3-18 厨二病が完治しました。ゲームのアカウントを消したいけど従魔達と離れたくありません
絵空。彼女は自身を始祖の魔女エデンと名乗る絶賛厨二病の少女だった。
前世から運命の鎖で繋がれたソウルメイトだと思っていた親友が正気に戻るまでは――。
親友が正気に戻ったことにより、連鎖的に厨二病から覚め、治ってしまった絵空は、アカウントを作り直そうと最後のログインをしようとするが……。
「あのね。私……儀式とか魔女とかそういうの卒業したから。エデン……エーちゃんとDWOはもう、やれない」
魂を分けた半身と言うべき前世からの親友。今世では幼稚園からの付き合いの、冥界の魔女霊姫。そんな彼女から連絡を受け、告げられたのは拒絶の言葉だった。
「霊姫よ急にどうしたのじゃ……!? まさか洗脳!?」
ならすぐに解除しないとダメだ、助けに行かないと。
ベッドから立ち上がり、自室のドアノブに手をかけたところで制止がかかった。
「ちょっと待って、洗脳なんかされてない、正気だよ正気。全然、正気になっちゃったんだよ。告白したら魔女とか闇の儀式とか痛いって、笑われて正気に戻っちゃったんだよ……」
爆発するような叫びから、別の感情に押し戻されるようにどんどんか細くなっていく霊姫の声。その切実な声色につられて、私の心臓がキュッと縮む。
「だからさ、エーちゃん。ごめんね、霊姫っていう冥界の魔女を名乗ってた私は、貴女の前に戻ってくることはもうないから……」
「ちょ、ちょっと待って……その、話はまだ理解まではできてないけど、なんとなく言いたいことは伝わってるから。えっと……クラン、原初魔女集会はどうするの?? 次の大規模イベントは? 悲願の三回連続ランキング五〇位以内はどうするのじゃ?」
「無理だよ。今更厨二病たちの巣窟でなんて正気で過ごせるわけないよ……。動揺してるエーちゃんが思い出したように付ける『のじゃ』語尾だけでも十分恥ずかしくて死にそうなのに」
さらりと受けた口撃にまた心臓がキュッとなり、さらに全身をぞわぞわとした感覚が駆け巡る。
もしや感染性の洗脳! なんて思ってみるけど、わかってる。単に恥ずかしいだけだ。
私の言動って恥ずかしいんだ……。
かっこよく、ないんだ……。
「そういうことで、私これからDWOにログインして辞めてくるから……じゃあ」
プツリと通話が切られた。その無慈悲な切断は、霊姫……麗羅ちゃんとの関係も一緒に切っていったような気がして、心臓が騒ぎ出す。
あくまで私の気のせいだ。そんなことないと、確かめるようにDWOのゲーム機の電源ボタンに指を伸ばす。けど、押せない。
――これで本当に繋がりが断たれていると確認できてしまったら。なんて思考が巡る。
そんなふうに私がうだうだ、ぐだぐだとしていると、スマホに麗羅ちゃんからのメッセージが飛んできた。
『ごめん、私も今の通話冷静じゃなかった。驚かせちゃったと思うけど、でも安心してDWOはアカウント作り直して続けるから、エーちゃんも正気に戻ったらゲームでも学校でもまた一緒に遊ぼ』
最初の数行を読んで恐れていたものとは逆の内容に力が抜け、床に崩れ落ちる。
「よかったまだ繋がってた。麗羅ちゃん、私とまだゲームしてくれるんだ」
そう安堵して続きを読むが、今度は別の意味で私は床に崩れ落ちた。
『正気に戻るまではごめんね。今のエーちゃんに会ったら私、恥ずか死しちゃうから』
私の存在って、致死性の攻撃になるんだ……。
割と今までもそうだったけど、麗羅ちゃん……毒が強いよ……。
「でっ、でも私が完治したところを見せれば麗羅ちゃんも死なないから! 急いでアカウントを消せばいいだけだよね!」
半ば投げやり気味に意気込んで、さっきまで押すのを躊躇っていた電源ボタンを力一杯押して、私はDWOの世界に入り込む。が、なぜか視界が暗い。ログインしたら見知った宿屋の天井が見えるはずなんだけど、なんで真っ暗? ちょっと息苦しいし。まるで何かが乗っているような……。
「ナ〜」
聞き慣れた鳴き声と、この重量感。
あぁ、私の従魔、黒猫の黒冥の呪縛、愛称カーターが顔に乗っているだけだった。って、窒息でダメージ発生してる!
「カーター! どいで死んぢゃぅのj……」
顔からどいてもらおうとジタバタともがくけれど、なんか気分が良いのか、ゴロゴロと喉を鳴らして離れてくれない。
あっ、これ私が死ぬまで離れてくれないやつー。
なんて私が死を察していると、羽音と共に視界が開け、灰色のカラスに咥えられ宙に浮いたカーターが、ジタバタともがく姿が目に入る。
我が儘娘は滅びたようだ。
「ありがとう〜ヤタ」
命の恩人である八咫皇女、通称ヤタに感謝し、クリクリと指で頭を撫でてあげれば『報酬は頂いたぜ』と言いたげな顔をして、彼女は止まり木へと戻っていった。
やっと起きられると、体を起こそうとした直後――
「ワンッ」
という鳴き声と共に、黒狐の葛乃葉姫、通称ヨウが私を押し倒すように飛び込んできて、ベッドに戻されてしまった。
「もうヨウ、いつも言ってるけど危ないでしょ」
と怒ってみるけれど、彼女は『そんなこといいから、撫でて!』と言いたげに私を見つめてくる。くっ、そんな顔されたら従うしかないじゃないか。
ワシャワシャと撫で始めれば、もっともっととおねだりをされる。
この可愛い奴め。
「フシャー」
ヨウをかまい倒しているのが気に食わないのか、カーターがずるいと私を引っ掻いてくる。
貴女は私を殺しかけたでしょ!
「まったく、仕方のない奴よ」
カーターも撫で始めれば、ヤタもいつの間にか私の横まできて、チラチラとこちらを眺めてくる。
「恥ずかしがり屋め! お前も撫でてやる!」
そんな可愛い従魔たちに包囲されたら、構ってあげるしかないじゃないか!
「もう、いつものことだけどログイン早々本当にわちゃわちゃなのじゃ。クエストの時間がなくなるからほどほどにしてほしいのじゃ」
――ん? のじゃ……私、アカウント削除しに来たんじゃなかったっけ?
あれ、でもそんなことしたら、この子たちも一緒に消えちゃうんじゃ……。
誰かに一時的に預かってもらうとか、そういうシステムはなかったはずだ。
離れたくない。もうこのリアルさながらに再現された毛並み、重さ、体温を味わえないとか、私にとっては拷問だ。でも、このアカウントはもう厨二病に汚染されすぎて黒歴史の塊だ。
備え付けの姿見に映る自分が視界に入るだけでちょっと羞恥ダメージを受けているくらいなのに、続けるなんて無理だ。
他のプレイヤーに「何あの恥ずかしい格好」とか言われたとしたら舌を噛んで死ぬ。
それにクランメンバーからメッセージとか届いたら、多分その内容でのたうち回って頭ぶつけて死ぬ。
アカウントを作り直さないで、厨二と距離を置く方法はないかとヘルプページを開き、答えを探す。
「んーん、ん? プレイヤーネームの変更が可能な課金アイテム、名変えの札?」
クラン抜けてプレイヤーネーム変えるのがいいんじゃない? 挨拶して抜ければ一応気を遣ってくれる人たちだし、名前を変えたら誰だかわからなくなるよね。
そうと決まったら購入、購入。なんて意気揚々とショップメニューを開き、捜索を始める。
「えっと、名変えの札……札――なくない? もしかしてセット専用商品?」
どこか嫌な予感がしながらもセット商品の一覧を眺めれば、名変えの札が含まれているセットを見つけることができた。
「は? デラックスボックス? え、これにしか入ってないの??」
お値段一万二千円……けっこう良い商品も入ってるけど……このセットにしか封入されていない……。
運営め、阿漕な商売しやがって……。
私みたいな厨二病が名前を変えるのを想定して、絶対こんな値段にしてる、賭けてもいい。
私の少ないお小遣いにして二ヶ月分。これを買う以外にアカウントを消さずに厨二病から離れる方法なんて思い浮かばない。
金より友情と、泣く泣く決済をし、早々に使用する。
「とりあえず厨二っぽくない名前にしないとだよね……」
……もう本名で良いや、リテラシーとか知らないやい!
ここまで来たらヤケだと、セットに含まれていた変わり身のポーションで厨二っぽくない、ザ・委員長概念みたいなキャラにメイクし直し、装備も残っていた初期装備に戻す。
これで麗羅ちゃんを殺さずに済む。
「ナー」
「クーン」
あっ……この子達の名前も変えないと、流石に黒冥の呪縛と八咫皇女、それに葛乃葉姫表記の従魔を連れていたら元厨二主人だと丸わかりだ。
従魔の名前を変更する商品が無いか、ヘルプで確認するが『ペットの名前変更はアイテム不要で、表示されている名前に触れることで変更可能です。ですが、進化直後以外での名前の変更は好感度が大きく下がります』なんて表示が出てきてしまった。
「えっ、この子達から嫌われるの……」
無理無理すぎる。でも、名前は変えないと麗羅ちゃんがこの子たちの名前を見たらダメージを受ける気がする。
「ねぇ、みんなは進化したい?」
問いかけると、揃って『進化したい』と言わんばかりにキラキラとした目を向けられてしまった。
うん、これはもう進化するしかないね。レア個体のせいか進化方法が全くわからないけど、うん。
「よし、目指せ進化して脱厨二! レベル上げにみんなで行くぞ、おー!」
「ナー!」
「アー!」
「クーン!」
この時の私は気づいていなかった。
札を使っても旧名を表示する方法があることを、そもそもクランの脱退を忘れていることを、レア個体で情報がまともに回っていない彼らが、私の願いに反して厨二方向に進化する可能性を――。
「ばっきゃろーーぉ。その進化後の見た目はダメだって! うぅ……かっこ良すぎるよ、完治した病が再発するっっつてぇ!」





