字通り競い合いながらプレゼントした。
少しでも彼女の気を惹くため、アルバイトの頻度を増やし、おかずの品目を減らした。
そうして、そんな醜い争いの果てに彼らが得たのは、彼女からの感謝の言葉と笑顔。
それから、全然知らないサークルの知らない男と彼女が付き合っているという情報と、彼女がサークルを辞めたという結果だけだった。
あまりにも――あまりにも惨めだった。
惨めすぎて、不仲になりかけていた仲間と固い結束ができた。
何者にも代え難い友を得ることができたのだ。
……いやまあ、彼女が居なければ、そもそも不仲にはならなかったのだが。
「……あらためて思うと、俺たち何で式に行ったんだ?」
ノッポが不思議そうに首を傾げた。
どう考えても良好とは言えない関係だ。
好意と呼べるものは当時の時点で使い果たしたし、どちらかと言えば恨みの念の方が強い。
「オレはお相手の顔面を拝みに」
「ボクは貸したお金の取り立てに」
「うわ流れ最悪……僕は普通にお祝いにだよ」
上から順に、ロン毛、アカブチ、部長だ。
部長が述べた理由に、二人は口をへの字に曲げた。
「けっ! 流石既婚者の部長サマは寛容ですなぁ!」
「全くだね。所帯持ちには独り身の気持ちは分からないよ」
僻み根性丸出しのロン毛とアカブチに、部長は苦笑する他ない。
あの素晴らしい結婚式には約二名ほど、祝い事には相応しくない人間が混ざっていたようだ。
「……まあ、こいつらを呼んだ側にも問題はあるな」
「おいノッポ。何お前だけ自分は違うみたいな顔してんだ」
「そうですよ。君もボクらと同じ領域の人間だということを自覚した方が良い」
「足を掴むな底辺共。俺はお前らと違って元カノの幸福を祝える真っ当な人間性の持ち主なんだよ」
「真っ当な人間の語彙か? それが?」
「人を蔑まないと自分の善性を担保できないクズの鑑でしょ。どう考えても」
「君たちは相変わらず言葉が強いね」
これが相変わらずという、当時の映研の治安で姫が無事だったのか、非常に気になるところだ。
しかし、そんなことよりも。
「ノッポ、今元カノって言ったか?」
「あ? 言ったけど」
「それいつだ?」
「そりゃあ……姫がいた時だよ」
言うまでもないだろう。
姫と関わりがあったのはその頃だけだ。
サークルから消えた後は連絡すら取っていない。
「……オレも、姫と付き合ってたんだけど」
しん、と周囲から音が消えた。
タイミングは、きっと聞くまでもない。
「……それでいうと、ボクも付き合ってましたね」
「……僕も、かな」
気まずそうに、残りの二人も手を挙げた。
無言のままお互いの顔を見つめ、四人はゆっくりと思考を回す。
「いやでも、そんなわけ……」
「だって、四股ってことだろ?」
「「「「…………」」」」
その時、四人は全く同じ感想を持った。
「まあ……」
即ち。
「「「「姫ならやるかぁ……」」」」
おしまいのサークルだった。
ちなみに他サークルの知らん男と付き合っていたことは確定しているので、最低でも五股である。
ここまでくると最早、八岐大蛇でも目指してほしいところだ。
しかしここで、ノッポに電流走る。
今の今まで、彼らは姫が四股(五股)かけてやがったことを知らなかった。
つまり、付き合い始めたタイミングは同時ではない――まあ、誤差みたいなタイミングだろうが。
ならば、あるのだ。
順番が。
格付けが。
姫と最初に付き合い始めたのは、一体誰なのか。
そこに姫の好み的なサムシングが反映されているか、定かではないが、今更確かめる術はない……こともないが、その気は誰にもない。
ならば、その順番こそが真実となる。
そんなノッポの演説に、部員たちの目の色が変わった。
白けた顔をしていた部長の目でさえ、少し興味深そうな色を帯びている。
……カモが鍋にされた順番なんぞ、どうでも良いと諸君は思っただろう。
そんなことは彼らとて理解している。
だが、そんなことは関係ない。ないったらないのだ。
これこそは男たちの誇りを懸けた聖戦。
曖昧となった四人の記憶を擦り合わせ、かつての真実を解き明かす。
時に、意図してか、せずしてか、偽りの記憶が提示されることもあるだろう。
しかし、彼らの醜い誇りは、不正を決して許さない。
必ずや偽りを暴き立て、己に都合の良い真実を証明する。
これは、愛されるほど可愛げがあるわけでもない馬鹿共の、一晩の与太話である。





